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夜に咲く

「やばい…!遅刻する…!」

道の両側に並んだ街灯をかき分けるように厚底で走る

あの先生、毎回話長すぎ…!今日は15分もオーバーして、絶対学期末アンケートに書いてやる!

なんて悪態をつきながら、スタジオに繋がる角を曲がろうとすると、気づいた頃には目の前には青いネクタイがあり、ぶつかっていた。


「いった…」

緑に染まった髪、青いチェックのネクタイ、スクールバッグにギターケース、派手な高校生だ


「あ、ごめんなさい…」

「ちゃんと前見て歩いてください。あと走ると危ない」


睨まれビクッとする

「は、はい、すみません…」

一瞬だったが、その表情は怒りというより、余裕のなさに近かった

追い詰められている人の顔に、少し似ていた

男子高校生はスっと立ち上がりそのまますたすたと早歩きで行ってしまった

見事なド正論だったな…

ギターケースを背負う背中を見送る

「てか、やば!急がなきゃ」


スタジオに着いて、受付の吉岡さんに声をかける

吉岡さんはスタジオCOLORSの店長で、学割もしてくれる人だ

「おお〜久石ちゃん来た」

カウンターに肘をつきながら手を振っている


「3人なら、いつもの部屋だよ」

「ありがとうございます!」

アイドル時代に学んだ笑顔の癖はまだ抜けない

「アイツも久石ちゃんみたいに、愛想が良かったらいいんだけどね〜…」

「アイツ…?」

「んーん、こっちの話」

「ごめん、新メンバー候補の人もう来てる!?」

スタジオのドアを勢いよく開ける

「あー…」

3人は気まづそうに視線を逸らす

「…てか、もう帰っちゃった」

瑠璃さんは指で顔をポリポリとかいている

「え、それはつまり、新メンバーはなしという…」

「まぁ、そういうことになるのかな…」

奏さんは腕を組む

「いや、実はさっきまでいたんだけどさ…」

そう言って四季くんは私が着くまでの数分前の出来事を話し出す


遡ること数分前

スタジオ内の光は熱く、4人を照らしていた。

奏は雑に青年の背中を叩いた


「1人まだ来てないけど、ほら、挨拶しろ」

「…絵幡咲夜。見ての通りギタリスト」

ギターを守るように抱えている


咲夜は奏の知り合いで、色んなバンドを転々としてきたらしい。この間の合わせで、まだ音が足りないと確信した。少し気難しい奴らしいから、瑠璃や花恋に話す前に奏に相談されて、バンドの方向性決めの後で試しに会わせてみるって話になったけど…

