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悪役令嬢は推しをプロデュースしたい!  作者: 月雅


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第9話 断罪劇の主役



音楽が止まり、張り詰めた静寂がホールを支配した。


学園の大講堂。

卒業パーティーのクライマックス。

本来なら、これからの未来を祝う温かな拍手に包まれるはずの場所。


けれど今、そこにあるのは冷ややかな緊張感だけだ。


「アデライード! 貴様との婚約を、この場で破棄する!!」


壇上から響き渡る、王太子アルフレッド殿下の絶叫。

その隣には、ピンク色のドレスを着た「聖女」ミリアが、怯えたように殿下の腕にしがみついている。


典型的な、あまりにも典型的な「断罪イベント」の幕開けだ。


周囲の生徒や貴族たちが、ざわめきながら私たちを見る。

哀れみの視線? 嘲笑?

いいえ。

彼らの目は「どちらにつくべきか」を見極めようとする、計算高い大人の目だ。


私は優雅に扇子を閉じ、ゆっくりと殿下を見上げた。


「……理由を、お伺いしても?」


「白々しい! ミリアへの度重なる嫌がらせ、教科書を隠し、階段から突き落とそうとした蛮行! すべて知れているのだぞ!」


殿下が正義の味方気取りで叫ぶ。

ミリアが「怖かったぁ……」と嘘泣きを始める。

三文芝居ね。見ていて恥ずかしくなるわ。


「身に覚えがありませんわ」


「嘘をつくな! 証言もある!」


殿下の取り巻きたちが、「そうだそうだ」と野次を飛ばす。

彼らはまだ気づいていない。

自分たちの足元が、すでに崩れ去っていることに。


私はふっ、と笑みをこぼした。


「……何がおかしい!」


「いいえ。待ちわびておりましたので」


私は一歩、前へ出た。

背筋を伸ばし、公爵令嬢としての矜持を纏って。


「婚約破棄、謹んでお受けいたしますわ。アルフレッド殿下」


「な……?」


殿下が虚を突かれたように口を開けた。

私が泣いて縋るとでも思っていたのかしら。

「捨てないで」と懇願するとでも?


