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悪役令嬢は推しをプロデュースしたい!  作者: 月雅


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第8話 宰相の正体



重厚な扉が開き、玉座の間へと続く赤い絨毯を踏みしめる。


衛兵たちが槍を掲げ、緊張した面持ちで直立している。

普段なら貴族たちがひしめき合っているはずの大広間には、今日は人払いが行われて静まり返っていた。


「……胃が痛いです」


私の半歩後ろで、リアムが小声で呟く。

今日の彼は、私が仕立てたミッドナイトブルーのスーツではなく、王宮規定の正装を身にまとっている。

ただし、眼鏡は外していない。


「シャキッとなさい、リアム。国王陛下の呼び出しよ? 粗相があってはなりませんわ」


「アデライード様、貴女が一番堂々としすぎているんですよ……」


彼が呆れたように言うけれど、私は扇子を片手に胸を張った。

悪いことはしていない。

むしろ、王太子の不正を暴き、国難を救ったのだから、褒められることこそあれ、罰せられる謂れはない。


玉座には、この国の王、フェルディナンド国王陛下が座っていた。

隣には、やつれ切った顔のグレンヴィル宰相が控えている。


私たちは玉座の前で歩みを止め、最敬礼を行った。


「面を上げよ」


威厳ある声。

顔を上げると、国王陛下の鋭い眼光が私たちを射抜いた。

王太子殿下とは似ても似つかない、歴戦の覇気を持つ賢王だ。


「アデライード公爵令嬢。そして、リアム・フォン・ベルン男爵令息」


陛下がゆっくりと口を開く。


「此度の騒動、大儀であった。愚息の不始末を暴き、国庫への被害を最小限に留めてくれたこと、礼を言う」


「勿体なきお言葉です」


私が答える。

まずは感謝状か金一封かと思いきや、陛下の視線はすぐに隣のリアムへと移った。


「さて、本題に入ろう。……グレンヴィル」


陛下が宰相に声をかける。

宰相は深く頭を下げ、沈痛な面持ちで一歩前に出た。


「……私、グレンヴィルは、王太子殿下の教育係としての責任、および監督不行き届きの責を負い、本日付けで宰相職を辞したく存じます」


「えっ」


思わず声が出た。

あの堅物宰相が辞任?

王太子のやらかしは酷かったけれど、そこまで話が大きくなっているとは。


「受理はしていない」


陛下が短く言う。

そして、ニヤリと口角を上げた。


「だが、お前ももう歳だ。次世代への引き継ぎが必要だろう。……そうだな、リアム?」


陛下が、リアムを名指しした。


「……はい?」


リアムが瞬きをする。


「とぼけるな。グレンヴィルが提出してきた『農業改革案』『魔導流通整備法』そして『西方諸国との通商条約草案』。……あれを書いたのは、お前だな?」


空気が凍りついた。

私は扇子を取り落としそうになりながら、隣のリアムを見た。


彼は表情を消していた。

肯定も否定もしない。

けれど、その沈黙こそが答えだった。


「……気づいておられたのですか」


リアムの声が、低く響く。

いつもの猫を被った声ではない。

本性の、冷徹な知性を孕んだ声だ。


「当然だ。グレンヴィルは堅実だが、あそこまで柔軟で革新的な発想はできん。文体、論理構成、そして計算の速さ。……調べさせてもらったら、お前という存在に行き着いた」


陛下は楽しそうに玉座の肘掛けを叩いた。


「影で国を回していたのが、まさか入省三年目の下級文官だったとはな。愉快だ」


「……買いかぶりです。私はただ、上司の書類整理を手伝っただけで」


「謙遜は不要だ。……リアム、お前を『宰相代理』に任じる」


ドカン、と雷が落ちたような衝撃。

宰相代理?

男爵家の三男が?

二十歳の若造が?


「お断りします」


リアムは即答した。


「私は目立つのが嫌いです。平穏無事に、定時で帰って猫と遊びたいのです。国政の中枢など、胃に穴が開くだけです」


断った!

王命を秒で断った!


