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悪役令嬢は推しをプロデュースしたい!  作者: 月雅


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第7話 冤罪と論破



「国家反逆罪? それは異な事ですね。証拠の捏造レベルが低すぎます」


宰相府のロビー。

昼休みの賑わいが、氷点下の静寂へと変わっていた。


数十人の近衛騎士たちが、抜剣した状態でリアムを取り囲んでいる。

その中心で、彼はサンドイッチを片手に、呆れたような声を出した。


私は二階の吹き抜けからその様子を見下ろしていた。

予想通りだわ。

昨日、王太子の不正を見つけたリアムを、口封じのために消そうという魂胆ね。


「黙れ! 貴様が財務データを改竄し、予算を横領した証拠は上がっている!」


怒鳴っているのは、近衛騎士団の副団長。

王太子の側近(昨日リアムに論破された男)の父親だ。

親バカもここまでくると害悪でしかない。


「抵抗すれば斬り捨てる! 直ちに連行せよ!」


副団長が腕を振り上げる。

周囲の文官たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


武力による強行突破。

野蛮極まりないけれど、公務員であるリアムには抵抗する術がない──とでも思っているのかしら?


私は扇子を開き、カツ、カツ、と階段を降りていった。


「お待ちなさい」


凛とした声が通る。

騎士たちが一斉に振り返った。


「こ、公爵令嬢……!?」

「何の真似ですの? 神聖な宰相府で、白昼堂々と」


私は階段の途中、一段高い場所で足を止める。

見下ろす形を作る。これも演出だ。


「公務執行妨害はおやめいただきたい! この男は国庫に手をつけた大罪人ですぞ!」


「証拠は?」


「彼の執務机から、横領した金で購入したと思われる『宝石の領収書』が出てきたのです!」


副団長が汚らしい紙切れを掲げた。

なるほど、昨日の夜にこっそり仕込んだのね。

古典的すぎて欠伸が出る。


私はリアムと目を合わせた。

彼は眼鏡の奥で「やれやれ」と肩を竦めている。

恐怖など微塵も感じていない。

私の推しは、この程度の逆境では揺らがないのだ。


「リアム、貴方、宝石なんて興味ありまして?」

「いいえ。アデライード様の瞳以上に美しい宝石など、この世に存在しませんから」


「……っ!」


不意打ちの口説き文句に、私が動揺してどうするの。

扇子で顔を隠し、呼吸を整える。

今の台詞、録音しておきたかったわ。


「戯言を! 連れて行け!」


副団長が焦って指示を出す。

騎士たちがリアムに手を伸ばした、その瞬間。


「あら、そんなことをしてよろしいのですか?」


私は懐から懐中時計を取り出し、蓋を開けた。


「時間ですわ」


それを合図に、宰相府の入り口の扉が大きく開かれた。


ドカドカドカッ!


