第1話
魔王。
魔界最強の者にのみ名乗ることが許される称号。
数多の屍の上に立つ死の王。
幾度も人間世界を脅かした侵略者。
――それも、今は昔の話。
◆
煌びやかな大広間に、大勢の魔族が集まっている。
全員が一点を見つめる。
視線の先には荘厳な玉座と、その前で向かい合って立つ二人。
一人は緋色の髪が特徴的な妙齢の美女、この学園の長――【ディネーラ・フェルガスト】。
もう一人は礼服を着た黒髪の青年――【リューラ・エルグレア】。
「リューラ・エルグレア。
貴殿が成した魔法研究の成果は、深遠にして革新的なものであり、魔族の叡智を大きく押し広げた。
特にその応用技術は、我ら魔族の繁栄と未来の礎たるものなり。
よってここに、最上級学位《魔王位》を授与し、その功を永久に記す。」
「身に余る光栄。私の研究が魔族の礎となるのであれば、これ以上の喜びはございません。
《魔王位》、謹んで拝受いたします。」
一瞬の沈黙の後、広間は大きな拍手で埋め尽くされた。
『おめでとう~!』『よ!魔王様~!』
『酒おごっれくりぇ~!』『改造させて~!』
『治験やってまーす!』『誰でもいいから付き合いたい……』
『ディネーラ様!!結婚してくれ~!!』
飛び交う祝辞(?)が会場を熱気で満たし、リューラが広間を後にするまで、歓声は鳴り止まなかった。
リューラの退場を見送ると、ディネーラが手を打ち鳴らして言う。
「はいはい、解散解散。立食パーティーは各食堂でやってるから、出たいヤツは勝手に行きな!」
その声に従い、魔族たちはぞろぞろと広間を後にしていった。
◆
授与式を終えたリューラは【第2食堂】に来ていた。
食堂には豪勢な食事が並んでおり、既に大勢の魔族で賑わっていた。
飲み食いしている者、談笑している者、何やら言い争っている者たちまでいる。
本日の主役を差し置いて騒いでいる者たちばかりだが、リューラは特別何かを思うことはなかった。
ここ魔法学園では、新たに《魔王位》授与者が出た時以外にも、【学園創立記念日】や【最後の魔王ロゼリナ様誕生祭】、【最後から2番目の魔王誕生祭】など事あるごとにパーティーが開かれる。
そのため、パーティーはそこまで珍しいものでもない。
感覚的には週1くらいか。
実際、1週間前にも【第1魔法理論の否定記念日】のパーティーがあった。
(みんな騒いでんなー)
日常的な光景をよそに自分も何か食べようと、目につく物を皿に取っていく。
取っている最中、時々こちらに気付いた者が「おめでとう~」「おめっとさん」など、軽く祝ってくれる。
学園にいる者は皆、自分自身の研究分野がある。
自身の専門以外は広大過ぎて理解など出来ないため、 他分野の内容には興味を示さず「何ができるのか」が分かれば充分というスタンスが一般的だ。
(俺も2つ前の《魔王位》授与のときはそんな感じだったな……)
などと思いながら食事をしていると、後ろから声を掛けられる。
「やあ。ようやく魔王になれたみたいだね。」
振り返ると大きな植木鉢が浮いていた。
鉢の中からこちらを見ているのは、緑色の皮膚で頭に花の咲いた中性的な顔の少年だった。
【ミアリュ・ノーレンス】、リューラと同期で《植物学》の魔王だ。
「なんだよ、先に魔王になったからって嫌味か?ミア。」
ミアは<動物を植物にする魔法>、<植物に自身をコピーする魔法>を発明し、リューラの1つ前に魔王となった。
3年前のことだ。
「あはは、冗談だよ。改めておめでとう。」
「ありがとな。お前も何か飲めよ。」
そう言うとミアは手近な果実酒を取って、自身の入る鉢に注いだ。
「今回作ったのって、<空間面を繋げる魔法>だっけ?」
「それと<空間の連続性を断つ魔法>、<亜空間を生み出す魔法>だな。」
「ふ~ん。どれも《鉱石学》とか《魔道工学》の連中が喜びそうだね。もちろん、僕も大助かりさ。」
「素材の保存場所が拡張できるし、保存性も向上する。なにより惑星間移動が容易になるからな。
”まるで宝石箱のビュッフェや!!”ってラヴァーニャがはしゃいでたぞ。」
「惑星をビュッフェって……【巌窟姫】は相変わらずみたいだね。
そのうち、この星をドーナツにするんじゃないかと思ってたよ。
リューラのおかげでそれは回避できたみたいだね。」
【ラヴァーニャ・クレムノージュ】。《鉱石学部》でリューラたちの後輩。
年がら年中、穴を掘って鉱石を探しており、彼女の手によって生み出された洞窟は数知れず。
彼女を知る者からは【巌窟姫】の愛称で呼ばれている。
「そういえば、今回の魔法は新しい系統だから学部になるんだっけ?」
「ああ、《空間魔法学》って名前。俺としては《応用魔法学》に入れてくれても良かったと思うんだけどな。」
「それを言い出したら、何でも《応用》になっちゃうからね。分類するのも大事だよ。」
「まあそうなんだけどな。今のところ俺しか講師がいないから十数年、下手したら何十年も俺一人で教えにゃならんのがなぁ……。」
「まあそこは栄誉を手にした責任、ってことで頑張るしかないね。」
魔王になった責任。大昔の先人たちに比べれば、その重さはたかが知れているだろう。
だがそれはそれ、これはこれだ。大変な事実は変わらない。
「何ならリューラも植物にならない?そしたらいくらでも分身が作れるよ!」
「絶対に嫌だ!」
「なんでさ!?こんなに便利なのに……」
鉢から、そっくりな2人目のミアが生えてくる。
