第4話
――時は少しさかのぼって、魔獣を埋葬した後。
リューラはまだ森を探索していた。
一旦帰るべきかとも思ったが未知の探求に危険は付き物、やはり好奇心には勝てなかった。
(――この世界、魔獣が居るんだな。
覚悟はしてたけど、いきなり襲われるとはな。)
魔力探知に引っかかる物があれば、隔離空間から様子見すれば大丈夫だろうと高を括っていたが、探知の閾値が高すぎて、何も感知できない状態になっていた。
余計なものを感知しないようにしていたのが仇となった。
今は閾値を下げているが、先ほど遠ざかっていった反応が消えてからというもの、何も感知していない。
(……これ、俺のせいだよな……。)
森中の魔獣が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
(どうしようもないよな……。
何処かの誰かに迷惑かけたらすまん。)
一方的に謝罪し、頭を切り替える。
(とりあえず【自動防御魔法】は使っておく必要があるな。)
魔法陣が展開され、中央から光球が出てくる。
光球はリューラの頭上で回転し、やがて見えなくなった。
今回使用したのは《天球》と呼ばれる”名無し”の魔王が作った、古くからある魔法だ。
光球が頭上を回転しているため、そう呼ばれている。
《天球》という魔法は
1.防衛対象に対する攻撃を検知
2.自動で魔力障壁を展開
3.魔力障壁で相殺出来なければ《天球》が肩代わり
という機能を有している。
(ケチらず最初から使っときゃ良かった……)
魔力節約が身に染みついた魔王は、小さくため息をつく。
◆
ぽりぽりと携帯食料を食べてながら探索を続けていたが、ひとしきり歩いて目新しさが薄れ、そろそろ森を抜ける算段をつける。
方向感覚は当てにならないため、上から見るのが早い。
《宙に浮く魔法》で梢を越えると、足元の森は海のように広がっていた。
森以外を探すと遠くに山が、その麓に建造物が見えた。
――”人間”が居るのだろうか。
確かめる価値はある。
◆
辺りは暗くなり始めていた。
建物から少し離れた所まで移動する。
《透明になる魔法》を発動し、観察してみる。
見えていたのは石造りの塔だった。
そこから黒い”糸”が、周辺の家の屋根に伸びていた。
塔の周辺には家があり、村が形成されていた。
そして村を一周する様に壁が立っている。
村の中には”人間”がまばらに歩いていた。
桑や鎌を持っているため、農作業を終えた所のようだ。
(あれが”人間”か――見た目は”魔人族”と大して変わらないな。
……ただ余り魔力は感じない。)
さらに観察していると、やがて村民は家々へと入っていき、外に出ている者は居なくなった。
屋内からは光が漏れているが、魔力は感じられない。
蝋燭を使っているにしては明るいため、光源は何だろうか。
――石造りの塔、そこから伸びる糸、光源の正体、興味が尽きない。
◆
(取り敢えず、塔を見てみよう。)
塔に近づいてみる。
塔には扉が付いており中に入れるようだが、今は鍵が掛かっている。
内部からは魔力が感じられる。
何が入っているのか非常に気になるが、まさか扉を壊して入るわけにもいかない。
そこで扉に《透明になる魔法》を掛ける。
これで中に入れなくても内側を見ることができる。
塔の1階中央には大きな結晶体と、それを囲うように何かの装置が配置されていた。
装置からは塔と家を繋ぐ黒い糸が伸びており、さらに上の階へと続いている。
他には大きな結晶体から魔力を感じ、その下に魔法陣が描かれていることが見て取れる。
どうも結晶体の魔力を電気に変えているようだ。
(なるほど、この塔で発電して、送電まで行っているのか。
家の明かりは電気を光らせているんだな。)
魔界では、魔法で生み出された光源を明かりとして利用している。
もちろん電気も生み出せるが、魔力→電気→発光装置よりも、魔力→光源の方がロスが少なく済む。
人間全体がどうかは分からないが、この村の住民は魔力量が少ない。
自分で光源を生み出せないから、代わりに電気を使っているのだろう。
しかし魔力の薄い人間ばかりの村で、誰がこの変換術式を敷いたのか。
この魔法を設置した人間とは話してみたい。
それにあの結晶体は何だ。
魔力を溜めておくための魔道具か何かか?
