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悪役令嬢は推しをプロデュースしたい!  作者: 月雅


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第5話 肖像画の完売



ねえ、ご存じかしら?

今、この王都で最も価値ある『紙切れ』のことを。


王札でも、有名画家の絵画でもない。

それは、私のサロンでしか手に入らない、手のひらサイズの奇跡。


「アデライード様! こちらの『執務中の憂い顔』セット、あと何枚残っておりますの!?」

「わたくしは『眼鏡を外した瞬間の奇跡』を予約しましたのよ! まだ届きませんの!?」

「ああ、尊い……この流し目だけで、わたくし、三日は何も食べずに生きられますわ……」


公爵邸のガーデンサロン。

普段は優雅な茶会が開かれる場所が、今日は戦場と化していた。


集まっているのは、高位貴族の令嬢たち。

彼女たちの目は血走り、手には分厚い財布が握りしめられている。


テーブルに並べられているのは、魔導写真機で撮影したリアムのブロマイドだ。


・眼鏡オフ・ベスト姿セクシー

・眼鏡オン・書類仕事中インテリジェンス

・稀に見せる微かな微笑み(レア度SSR)


私が夜なべして厳選し、公爵家の印刷技術の粋を集めて量産した「リアム・コレクション」。

通称、リアコレ。


「皆様、落ち着いて。押さないでくださいませ」


私は扇子を優雅に揺らしながら、内心で電卓を弾く。

売れ行きは想定の三倍。

初版は即完売、現在は予約待ちの状態だ。


(ふふふ、チョロ……いえ、皆様お目が高いわ)


推しの美しさが世間に認められる。

プロデューサーとして、これ以上の喜びはない。

もちろん、売上金も莫大だ。


その時、サロンの入り口が騒がしくなった。


「アデライード公爵令嬢! ちょっとよろしいかな!」


現れたのは、苦虫を噛み潰したような顔をした初老の紳士。

王国の宰相、グレンヴィル侯爵だ。

リアムが所属する宰相府のトップであり、王太子の教育係でもある堅物。


サロンの空気が凍りつく。

令嬢たちが「宰相閣下だわ……」と怯えて道を空ける。


私は扇子を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。

来たわね、ラスボス(中ボス)。


「あら、宰相閣下。男爵令嬢ならここにはおりませんけれど?」


先日の舞踏会で王太子がやらかした件への皮肉を、先制パンチとして放つ。

宰相の眉間のシワが深くなった。


「皮肉は結構。今日来たのは、貴女が我が省の職員を『商品』にしているという報告を受けたからだ」


彼はテーブルに並べられたブロマイドを指差した。


「一介の文官の絵姿を売りさばくなど、公爵家の品位に関わる。即刻中止し、彼を公務に戻していただきたい。最近、彼宛のファンレターの仕分けで業務に支障が出ているのだ!」


もっともな言い分だ。

公務員法スレスレのグレーゾーンなのは認める。


けれど、私には勝算があった。


「品位、ですか。……では、こちらをご覧いただけます?」


私は手元の書類を一枚、宰相に差し出した。

それは、今回の売上の使途計画書。


「これは……『王立孤児院への全額寄付』?」


宰相が目を丸くした。


「ええ。わたくし、心を痛めておりましたの。近年の不作で、孤児院の運営が厳しいと聞きまして。これはあくまで、恵まれない子供たちを救うためのチャリティー活動ですわ」


嘘ではない。

利益は全額寄付する。

私に必要なのは金ではない。推しが輝く世界だ。

それに、公爵家には腐るほどお金がある。


「この写真を買うことで、令嬢たちは慈悲の心を行使できる。リアムもまた、その美貌で国に貢献できる。誰が不幸になりまして?」


「ぐっ……しかし、公務員が営利活動の広告塔になるのは……」


「営利ではありません、慈善です。それに閣下、最近王家への支持率が低下しているのはご存じでしょう?」


私は声を潜め、彼に近づいた。


「王太子殿下の……あー、奔放な振る舞いのせいで、国民の不満が溜まっています。ここで『王宮の文官が孤児を救った』という美談があれば、ガス抜きになるのではなくて?」


宰相が押し黙る。

彼は堅物だが、無能ではない。

王太子のスキャンダルを消すための話題スケープゴートを欲していたはずだ。


「……計算高いお嬢様だ」


「お褒めにあずかり光栄ですわ。リアムは優秀です。彼をただの事務屋として埋もれさせるより、国の『顔』として利用する方が、閣下にとっても得策ではありませんか?」


宰相はしばらく私を睨みつけていたが、やがて大きな溜息をついた。


「……業務に支障が出ない範囲で、黙認しよう。ただし、王太子殿下の耳には入れないように」


「もちろんですわ。殿下は今、聖女様とお忙しいでしょうから」


交渉成立。

私は心の中でガッツポーズをした。

これで公認(黙認)ゲットだ。


宰相が去っていくと、サロンは再び熱狂に包まれた。

「さすがアデライード様!」「孤児院のためなら、あと十枚買いますわ!」


そこへ、騒ぎを聞きつけた本人が、裏口からそっと入ってきた。

今日の主役、リアムだ。


彼は変装用の伊達眼鏡をかけ(普段の眼鏡は認識阻害が強すぎるため、撮影用とは別にしている)、困り顔で私を見た。


「……アデライード様。宰相閣下がいらしたと聞きましたが」


「ええ。貴方の活動許可をもらっておいたわ。感謝なさい」


「活動許可……? 私はただ、静かに書類仕事がしたいだけなのですが」


彼はテーブルの上の自分のブロマイドを見て、恥ずかしそうに手で顔を覆った。


「こんなものが高値で売れるなんて、世の中間違っていますよ」


「間違っていません。需要と供給の奇跡的な合致です」


私は彼に、一枚の紙を見せた。

王都の闇市場オークションの相場表だ。


「見て。貴方のブロマイドの取引価格、ついに王太子殿下の肖像画の十倍を超えたわ」


「……は?」


リアムが絶句する。


「殿下の肖像画は、残念ながら倉庫で山積みになっているそうよ。でも貴方のは、印刷が追いつかない。これが民意です」


「……殿下に知られたら、処刑されませんか、私」


「大丈夫、私が守るわ。それに、貴方のおかげで孤児院の子供たちは新しい服と教科書を手に入れた。貴方は英雄よ」


そう言うと、彼は少しだけ表情を緩めた。

困ったような、でも満更でもないような、優しい笑み。


「……貴女という人は。悪役を気取りながら、やっていることは聖女そのものですね」


「なっ……!?」


不意打ちだった。

そんな甘い声で、そんな台詞を吐くなんて。


「よ、余計なことを言わずに、サインなさい! このSSR特装版に直筆サインを入れるのよ!」


私は照れ隠しに彼へペンを押し付けた。

顔が熱い。

プロデューサーがアイドルにときめいてどうするの。


彼は苦笑しながら、サラサラと美しい筆記体でサインを書き始めた。


「分かりましたよ、マイ・レディ。……子供たちのためなら、この顔、いくらでも貸しましょう」


その横顔を見ながら、私は確信した。

このチャリティーは大成功だ。

そして、私の心臓にとっても、極めて危険なイベントだったと。


完売の札が貼られる頃、私の財布(心)もまた、彼によって完全に満たされていたのだった。


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