惰性の先にあるもの
その後の二人の顛末です。意図せず聖女にさせられたノアの無自覚妄想ヒドイン度が毎年更新されていきます。
三回目の契約更新から、わたしの生活が様変わりした。わたしが望んだ訳ではないんだけど。
いきなり聖女認定されて、しかも寺院で毎朝祈祷ですって!? なぜに!?
何だか面倒事を押し付けられた感じでモヤモヤする。
こうなったらキッチリ約束を守ってもらうわよ!
・高級チョコレートを毎日
・寺院で週一の豪華アフタヌーンティー
一度でも外したら違反金を頂くからね!
朝は白くてズルズルな服を無理矢理着せられ、クリスタルネックレスとブレスレットをジャラジャラ付けられて、寺院で聖職者と祈祷。
祈祷は適当。
これが面倒。
だから週一回は休みをもらった。祈祷には謝礼がもらえるので、有給休暇もゲットした。
その後『魔女の店』へ行き、従業員さんたちと首都でカフェやランチ。
たまには契約農家へ様子を見に行って、ついでに男爵家へ里帰りしてタダ飯にありつく。
何だかとても忙しくなった。のんびり映画を観たいのに。
久しぶりに里帰りしたら、いつの間にか義弟は結婚していた。
もうそんなお年頃だったんだね。男爵家を出てから三年以上経ったからね。
なぜか結婚式に呼ばれなかったけれどねぇ~。
結婚おめでとうプレゼントを考えなければ。
※
寺院へ行く前に、なし崩し的に旦那様と朝食をとることになった。
茶髪巻き毛丸眼鏡アラサー、ついでに頭がオカシイ人と毎朝顔を合わせるのだ。
さらに、旦那様にしつこくせがまれて、首都にある大寺院の晩餐にも夫婦で参加することになった。
その時は瞬間移動するわけにはいかない。
鉄道や自動車がある世界ではなから、旦那様と馬車に乗ってはるばる首都へ行く。
早く鉄道を通してほしいな。
そろそろ蒸気機関が実用化される頃合いという雰囲気だし。そうしたら鉄道会社の株を買うんだ。
今度旦那様に相談しよう、そうしよう。
アレコレ忙しくなったので、お店へ行くのは週三回になってしまった。そろそろお店をベテランに託すタイミングなのかもしれない。
そもそも、なぜわたしが聖女に認定されたのかが分からない。
わたしが祈っても何も起きないのにね。
旦那様が建てた寺院は早速オール電化にしましたよ、気付かれない程度に天井の片隅にエアコンを取り付けて。
コンクリート造りの寺院は、暖房が入ってないから寒いのよ。
ついでにグレゴリオ聖歌を配信で流したら、『神の歌だ!』と、聖職者たちが感動していた。『聖女パワーです』と言えば何でも通るから。
寺院が信仰している宗教を知らないから、少しは勉強した方がいいのかな。
毎朝一緒に朝食をとるようになってから、旦那様ともポツポツ会話をするようになった。
何と旦那様はいつの間にか侯爵様になっていて、しかも、国立大学考古学研究室のパトロンだったのだ!
頭がイカれてるんじゃなくて、発掘馬鹿だったのか!
「それ早く言ってよ~、わたしも発掘に行きたい!」
「年一回、契約更新の時しか会わなかっただろう。発掘に行きたかったら、奥様部屋に立て籠もるのを止めなさい」
「そ、それは……理由があって……」
「まずはあの不穏な鉄柵をはずしなさい。この屋敷から死人が出るよ」
「うぅ〜」
「奥様、聖女様、夫からのお願いです!」
胸の前で両手を合わせたアラサー旦那からお願いされた。
この男にプライドというものはないんだろうか。
わたしは観念して秘密をバラしました、盛大に。
画像の流れる特大ブラ◯ア、眩しいLEDシャンデリア、お湯の湧く電気ケトル、室温を調節するエアコン、どこからか流れる音楽、お湯の出る水道、自動洗浄トイレ、自動掃除機……。
初めてまともな奥様部屋を見た時の、旦那様の反応ときたら!