疑問が消えては、新たに疑問が湧いてくる。
◆
しばらく考えていると、山の方向から大きな魔力を感じた。
それはガサゴソと音を立ててこちらに向かって来る。
(何か来るな……。一旦離れるか。)
急いで塔に掛けた《透明になる魔法》を解除し、その場を離れる。
山から出てきたのは、上から下まで真っ白な少女だった。
(――アルビノ!? この世界にもアルビノが居るのか。)
アルビノの少女は扉の前まで来ると、ポケットから鍵を出し、塔の中へと入っていった。
リューラは塔へ近づき、《透明になる魔法》を再び掛ける。
今度は目玉2つ分ほどの大きさで。
塔の中を見ると少女が結晶体に触れており、彼女から結晶体へと魔力が流れていた。
結晶体へ魔力を補給しているようだ。
――魔的特異体質。
高い魔力を持って生まれたり、魔眼という目を持っていたり、生まれた時から浮遊していたり、生まれながらに特徴的な体質を持つ者がいる。
アルビノは高い魔力を持って生まれる。
その反動なのか、色素を作れないため、肌も毛も白くなる。
他にも毛に関する魔的特異体質は2つある。
1つは魔法を使うと淡く発光する蒼髪。
もう1つ緋色の髪。こちらは魔法を使っても発行はしない。
同じ種族であれば、アルビノ>蒼髪>緋色の髪 の順で魔力が高くなる傾向にある。
(……アルビノなら魔力量が多いから、管理人としてはピッタリか。)
しかししばらく見ていると、少女がフラフラと揺れ、やがて倒れてしまった。
(――魔力欠乏症になってるぞ!?)
急いで少女に駆け寄る。
少女は額の汗をかき、苦し気な表情を浮かべている。
リューラは少女を抱き起すと、亜空間から小瓶を取り出す。
魔力回復薬、割と高価な物だが迷わず少女に飲ませる。
回復薬を飲んだ少女は、落ち着いた様子で眠ってしまった。
眠る少女をこのままにしておけず、しばらく見守ることにする。
少女をよく見ると身体は痩せており、服もぼろぼろで薄汚れている。
(……この子、村からじゃなくて山から来たよな。山の中に住んでいるのか?
そうだとしても、山の中を子供1人で行かせるか? 普通。)
そんなことを思いながらも、目の前にある装置を見る。
特に魔法に注目してみる。
先ほどはそこまで確認出来なかったが、どうもリューラの知る魔法とは違うようだ。
この世界で発明された魔法だろう。
特に気になったのは【第1魔法理論】が使用されていることだ。
◆◆◆
第1魔法理論。
「魔法とは結局のところ、イメージが出来るかどうかである。
イメージの出来ない魔法は、うまく発動出来ない。」
という理論のことである。
魔界ではこれは部分的に否定されており、”イメージに依存する魔法” と ”イメージに依存しない定量的・定性的に発動する魔法” の2種類あることが分かっている。
そして現在の魔界では、後者の魔法がほとんどを占めている。
「誰が使っても同じ効果でないと危ないよね。」という認識が広く一般的に広まったからだ
◆◆◆
(まあ、魔力の変換率を見るに”イメージ出来る”やつが発動したみたいだな……。)
少し考え事をしていると、少女が「うーん……」と唸りながら目を覚ました。
《透明になる魔法》で姿は見えないだろう。
「――あ……私、また倒れてたんだ……。
でも、今日はいつも見たいに苦しくないかも。」
(いつも?
いつも倒れるまで魔力補給しているのか?)
「……あれ? 何だろう……?」
そう言って少女は視線を地面に落とす。
そこには魔力回復薬の小瓶が落ちていた。
(……回収するの忘れてた。)
「さっき何か飲んだような……。
これかな? いい匂いがする……。
それにさっき誰かいたような……。
助けてくれたのかな?」
少女は小瓶を拾って匂いを嗅いでいる。
魔力回復薬は無臭のはずだが。
「扉が開いてる……。
誰か入ってきた? 村の人?