残念ね。

私が欲しかったのは、貴方との愛のない結婚生活ではなく、自由と──彼(推し)の隣に立つ資格だけ。


「ただし」


私は声を低くした。


「一方的な破棄には、それ相応の『対価』が必要です。……慰謝料は高くつきますわよ?」


「き、貴様……自分が悪いくせに、何を言って……」


殿下が後ずさる。

その時、私の背後から一人の男が歩み出た。


「おっしゃる通りです、アデライード様。……不当な婚約破棄による精神的苦痛。公爵家への名誉毀損。これらは国家予算規模の賠償請求に値します」


冷徹で、美しい声。

会場の空気が一変した。


現れたのは、ミッドナイトブルーの正装に身を包んだ青年。

眼鏡はない。

前髪を上げ、知的な額と、宝石のようなアメジストの瞳を露わにした、私の最高傑作。


「なっ……貴様は、あの時の文官!?」


殿下が指差す。

リアムは涼しい顔で、その指を一瞥した。


「指を差すのはマナー違反ですよ、殿下。……教育係として、恥ずかしい限りだ」


「教育係だと? 貴様ごときが……!」


「自己紹介が遅れましたね」


リアムは胸ポケットから、一枚の辞令書を取り出した。

そこには、国王陛下の署名と、王家の紋章が輝いている。


「先日の人事異動により、宰相代理に任命されました、リアム・フォン・ベルンです。以後、お見知り置きを」


「さ、宰相……代理……?」


殿下の顔から、完全に血の気が引いた。

会場が爆発したような騒ぎになる。

「あの方が!?」「例の噂のキレ者か!」「まさか男爵家の三男が……!」


リアムは騒ぎを意に介さず、指をパチンと鳴らした。

すると、ホールの壁面に巨大な幻影魔法のスクリーンが投影された。


「さて、殿下が主張された『アデライード様のいじめ』についてですが。……学園内の監視魔法記録を全て解析しました」


スクリーンに映像が流れる。

映し出されたのは、階段の上で自ら転び、わざとらしく悲鳴を上げるミリアの姿。

そして、誰もいない教室で自分の教科書を破り捨て、ニヤリと笑うミリアの姿。


「……え?」


ミリアの嘘泣きが止まった。

完全に自作自演。

言い逃れのできない決定的な証拠。


「こ、これは捏造だ! 魔法で加工したに決まっている!」


殿下が叫ぶが、声が裏返っている。


「王宮魔導師団の解析証明付きですよ」


リアムは冷酷に告げた。

そして、さらに別の書類を掲げる。


「加えて、そちらのミリア嬢について。男爵家の隠し子と名乗っていましたが、DNA魔術鑑定の結果、男爵家とは血縁関係がないことが判明しました。……ただの平民が経歴を詐称し、王族をたぶらかした。これは重罪ですよ」


「ひっ……!」


ミリアが殿下の腕から離れようとする。

けれど、もう遅い。

会場中の視線が、蔑みへと変わっている。


「そして殿下。貴方にも重大な嫌疑がかかっています」


リアムは畳み掛ける。

容赦はない。

彼は私のために怒っている。その静かな怒りが、会場全体を圧している。


「国庫からの横領。違法賭博への関与。そして、公文書偽造の教唆。……すべて、証拠は揃っています」


スクリーンに次々と映し出される裏帳簿、署名入りの誓約書。

殿下の顔色は、もはや死人のようだ。


「ち、父上が……国王陛下が、こんなことを許すはずがない!」


殿下は最後の頼みの綱として、父親の名を出した。


「ええ、許されませんでしたよ」


リアムは無慈悲に宣告した。


「だからこそ、私に全権を委任されたのです。『膿を出し切れ』と」


その言葉が、トドメだった。

殿下はその場に崩れ落ちた。

ミリアも腰を抜かして座り込んでいる。


音楽も、華やかな照明も、もはや彼らのものではない。


「連れて行け」


リアムが短く命じると、控えていた近衛騎士たちが静かに入場し、殿下とミリアを拘束した。

抵抗する気力もない二人が、引きずられるようにして会場から連れ出されていく。


あっけない幕切れ。

悪役令嬢と呼ばれた私が断罪されるはずの舞台は、逆転の法廷劇へと変わった。


静寂が戻る。

けれど、それは先ほどまでの冷たいものではない。

圧倒的な権力者への、畏怖と称賛を含んだ静寂だ。


リアムが私に向き直る。

仕事モードの冷徹な表情が消え、いつもの優しい、私だけの表情に戻る。


「……終わりましたよ、アデライード様」


彼は手を差し出した。

ダンスの誘いではない。

共に未来を歩むための、パートナーとしての手。


「ええ。……見事でしたわ、宰相閣下」


私はその手を取った。

温かい。

この手が、私を守り、国を変え、そして私を愛してくれている。


「皆様」


リアムが会場に向かって声を上げた。

よく通る、王者の声。


「騒がせて申し訳ありません。……ですが、宴はこれからです。新しい時代の幕開けを、祝おうではありませんか」


その言葉に呼応するように、楽団がファンファーレを奏で始めた。

今度は明るく、力強い曲だ。


貴族たちが、われ先にと拍手を送る。

「素晴らしい!」「さすがベルン卿!」「公爵令嬢万歳!」


現金なものだ。

でも、それでいい。

これこそが、私が望んだ景色。

推しが誰よりも輝き、称賛される世界。


私はリアムを見上げた。

彼も私を見つめ返している。

その瞳には、私しか映っていない。


「……踊りましょうか、アデライード」


初めて、彼が私の名を呼び捨てにした。

公的な場での、対等なパートナーとしての宣言。


「喜んで。……一生、貴方についていきますわ」


私たちは光の中へ歩き出した。

もう誰も、廃嫡された王子のことなど思い出さない。

この夜の主役は、間違いなく私たちだった。


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