その結果、ホワイト家の屋敷もオール電化になりました。使用人さんたちにとても感謝されました。
「奥様、聖女様、このお屋敷とても便利です!」
全員にかしずかれた。
そして、ホワイト家とテリア家両家のオール電化屋敷の秘密は『聖女様の御力』ということに落ち着いたのである。
※
「さあ、さあ、旦那様、今度こそ発掘現場に連れて行って下さい!」とお願いしたら、旦那様はわたしを抱きしめて喜んだ。
「ノア、俺の事をヴァシリウスと呼んでくれたら連れて行こう」
「ヴァシリウス! ヴァシリウス! ヴァシリウス!」
(わたしを発掘現場へ連れてけ〜!)
わたしは目をキラキラさせ、両腕を波のように上下して旦那様を鼓舞した。
「し、仕方ない、次のフィールドワークが決まったら予定しよう」
「ヤッター!」
『メソポタミア殺人ナンチャラ』の奥様になったみたい! スタンガンを持参するし、テントには電気牧柵を張るから、わたしは殺されないけれどね!
念のためテーザーガンも持っていこう。予備のカートリッジも呼べるのかな。
その結果――わたしはパトロンの奥様ポジションで、旦那様に発掘現場を散々連れ回され、教授陣や助手たちにも挨拶回りをさせられた。
現地の名士とのパーティーにもゴテゴテ着飾って参加させられた。
(は、発掘調査は!?)
いい加減疲れ果てたわたしは発掘現場からトンズラし、近隣都市の高級ホテルに宿泊して贅沢をし(聖女手当をもらってるもんね)、観光をしまくり、お土産を買って侯爵家と男爵家に届けた。
そして『魔女の店』ではなぜか骨董品も扱うようになったのである。
※
月日は流れ、四回目の契約更新日。
ノアは二十二歳。乃彩は二十七歳。
旦那様は三十二歳。
『実は、出会った時からあなたが好きだったんだ!』
『わっ、わたしもよっ!』
な~んて言葉もなく、ズルズルと契約更新が続いている状態。
「どうして未だに契約更新なんて続けているんですか? わたしすでに立て籠もっていないし、離婚するつもりはないんでしょう?」
「これは、年一回しかノアに会えなかった思い出なんだ。記念契約だよ」
「契約が記念?」
「この日だけは確実にノアに会えたから、ものすごく楽しみだったんだ」
「最近は毎日会っていますよ」
「ま、まぁ……コほん! そ、それよりも、新しい契約内容を読んでほしい」
「どれどれ? 『そろそろ子作りしませんか』!!?」
「俺、もう三十二歳だからね。周りの連中は子供が二、三人いるんだ」
「こ、子供はいらないんじゃなかったんですか、それに、こ、こんな恥ずかしい契約書、書かないで下さい! チョコレートとアフタヌーンティーが抜けているし!」
「恥ずかしくはないだろう、夫婦として当然のことだ」
「シュレッダー召喚!」
ドカン! シュルシュルシュル……。
契約書は藻屑となって消えた。
「「……」」
しばらくの沈黙後、無言で旦那様に拉致され、三日間閉じ込められた。
※
ところで、わたしは本当に聖女だったのでしょうか?
――未だに分かりません。
派遣されて来る聖職者によると、わたしが聖女として寺院で祈祷し始めて以来、この国には飢饉が起きなくなったらしい。
えええっ、わたしが寺院で祈祷してから一年しかたっていないのに、適当過ぎる。
毎年の補助金と陞爵を引き出したホワイト家にはメリットしかないから、旦那様は大歓迎みたいだけど。
今後飢饉が起きて、わたしが偽物認定されたらどうしよう。
ヨシ、今から予防措置を取ろう!
※
次回作(未定)
『何故か聖女にされたけれど、偽物認定が怖いので国を滅ぼすことにしました――旦那様の愛で思い留まれそうです?』
ブレない天然ヒドインノアと、発掘馬鹿ヴァシリウスの物語でした。
寺院は国に聖女が存在するということで国民の安寧を図っているだけで、ノアに高度な事を要求しているわけではありません。妄想と被害妄想の激しいノアをヴァシリウスは救うことができるのでしょうか。
これでこの(勢いで書いた、異世界へ行っても便利な生活をしたいという作者の妄想)ショートストーリーは終わりです。お付き合いありがとうございました。
続編の短編『発掘馬鹿ヴァシリウスは妻を連れ回す(仮)』を考え中です。
7月20日くらいから長編小説の連載を予定しています。ざまあできないポンコツ薄幸令嬢の話です。
◆お願い◆
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