ううん、そんな訳ない。
あいつらがここに来るわけない……。
あいつらが助けてくれるわけ、無いっ!!」
突如の怒声に、眉をひそめる。
村との関係は、良好ではなさそうだ。
「――はぁ、帰ろ……。お腹すいたなぁ……。」
そう言って、トボトボと塔を出ていき、山へと帰っていく。
(流石に倒れた直後だ。家までは見送るか。)
◆
少女の後を追う。
山の中は道と呼べるようなものは無く、木々を掻き分けて進むしかないようだ。
音を立てないために《消音の魔法》を使っておく。
しばらく進むと山の中にぼろぼろの小屋が見えてきた。
人が住んでいるとは到底思えない。
しかし少女はそこへ入り、扉が頼りなく鳴った。
ぼろぼろの壁には隙間ができていた。
悪いとは思ったが、隙間から中の様子を見る。
――小屋の中は想像以上に悪かった。
戸板は片側の蝶番だけで辛うじてぶら下がり、風が吹くたびにぐらりと鳴る。
壁は粗末な板を縄で縛ってあるだけで、外の気配がそのまま伝わる。
風が抜けるたび、板と板が擦れて低い音を立てる。
土間は固く踏み固められているが、ところどころに靴跡の凹みと、雨のしみが黒く残っている。
寝床だろうか、藁束に裂いた布をかぶせただけのものが1つ。
村で見た家は高床式の造りで、壁や天井に穴が開いているようには見えなかった。
少女は土間に布を敷いて座り、木皿の木の実を少しずつ口に運ぶ。
彼女以外には誰もいない。
寝床が1人分だったため、もしかしてここに1人で住んでいるのだろうか。
食事を終えた少女は、先ほど拾った小瓶を眺めていた。
(隙を見て回収しないとな……。)
この世界には元々無かった物のため、残さない方がいいかと思った。
「――きれいだなぁ……。」
まるで宝石のように小瓶を眺める少女。
(――っ。小瓶くらいいくらでもある、からな……。)
回収は諦めることにした。
少し、雨が降った気がした――。
◆
やがて少女は寝床に横たわり、眠りに落ちた。
この間、小屋には誰も帰ってきていない。
やはり1人暮らしなのだろう。
(……帰るか。)
帰る前に、小屋に少しだけ魔法を掛ける。
《魔力を感知する魔法》、《攻撃を感知する魔法》。
《強度を上げる魔法》、《許可無き者を入れない魔法》。
そして《天球》。
これでこの小屋に何かあっても気づけるし、ある程度は凌げるだろう。
《適温を保つ魔法》、《安眠できる魔法》、《良い夢が見られる魔法》。
ささやかなプレゼントだ。
この場所の座標は記録した。
いつでも戻ってこれるだろう。
魔法を掛け終えたリューラは、亜空間へとつながるゲートを開き中へと入る。
魔法学園の自室とはまた別、自分だけが入れる別荘がそこにはある。
夜ご飯を食べ、寝支度をしてベットに寝転がる。
眠れるまで、今日のことを整理してみる。
――この世界とのゲートを使えたこと。
――魔獣の命を奪ったこと。
――人間を見つけたこと。
――人間が電気を使っていること。
――アルビノの少女のこと。
いくつか疑問に思ったこともまとめてみる。
――魔力を電気に変える魔法、あれを設置したのは誰か。
人間の魔法使い、是非とも話してみたいものだ。
――魔力を貯蔵できる結晶体について。
魔界にも魔力を貯蔵できる魔道具はあるが、あんな感じじゃないしな。
――言語について。
少女の言葉しか聞いていないが、言語は魔界と同じだった。
何故、魔界と人間界の言語が共通しているのか?
――アルビノの少女について。
何故、村から離れた山で暮らしているのか。
何故、倒れるまで魔力を補給しているのか。
この世界の住人に、あまり干渉しないほうが良いのかもしれないが、すでに初っ端からやらかしている。
それに子供が辛い目に合っているのは見たくない。
助けられるなら助けてやりたい。
そんなことを考えながら、やがて眠りについた。