技術は?音の方向性は?メンバーと噛み合うだろうか

「…それだけ?」

瑠璃は表情を変えずに咲夜をみた

「これ以上になんか言うことあります?」

咲夜は瑠璃をみてため息をついた

「君高校生だよね?」

「そうだけど何ですか?」

その場の空気は凍っていた

「……一応、確認しておきたいんだけど」

瑠璃は視線を逸らしたまま言った。

「私たち、遊びでバンドやってるわけじゃないんだよね」

圧をかけた

「…僕だって、遊びでやってるわけじゃないです。今までのバンドも、最初はみんなそう言った。」

咲夜は顔を歪ませた

「今日はもう帰る」

そう言いながら、スタジオの床に置いていたスクールバッグを肩にかけ帰る準備をしていた

「えっ」

奏は瑠璃と咲夜を交互にみて焦っている

バタンと音を立て咲夜は行ってしまった

まるで咲夜自身の心の扉も閉じているようだった


「それで帰っちゃったんだ…」

「…ごめん、私言いすぎたかも」

「いや、あいつの態度が悪かっただけだから瑠璃は気にすんな」

「ちょっと不器用なんだよ」

「うん…」

瑠璃は少し目を潤ませながら奏を見ていた

「今まで、長く続いたバンドってあったの?」

瑠璃がぽつりと聞いた。

四季くんは一瞬だけ黙ってから、

「…ないらしい」

とだけ言った。

四季くんは腕を組み何かほかにも考えているようだった


その時、スタジオのドアからノック音がする

ガチャりと開けて青年は入ってきた


「…忘れ物して…」

咲夜はスタジオ内の荷物置き場に目をやり、袋を手に取る

「え、さっきの」

「ども…」

高校生は気まづそうに視線を逸らす

「え、そこ知り合い?」

「いや、さっき来る途中でぶつかって…さっきはごめんなさい」

「いや、自分も前見てなかったかも」

何かさっきと印象違う…?しおらしい

「…それじゃ」


高校生はドアを閉めかけたところで、足が止まった。

このまま帰ったら、たぶんもう二度と来ないだろうと感じた。


「さっきは言えなかったけど、咲夜、言いたいことは口にしないと誰も何もわかんねぇぞ」

「咲夜は本気で音楽やりたいんだろ、ちゃんと言えよ」

咲夜は喉を鳴らす

「……本気じゃなかったら、ここには来てません」

「プロを目指してます。中途半端にやるくらいなら、一人で弾いてた」


咲夜くんのその言葉に喉が詰まる。私だって本気でアイドルをしていた、じゃあ今は?みんなは本気で音楽をやっている。そんな3人に私は何ができているのだろうか


「でも、自分には誰かと本気で音楽をやることはもう無理だと思ってたんだと思う」

「瑠璃さんから言われて、正直効きました」


所属していたアイドルグループ、Cupidでも自分の方向性と合わずに辞めていく子もいた


「簡単には言えないけど、それでも、今日ここに来たってことは、きっと本気なんでしょ」

「…一回で決めるから」

瑠璃の一言はその場の空気を変えた。

「合わなかったら、次はない」

「とりあえずさ、音合わせてみようよ」

花恋はキーボードケースを開ける

「みんなはどうかな?」

四季くんは何も言わなかったが、視線はずっと咲夜のギターに向いていた。たぶんもう、半分は答えを出している。

「…一回音を合わせるくらいなら、反対はしない」

一瞬考えて瑠璃も同意した

「オレはそもそも賛成。四季は?」

「とりあえず合わせてみないとわかんないからね、何事もとにかくやってみろってことで」

そうして、咲夜くんは仮のメンバーとしてスタジオに残った。


「咲夜、曲は入ったか?」

奏さんが咲夜くんに声をかける

「まぁ、大体」

「よし、じゃあ行くぞ」

奏さんのドラムスティックの音で曲が始まる


四季くんはマイクに口を寄せる前、一度だけ咲夜くんをみた

それが合図なのか、確認なのか、逃げ道だったのかは分からない。


ギターの音が先に鳴った。

音は少し走っていて、メンバーの誰とも目を合わせようとしない。咲夜くんの恐怖心が音になって伝わってくるようだった。

この音、間違ってないのに、どこか孤独だと思った。


私も怖い。

この音の中で、自分の音だけが必要とされなくなることが。


私が脱退すると言った時のメンバーの顔が思い浮かぶ。

失望や悲しみの中に、私がいなくなることで生まれる安堵みたいなものも、きっと混じっていた。


歌い出しは、いつもより静かだった。

四季くんも咲夜くんの感情を感じ取ったのだろうか。


奏さんは音のズレを少しづつ直そうとフォローしていた。


瑠璃さんは瑠璃さんなりに、咲夜くんの顔色を伺って、音を合わせようとする。


ビブラートに入ったその時、ロングトーンで後半から歌う様に掛け始める。


ああ、この人、すごいんだ。


そう思ったけど、何がどうすごいのかは、

まだうまく言葉にできなかった。


曲が終わったあと、誰かが話し始める前に間があった。咲夜くんはギターを抱えたまま、動かなかった。

逃げる準備をしていたはずの足が、床に根を張ったみたいに。

でも私はこの音の中で、まだ答えを見つけられずにいた。


「お、今日は音デカかったな」

いつの間にか、ドアのところに吉岡さんが立っていた。

「うるさくしてすみません」

奏さんが言うと、吉岡さんは肩をすくめる。


「いやいや、スタジオなんてうるさくてナンボでしょ」

そう言ってから、吉岡さんは咲夜くんをちらっと見た。

「…で?」

「逃げずに帰る気はある?」


咲夜くんは一瞬だけ視線を逸らした。


「…皆さんが良ければ、よろしくお願いします」

深く頭を下げる

一瞬の沈黙

「…練習しがいがあるな」

その沈黙を破ったのは四季くんだった

「だな、まだ足りないものばかりだ」

「でもうちのバンドに絵幡くんのギターの音は必要だってわかった」

「…私も、そう思った」

瑠璃さんは視線を逸らしながらも、肯定していた

「楽しみだね」

私はそんな返事しかすることが出来なかった。


スタジオを出る頃にはもう空には星が出ている頃だった。


「帰る前にちょっとコンビニ行かない?」

「えー…帰る時間遅くなるじゃん、花恋送ってくの俺なんだけど」

「じゃあ、四季は奏と咲夜と待ってなよ、二人ですぐ行ってくるし」

「オレ、待ってる前提なんだ」

「え、気まずいんですけど」

咲夜くんはちょっと嫌そうに見送った

「花恋行こー」

「あ、うん」


瑠璃さん何か話があるのかな、私の様子を気遣ってくれてるのだろうか


「咲夜くん入れての合わせどうだった?」

瑠璃さんは商品を手に取って、成分表示をじっと見比べながら言った


「…どうって?」

「私はまだまだ課題が多いって感じたんだよね。花恋はどう感じたかってこと」

「私、まだ考えなくても弾けてるだけなのかもって思ってて」

花恋は言葉を選ぶ

「うーん…ピアノ歴10年あるんだけど伴奏って、思ってたよりずっと考えることが多いんだなって」

「あー…私キーボードは疎くて、そこら辺よくわかんないんだよねー」

「そもそもキーボード入れてるバンドもあまりいないもんね。」

コンビニを出て、3人と合流する。私はこれから何ができるのだろうか。



咲夜は自室でギターの手入れをしていた。

「今日はどうだった?」

「……別に」

「別に、って顔じゃないけど」


ギターケースの紐を強く握る。


「前よりは、マシ」

頬が少し緩む

「ほー。じゃあ続けろ」


それだけ言って、吉岡はもう咲夜を見なかった。

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