おだいじに
ケホケホ 咳が出る。
お布団で寝てる一日。この3日間なーんにもしてない。果物と買い置きのパンがあって良かった。
でも食料も薬も、もうすぐ無くなりそう。お店遠いんだよなあ。
ハチミツ舐めて、なんとか凌げないかなあ。
ケホケホ
トントン
「?」
咳してる時に音がしたような気がした。気のせいかな?
トントン
「は、はーい。どなた…ケホッ」
「バードンです」
「え?店長?」
慌てて玄関へ向かうけど、咳が止まらず早く動けない。
鏡でボサボサの髪を整える。す、すっぴんどうしよう?でもすぐ出ないと!
ストールを探して肩にかけて、息を整えてからドアを開けた。
そこには、両手に紙袋を抱えているバードン店長がいた。
キチンと髪を整えてあって、シャツとベストを着てジャケットを羽織っている。
ジャケット以外は、いつものお店で見る格好だった。
私がよく行く職場近くの喫茶店の店主だ。
落ち着いたお店ですごく居心地が良くて、毎日のようにお昼休憩に利用している。
すっかり顔馴染みで、同僚のカレンと三人でよく世間話をしている。
「カレンさんがお見舞いに行くと言うので、私が代わりに来ました」
「それは、すみません!ケホケホッ」
カレンは妊娠中だ。気持ちは嬉しいけど、うつったら大変。
「中に入っても大丈夫ですか?荷物置きますよ」
咳をする私を心配そうにバードン店長が見つめる。
「す,すみませケホッ」
咳をしながら、バードン店長を中に通した。
テーブルに紙袋を置くと、中を出してくれた。
「これが風邪薬と果物とパンとハムです。あと、スープを作ってきたのでよかったら飲んでください」
「ええっ!?ありがとうございます〜」
な、なんて良い人…カレンの代わりに来てくれただけでなく、スープ作って来てくれるなんて。
ランチが美味しいんだから、店長が作ったスープは絶対美味しい。
弱った心に温かい好意が直撃して目が潤む。
うう、店長の優しさあったかい…。
バードン店長は、全てをテーブルに綺麗に置いた後、こちらを見ると目を瞬き優しく笑った。
「病気の時は、心細くなっちゃいますよね。明後日にまた来ますね」
「へ…?」
「何か欲しい物はありますか?」
「え、でも悪いから」
彼はニッコリ笑って、私の手を掬ってキュッと握った。
「カレンさんから聞きました」
「え?」
「私が行けば喜ぶだろうと」
「え!? ゲホッゴホッ!」
なななな?!カレンなんでバラシた!?
「私が独身で彼女もいないとわかったら、カレンさんが教えてくれました。あの、なんで既婚者だと思ってたんですか?」
「ゲホッゴホッ!それ…はゴホッ」
「っ!すみません!病人に話を聞こうなんて」
バードン店長は咳をする私に、手を離してオロオロしだした。
「元気になったら、ゆっくりお話しましょう」
私の頭をサラリと撫でた後、彼は玄関の方へ向かって行った。
「では、また来ますね。お大事に…」
パタンと閉まる扉を呆然と見ていた。
テーブルに置かれた物達を見る。
バードン店長が作ってくれたスープは、まだほんのり温かかった。
スプーンを取ってきて、ひと匙飲んだ。
「美味しい…ケホッ」
顔が赤いのは熱のせいじゃない。
バードン店長の嬉しそうに微笑む顔を思い出し、ベッドに走ってダイブした。
明後日までに治るといいな。




