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方向性

空は夕焼けが濃い青色に染まる頃で、仕事終わりの人たちが行き交っている時間帯だ。


「で、バンドメンバーが揃ったわけだけど、次の対バンイベントまでにしなきゃいけないことをまとめてみた」

瑠璃はペンをクルクルさせながら言った。

ホワイトボードには

練習

バンド名

何を目標とするか(バンドの方向性)


と並べられていた。


「…とりあえず練習じゃね?」

言い出したのは奏だった

「うーん…そうだな、各自練習はしてるしとりあえず合わせてみよう」

少し考えた後、四季くんは肯定した


ホワイトボードを隅に追いやり、各自機材や楽器の準備を始める


ドラムスティックの合図で、私たちの最初となる曲を奏でる

みんなバンド経験者なだけあって、演奏も併せも上手い


私も必死に食らいつく

正解を外さないように、ただそれだけを考えながら


私の書いた歌詞が音になって、四季くんの歌声がスタジオに響く

ギターとベースだけのセッションでスタジオの空気が変わった。

合わせたはずのテンポが、ほんの一拍ずれている


「ちょっと待って」

奏さんのスティックが宙で止まった。

音が止まったスタジオの静けさに、瑠璃ちゃんと私は困惑して視線が合う

四季くんと奏さんの視線が交差している。今の音で二人は何かを確信したようだった

「えー今いいとこだったのに」


「ごめん今日はやっぱ、バンドの方向性を決めたいなと」


「え!?対バンまでもう1ヶ月もないよ?」

奏さんの突拍子もない発言に驚く


「メンバーなんだけどさ、ちょっと声かけてる人がいるんだよ」

「だから、一旦今日は練習はなしで行きたいんだけど」

その瞳は頼むように私たちを見つめていた

「どういう人なの?まさか女の子…?面倒なことは避けたいんだけど」

チラッと四季を見る

「いや違う、違う男だから、ね!」

四季は苦笑いしながら、奏と目を合わせる

「正直、合うかどうかもわかんない。ただ、今のままじゃ足りない気がして」

「方向性か…私は音楽ができる場所があればそれでいいかな、これから私たちがどうなろうと、何を目標にするにしても変わらないよ。今はここが私の居場所」


そう言い切った自分の声が、少しだけ逃げに聞こえた。


鍵盤に触れる手が震えている


「オレはプロ目指してる。音楽で食っていけるくらいにはなりたい、働きたくないし」

「それで大丈夫なのかよ、現役社会人…」


「私は…家族に証明したい。音楽の才能があるんだって」

一拍の沈黙があった

四季くんと、奏さんも何か知っているのか、何も言わなかった。瑠璃ちゃんも家庭の問題があるのだろうか、気になったが浮かんだ言葉を口にすることはできなかった


膝に置かれた手はぎゅっと握りつぶされていた


「四季は?」

「俺は、すごいアーティストを目指す。最高の音楽を俺たちで作って、理想を実現したい」


「…四季は私たちなら最高の音楽が作れるって信じて、選んでくれたわけだ」


瑠璃さんがニヤリと笑い茶化す


あの四季くんが選ぶ選択をしたことが嬉しかったようだ


「そうだよ、悪いかよ」


「いいや、嬉しい 」

嬉しくてみんなで笑い合う


二人は四季くんの幼なじみだから過去を知っている。それだけの変化がきっとあったのだろう


私も思わず笑みがこぼれる

ずっとこんな時間が続けばいいな。そう思ってしまった自分が、少しだけ怖かった。



「じゃあ、私たちこっち方面だから」

「四季、ちゃんと花恋送ってけよ」

星の見えない夜空の下瑠璃ちゃんと奏さんは手を振っていた

「わかってる」

「また明日、18時過ぎに」

笑って手を振り返す


夜風が冷たくて、言葉を選ぶ時間ができた。


「奏さんと瑠璃さんってここから近いの?」

「そう。あの二人はそもそも家近いから」

「じゃあ、四季くんはどういう繋がり?」


あまりこういう話はしてこなかったから、新鮮だ。二人のことを話す時の四季くんは少し楽しそうで、穏やかで、こっちも嬉しくなる


「親が昔3人でバンドしてたらしい」

「へー!じゃあ、親御さんも嬉しいだろうなぁ子供3人が一緒のバンドなんて!」


その一言で、四季くんは固まる

あれ、私今変なこと言ったかな…


「…瑠璃の親はわかんないけどね」

感情が読み取れない声色だった

「え?」

「なんでもない」


四季くんはそのまま前を歩く

そうだ、さっき瑠璃さんは何か家庭の事情があるみたいだった、かなり無神経な発言だったかも…

自分の気の回らなさに思わずため息がでる


アイドルを辞めたばかりの頃はこんな日々、想像できなかった。音楽を続けられていることが今は嬉しい。


四季くんは私よりも数歩前を歩いている

その背中は大きくみえるけど、きっと沢山のことを抱え込んでいる。瑠璃さんも、奏さんも言わないだけできっと…


でも今はまだ、それに触れる時じゃない


「…今日、どうだった?」


キスのこと?それとも合わせ?演奏?方向性?

本当はキスのこと?って聞きたかったけど、口から出たのは感想だった


「みんな、本気なんだなって思ったよ。ちょっと怖いくらい…」


音楽に人生を賭ける怖さを私はもう知っている。


「でも、これからがすごく楽しみになった。新メンバーも、きっと音楽が好きな人なんだろうな」

「まぁ奏によると、ちょっと気難しい奴らしいから、入ってくれるかどうかもわかんないけどね…」


横から顔を除くと苦笑いしていた


バンドの始動に段々と近づいていく。新メンバーに、瑠璃さんや四季くん、奏さん、曲に合わせに色々考えなきゃいけないことはあるけど、こんなに胸が踊る夜は久しぶりだ。

駅までの道のりが今日はやけに短かく感じてしまった。

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