なだれ込んできたのは、騎士ではない。

カメラとメモ帳を手にした、薄汚れた服装の集団。

王都の新聞記者たちだ。


「な、なんだ貴様らは!」


「号外のネタがあると聞いて!」

「公爵令嬢の独占スクープって本当ですか!?」

「そこの騎士さん、ちょっとどいて! 絵にならない!」


記者たちがフラッシュ(魔導光)を焚きまくる。

目が眩むような閃光の嵐。

騎士たちは「ひいっ」と怯んで後ずさりした。

剣よりもペンが強い瞬間だ。


「ようこそ、記者の皆様。特ダネをご提供しますわ」


私は優雅に階段を降りきり、リアムの隣に立った。

そして、副団長が持っている「証拠の領収書」を指差す。


「その領収書の日付、ご覧になって?」


「な、何だと?」


「先月の一五日とありますわね。……リアム、その日、貴方は何をしていましたか?」


リアムが淡々と答える。

「王宮の資料室で、三日間カンヅメになって決算作業をしていました。入退室記録と、監視魔法のログが残っています。一歩も外には出ていません」


「そ、それは代理人を使い……」


「さらに」


私は言葉を遮り、記者たちに向かって一枚の羊皮紙を掲げた。


「ここに、王都の宝石商『ルビー・アイ』の顧客リストがあります。……副団長殿、その領収書の発行元と同じ店ですわね?」


副団長の顔色が土色に変わる。


「このリストによると、先月一五日、その店で最高級の『聖女の涙』というネックレスを購入された方がいます。……署名は『A・R』」


記者のペンが走る音だけが響く。

カリカリカリカリ……。


「A・R……アルフレッド・ロイヤル……まさか、王太子殿下!?」


記者の誰かが叫んだ。

ざわめきが爆発的に広がる。


「馬鹿な! 殿下が横領など……!」


「横領とは言っていませんわ。ただ、リアムの机から出てきた領収書と、殿下が買い物をした日が同じで、店も同じ。……奇妙な偶然ですわね?」


私は微笑んだ。

事実を並べただけ。結論を出すのは大衆だ。


昨日の監査で見つかった使途不明金。

それが聖女へのプレゼントに消えたことは明白。

彼らは慌ててその証拠(領収書)をリアムの机に隠し、罪を擦り付けようとしたのだろうけれど……詰めが甘い。


「さらに、もう一つ」


リアムが一歩前に出た。

彼は副団長の手にある逮捕状をひょいと取り上げた。


「この逮捕状、承認印がありませんね」


「なっ……!?」


「貴族や準貴族扱いの高位文官を逮捕する場合、法務大臣または宰相閣下の承認印が必須です。これには団長のサインしかない。……これ、ただの紙切れですよ」


リアムが逮捕状を指で弾いた。

ペラ、と乾いた音が、騎士団の権威が地に落ちた音のように響いた。


「法的手続きの不備。証拠の矛盾。そしてアリバイの存在。……これ以上、恥の上塗りをなさいますか?」


リアムの冷徹な声。

眼鏡の奥の瞳が、絶対零度の光を放っている。


副団長は震えていた。

記者たちのカメラが、彼の脂汗の浮いた顔を容赦なく捉えている。

明日の一面記事は決まりだ。

『近衛騎士団、無実の英雄を不当逮捕未遂』。

あるいは『王太子、聖女への貢ぎ物疑惑』。


「……撤退だ!!」


副団長が悲鳴のような声を上げた。

騎士たちが逃げるように出口へ殺到する。

記者たちが「コメントを!」「逃げるんですか!」と追いかけていく。


嵐が去った後のロビー。

残されたのは、私とリアム。そして遠巻きに見ていた文官たちからの、畏敬の眼差し。


「……お見事でした、アデライード様」


リアムが眼鏡の位置を直し、私に微笑みかける。


「貴女こそ、私の最強の盾ですね」


「盾じゃありません。プロデューサーです」


私は強がって見せたが、膝が少し震えていた。

騎士団を相手にするのは、さすがに緊張した。


すると、リアムがそっと私の腰に手を回し、支えてくれた。


「では、プロデューサー。……助けていただいたお礼に、どこか静かな場所で休憩しましょうか」


「休憩……?」


「ええ。貴女の顔色が少し悪い。……それに、記者たちがいなくなった今、ようやく貴女を独占できますから」


耳元での囁き。

腰に感じる手の熱。


(……っ!)


冤罪を晴らしたカタルシスより、今のこの状況の方が心臓に悪い。

けれど、嫌じゃない。

むしろ、もっと触れていてほしい。


「……職権乱用よ、リアム」

「お互い様でしょう?」


私たちは寄り添うようにして、宰相府の奥へと消えた。

背後で、文官たちの「キャーッ!」「尊い!」「今の見た!?」という歓声が上がったのを、私は聞かなかったことにした。


明日、王太子は終わる。

そして、私の推しは国民的英雄になる。

そのシナリオは、もう誰にも書き換えられない。


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