「それに、今の私はアデライード様の専属です。彼女のプロデュースを受ける契約がありますので」


彼は私を盾にした。

ずるい。でも、ちょっと嬉しい。


陛下は視線を私に向けた。


「ほう。……アデライード嬢、そなたはどう思う? この男を、一介の補佐役で終わらせてよいのか?」


試されている。

私は公爵令嬢として、そしてプロデューサーとして、問われているのだ。


私はリアムを見た。

彼は「断ってくれ」と目で訴えている。

地味に生きたい。面倒ごとは嫌だ。それが彼の本音だろう。


でも。


私の脳裏に浮かんだのは、先日の舞踏会で輝いていた彼の姿。

書類の山を魔法で瞬殺していた彼の姿。

そして、冤罪を論理だけで吹き飛ばした彼の姿。


この男は、狭い箱庭に収まる器じゃない。


(推しが……センターに立つチャンスよ?)


アイドルが地下ライブからドーム公演へ行く時、ファンは寂しさを感じるかもしれない。

「遠くへ行ってしまう」と。

でも、真のファンなら、推しが世界に見つかり、最も輝く場所に立つことを願うべきではないの?


「リアム」


私は静かに彼の名を呼んだ。


「貴方は、どうしたいのですか? 本当に、一生書類の山に埋もれて、誰かの影でいるだけで満足なのですか?」


「アデライード様……」


「私は見たいわ。貴方がその才覚を遺憾なく発揮し、この国を導く姿を。……私の最高傑作が、世界の頂点に立つところを」


私の言葉に、リアムは目を見開いた。

眼鏡の奥のアメジストの瞳が、揺れている。


「貴女は……私が権力を持てば、遠い存在になるとは思わないのですか?」


「まさか。私が誰だと思っていまして?」


私は扇子を開き、不敵に微笑んだ。


「私は公爵令嬢アデライード。貴方を最初に見出した女よ。貴方がどこまで昇りつめようと、私はその隣で輝いてみせますわ」


沈黙。

やがて、リアムがふっと息を吐いた。

それは諦めのような、それでいて深い決意を含んだ吐息だった。


彼はゆっくりと眼鏡を外した。

認識阻害が解け、その美貌と覇気が露わになる。

陛下も、宰相も、息を呑む。


「……分かりました」


リアムは陛下に向き直り、片膝をついた。


「ただし、条件があります」


「申してみよ」


「私が宰相代理を務める間、アデライード公爵令嬢を私の『筆頭補佐官』として任命してください。……彼女が傍にいないと、私は力を発揮できません」


「なっ!?」


今度は私が叫ぶ番だった。

筆頭補佐官?

私が?


「許可する」


陛下は即決した。

面白がっている。絶対に面白がっている。


「では、謹んでお引き受けいたします。……この国、私が最適化させていただきます」


リアムが立ち上がる。

その背中には、もう「地味な文官」の欠片もなかった。

そこにあるのは、国を背負う覚悟を決めた、若き宰相の姿。


(ああ、尊い……)


私は胸を押さえた。

推しが、私の想像を超えて大きくなっていく。

しかも、私を道連れにして。


陛下が満足げに頷き、謁見は終了した。


廊下に出た瞬間、私はリアムに詰め寄った。


「ちょっと、どういうつもりですの! 私が補佐官だなんて!」


「言ったでしょう、アデライード様」


リアムは歩きながら、私に視線を流した。

眼鏡を外したままのその瞳は、ゾクっとするほど肉食獣の色を帯びていた。


「私が権力を持てば、貴女を守れる。……王太子だろうと、誰だろうと、もう二度と貴女に指一本触れさせない」


彼は私の手を取り、甲に口づけを落とした。


「貴女が私を王の前に引きずり出したのです。責任、取ってくださいね?」


「……っ」


甘い。

権力という武器を手に入れた推しは、今まで以上に危険で、魅力的だった。


「覚悟なさい、私のプロデューサー。これからは、国ごと貴女を楽しませてあげますから」


そう言って笑う彼は、紛れもなく、この物語の真の主役だった。

私の心臓、最終までもつかしら。

嬉しい悲鳴を上げながら、私は彼の手を握り返した。


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