顔を見合わせて「「ねー!」」なんて言っている。
「自分が何人もいるのはちょっとな……」
「まあ興味が出たら声かけてよ。」
一生湧かない気がする。
◆
雑談をしつつ食事を終えた頃、離れたところで何やら人だかりが出来ていた。
見てみると、この食堂に来たときから言い争っていた者たちを中心に輪が広がっていた。
「「なんだろうねぇ……?」」
ミア(×2)と共に近づいてみると、こんな声が聞こえた。
「だから!!ナナ×ロゼなんだって!!」「いいや、ロゼ×ナナだ!!」
ロゼは最後の魔王【ロゼリナ・ミルフェノア】様で、ナナは最後から2番目の魔王のことだろう。
最後から2番目の魔王については誕生日はおろか名前すら残っておらず、”名無し”と呼ばれることが多い。
そして”名無し”が魔王だった頃、現在の魔法学園の基となった機関、通称”ナナシ機関”の長をしていたのがロゼリナ様である。
歴史的事実として”名無し”とロゼリナ様は上司と部下の関係だが、”名無し”あるいはロゼリナ様ファンの中には恋人、あるいは夫婦のような関係だったのではないかという者も多い。その理由はいくつかある。
1.”名無し”が弱小魔族を直属の部下にしていた。
力で支配する時代の魔王”名無し”が、種族的に弱者とされる植物系魔族《ルフローラ族》のロゼリナ様を部下とし、直属の機関を任せていた。
ロゼリナ様が特別強かったということは無く、本来直属の機関ともなれば四天王やら八天将やら、大層な役職の魔族に任せるのが普通だ。
それを敢えてロゼリナ様に任せていたのは、一体どんな理由があったのだろうか。
2.”名無し”には子供がいない。
当時の魔王であれば子供が1人もいないのはおかしいが、”名無し”がロゼリナ様を愛していたと仮定すると説明が付く。”名無し”は《魔人族》、植物系魔族とは子を成すことはできない。ロゼリナ様に操を立てて子を儲けなかったのではないかという説がある。
3.魔界七不思議の1つ、魔法学園の開かずの間は、”名無し”の私室だった。
魔法学園は元魔王城を中心として広がっている。
元魔王城は現在【1号塔】と呼ばれ、その中には”名無し”が私室として使っていた部屋があるが、封印が施されており、開かずの間となっている。
最後に入ったのも、封印を掛けたのもロゼリナ様である。
4.【最後から2番目の魔王誕生祭】を制定したのはロゼリナ様。
”名無し”無き後、暫定的に魔王となったロゼリナ様は、魔族の繁栄のために尽力し、《植物を成長させる魔法》を開発した。
これにより魔界の食料生産は安定し、餓死者は大幅に減少。
その功績で正式に魔王となり、今後も魔族が繁栄するために、誰もが魔法を学び・研究できる場として魔法学園を創設。
魔界最強の力に対してではなく、智を持って繁栄をもたらす者に与えられる称号を《魔王》――現在の《魔王位》――とし、前時代の魔王を辞める前、最後の仕事として【最後から2番目の魔王誕生祭】を制定。
”名無し”の正確な誕生日は分からないため、ロゼリナ様が初めて”名無し”にあった日を記念日にしたらしい。
実の親も、誕生日も、名前すら分からない主が、それでも確かに存在したという証を残したかったのだろうか。
5.ロゼリナ様の手記。
ロゼリナ様の手記が断片的に見つかっており、そこから”名無し”を慕っていたこと(”恋愛”的なものかどうかは明記なし)、”名無し”と共に戦えない自分の弱さが悔しかったこと、残された自分に出来ることは任された研究を何としても成功させること。
そういった趣旨のことが書かれていた。
このようなことから、”名無し”とロゼリナ様を恋愛関係にしたいファンが多いのだ。
最近では、”名無し”を女体化させてロゼリナ様と絡ませる創作物が流行っているとか。
……2人とも、1000年以上経って自分たちがイチャイチャさせられるとは思ってもみなかっただろうな……。
「「リューラはどっち派?」」
「俺はどっちでもいいけどな。今の俺たちがあるのは、間違いなく2人のおかげなわけだし。苦難の時代を生き抜いたのなら、せめて創作内くらいは幸せであってほしい。」
「ふ~ん。ちなみに僕は「ナナ×ロゼ派!」「ロゼ×ナナ派!」」
つまりどっちも、ってことだな。
やれどっちが尊いだの、やれどっちが史実に近しいだの果てなき議論は収まりそうにない。
そんな連中を尻目に食堂を後にした。
◆
「学部が設立されるまではどうするの?」
いつの間にか1人に戻っていたミアが聞いてくる。
「たしか、新規の学部って設立まで何年も待たなきゃいけないんだよね?」
「一応、8年後に設立予定とは聞いてる。それまでにやることは、もう決めてある。」
「へー、何するの?また新しい魔法の研究?それとも今回の魔法を改修するとか?」
「まあ魔法の改修は考えてるけど、新規魔法は当分いいかな。それ以外にも試したいことがあるし。」
「試したいことって?」
「……内緒。」
「「「え~!?教えて教えて教えて~!!」」」
また増えているミア(×3)が、揃って詰め寄ってくる。うるささ3倍だ。
適当にあしらい、リューラは寮の方へと足を向けた。
魔法学園は全寮制で、学生から講師まで、それぞれに専用の部屋が与えられている。
寮へと続く分岐点まで来たところで、足を止める。
リューラとミアの寮は別方向にあるため、ここでお別れだ。
「じゃ、またな。」
「ま、そのうち教えてよ!バイバイ!」
軽く手を振って、ミアは別の道へと消えていった。