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悪役令嬢は推しをプロデュースしたい!  作者: 月雅


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第4話 舞踏会の革命



シャンデリアの煌めきが、貴族たちの欲望と香水の匂いを照らし出している。


王宮の大広間。

秋の舞踏会は、社交界における戦場だ。

派閥の確認、婚姻の調整、そして噂話の交換。


今夜、その最大の話題は私、公爵令嬢アデライードに向けられていた。


「……ご覧になって。王太子殿下が、またあの男爵令嬢と」

「アデライード様が可哀想に……」

「いや、婚約破棄も近いという噂だぞ」


扇子の陰から漏れるひそひそ話が、さざ波のように広がっていく。


大広間の中央。

本来なら私がいるべき場所に、可愛らしいピンク色のドレスを着た小柄な少女が立っていた。

いわゆる「聖女」と呼ばれる男爵令嬢だ。

彼女の腰に手を回し、甘い笑顔を向けているのは、私の婚約者であるアルフレッド殿下。


私はといえば、壁の花として一人、グラスを傾けていた。


「……ふふ」


同情するような視線が痛い?

まさか。

今の私は、笑いを堪えるのに必死なだけだ。


(計画通りだわ……!)


殿下は私をエスコートする義務を放棄した。

これは重大なマナー違反であり、私に対する侮辱だ。

けれど、裏を返せば「私は自由になった」ということ。


パートナーがいない?

いいえ。

最高の手札ジョーカーを切るタイミングが来ただけのこと。


「……準備はよくて? 私のシンデレラ(男役)」


私は小さく呟き、合図を送った。


広間の入り口付近。

目立たないように控えていた人影が、静かに動き出す。


ざわ、と空気が揺れた。


彼が歩みを進めるたびに、人々が自然と道を空けていく。

モーゼの十戒のように。


仕立ての良いミッドナイトブルーの燕尾服。

長身痩躯の完璧なプロポーション。

そして何より、その顔にはいつもの野暮ったい眼鏡がない。


リアム・フォン・ベルン。

私の専属補佐であり、今夜の主役だ。


「……誰だ、あれは」

「見たことのない顔だが……どこの高位貴族だ?」

「なんて美しい……」


貴族令嬢たちの頬が紅潮し、殿方たちが警戒心を露わにする。

誰も彼が、普段「背景」として扱っている貧乏男爵家の三男だとは気づいていない。


前髪を整え、眼鏡を外し、背筋を伸ばした彼は、夜空の化身のように美しかった。

認識阻害の魔法など必要ない。

圧倒的な「格」の差が、人々の認識を書き換えているのだ。


彼は私の前まで来ると、優雅に膝を折った。

その動作の滑らかさと言ったら!

王族である殿下よりも洗練されている。


「お待たせいたしました、マイ・レディ」


低く、甘やかなバリトンボイス。

周囲の令嬢たちが「きゃっ」と声を漏らす。


彼は白手袋をはめた手を、私に差し出した。


「僕に、一曲踊らせていただけますか?」


私は勝ち誇った気分で、その手を取った。

冷たくて、大きな手。


「ええ、喜んで。……眼鏡がないと、少し眩しすぎますわね」


「貴女の命令ですから」


彼は苦笑し、私をエスコートしてホールの中央へと向かう。


その時、ようやく殿下が異変に気づいた。


「なっ……アデライード!? その男は誰だ!」


聖女と談笑していた殿下が、血相を変えて叫ぶ。

私は涼しい顔で彼を一瞥した。


「あら、殿下。ごきげんよう。……どなたかと問われましても、私のパートナーですわ」


「パートナーだと? 私がいるのにか!」


「殿下はそちらの愛らしいお嬢様とお楽しみのようでしたので。わたくし、邪魔をしてはいけないと気を利かせましたの」


「ぐっ……」


正論で殴る。これぞ悪役令嬢の嗜み。

殿下が言葉に詰まっている間に、楽団が新しい曲を奏で始めた。

ワルツだ。


「参りましょう、リアム」

「仰せのままに」


彼が私の腰に手を添える。

その位置、力加減、全てが完璧。


次の瞬間、私たちは音の波に乗った。


ターン。

ドレスの裾が花のように広がる。

リアムのリードは力強く、それでいて綿毛のように優しい。


(すごい……!)


練習では合わせていたけれど、本番の彼はさらに輝いている。

私の重心移動を完全に予測し、次に進むべき場所へ導いてくれる。

まるで自分が羽毛になったかのような錯覚。


「……上手ですね」

「必死ですよ。貴女の靴を踏んだら、国が傾くでしょうから」


耳元で彼が囁く。

冗談を言う余裕まであるなんて。


「嘘をおっしゃい。王宮の書庫にあった『古の舞踏指南書』、全部読破したのでしょう?」

「……バレていましたか」


彼は少し目を細めた。

その瞳の色気たるや。

至近距離で浴びる推しの美貌に、私の心臓は早鐘を打っている。


私たちは回転し、ステップを踏み、広間を支配した。


他のペアたちが、踊るのをやめて見とれている。

殿下と聖女など、もう誰も見ていない。

スポットライトは完全に、この謎の美青年と、捨てられたはずの公爵令嬢に当たっていた。


「あの方、ベルン男爵家の三男じゃない?」

「まさか! あの地味な?」

「でも、面影が……」

「嘘でしょう、眼鏡を取ったらあんなに……!」


ざわめきの中に、ようやく正体に気づき始めた声が混じる。

そうよ、もっと驚きなさい。

そして後悔なさい。

あなたたちが無視していた原石が、これほどの輝きを秘めていたことを。


曲のクライマックス。

彼は私を高くリフトし、華麗に着地させた。


完璧なフィニッシュ。


静寂。

そして、割れんばかりの拍手喝采。


私は息を弾ませながら、彼を見上げた。

汗一つかいていない涼やかな顔で、彼は私に微笑みかける。


「……満足していただけましたか? プロデューサー」


「ええ。期待以上よ、私の最高傑作」


拍手の渦の中、呆然と立ち尽くす殿下の顔が見えた。

悔しげに歪んだその表情は、今夜一番のデザートだ。


けれど、それ以上に美味しいのは。


「次も、踊っていただけますね?」


私の手を離そうとしない、リアムの独占欲めいた視線だった。

契約? 演技?

いいえ、この熱は、きっとそれだけじゃない。


私の心臓が、甘く痺れた。

革命の狼煙は上がった。

この夜、社交界の勢力図は完全に塗り替えられたのだ。

たった一人の「地味眼鏡」の覚醒によって。


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