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発掘馬鹿ヴァシリウスは面倒事を嫌う――その一

ある理由から契約結婚した発掘馬鹿ヴァシリウスが、立て籠もり続ける幼な妻にメロメロになっていくお話です。その過程で、奥様部屋の外で起きた出来事が明らかになっていきます。

今日契約妻と結婚式を挙げた。

相手は伯爵家領内にある、没落寸前の男爵家ご令嬢。


お互い承知の上での契約結婚だった。

自分が女嫌いとか、数ある妻候補から逃げるとか、女にモテ過ぎて煩いとか、そういうチープな理由ではない。


『離縁された可哀想なご令嬢がいてな……二十歳になるまで屋敷で保護することにした』と、父が拾ってきた縁戚の娘から逃れるためだ。

昨年その父は無責任にも亡くなり、俺が当主になっても、バツイチ娘のご令嬢は屋敷に残った。


「二十歳までという夫の遺言なの……」と、母も同情しているのがやっかいだ。

この娘、呆れたことに『ヴァシーと再婚するの!』と言って俺の周りをぐるぐる回る。

犬猫??

こんなバツイチ娘に構っている暇はない。俺は発掘調査で忙しいのだ。


(こ、これはマズイ、下手するとコイツと結婚させられるんじゃ!?)と危機感を募らせた俺は、他の女性と結婚することにした。

どんな女でもコレよりはマシなはず。


だってコレ、嘘つきなんだもん。


彼女は虚言癖のある人間だったのだ。

『わたし、夫からずっと虐げられていて……』

『わたし、嫁ぎ先の家族からも虐げられていて……』

『わたし、食事も満足に頂けなくて……』

と、ふくよかな体形とツヤツヤお肌でウソ泣きをする。

嘘を嘘と思っていない、こういう人間こそが詐欺師になるのだ。その嘘に騙される人間が大損するのだ。


俺にはまだ結婚相手がいない。

なにせ俺は伯爵家の雑事の他に、国立大学考古学研究室のパトロンもしているから、物凄く忙しい。

時には学会の様子を見に行き、時にはフィールドワークに顔を見せ、そのため屋敷を長期留守にすることもある。

そんな俺に彼女が存在したことはない。


教授陣の中には、美人妻をフィールドワークに連れ回している者もいる。

可哀そうだろう、あんな不便な発掘現場に付き合わせるなんて。


だけどチョット羨ましい。

若くてキレイな妻をこれ見よがしに連れ回してマウントを取りたい、と思った事は内緒だ。


そこで考えたのが、妻としてホワイト家へ来てくれそうなご令嬢だ。

伯爵家の分家にあたる男爵家には適齢期のご令嬢がいると聞いたので、小切手と援助物資を匂わせながらその旨を打診した。

そのご令嬢は首都の寺院から引き取った養女だったが、貴族籍さえあれば別に構わない。

その結果、あっさり了承された。


ご令嬢は十八歳。嘘つき娘も今十八歳だから、嘘つきが二十歳になるまでの二年間、俺は妻帯者になる!

ご令嬢も清いままなら、二年後再婚先を紹介できるだろう。


先方に伝えた契約内容はこうだ。


・見かけ上の夫婦

・子供はいらない

・社交はしない

・契約は年一回の更新、更新日は結婚記念日

・契約期間は二年間



俺は母とバツイチ娘には内緒で、一ヶ月もたたない内にご令嬢と二人だけの結婚式を挙げた。ガン見してきた契約妻の顔が初々しくて、こっちが恥ずかしくなった。

同じ年齢なのに、この娘は嘘つきとは比べようがないくらい幼い。

それに、黒いツヤツヤストレートヘアーがまるで人形のようだった。


(ヤバい、超幼な妻……手放すのが惜しいかもしれない……)


二年後に再婚相手を紹介するのはあっさり止めた。


契約妻だし幼な妻だし、しょ、初夜(!)なんて無理だよな。キ、キスくらいなら?

『子供はいらない』という契約内容をすっぽり忘れていた俺は、そんな事をしきりに妄想していた。


結婚式の後、ウエディングドレス姿の妻を屋敷の住人に紹介した。


「みんな良く聞け、ノアは今日から俺の妻だ! 伯爵夫人だ! 古い伯爵夫人と居候は、屋敷での権限を剥奪する! ハーッハーッハッ!!」


だから今後は一切俺に構うな!


「一体どこの娘なのよ!」

「テリア家だ!」

「あ、あんな潰れそうな家……」

「ひ、ヒドイ、わたしと結婚するって言ってたのに!」


いや、そんな事は言ったこともない。

母とバツイチ娘は卒倒した。


ザマミロだ!


今夜は契約妻初の晩餐会だし、夫らしくダイニングルームへエスコートしよう。

晩餐会用スーツに着替え、バラの花束を持って、契約妻のために用意した一番豪華な部屋を訪れた。

代替わりしたホワイト伯爵家夫人ということを使用人に誇示するために、敢えてこの部屋にしたのだ。


コンコン……。


返事がない。式で疲れたのかな?


その時部屋から白い光があふれた。


(な、何だ、この光は!?)


コンコン……。ガチャガチャ……。


(扉が開かない……鍵をかけられた……こ、今夜はしょ、初夜なのに……)


試しに鍵を入れてみた。

「か、鍵が回らない!? ノア、中にいるんだろう? ここを開けてくれ!」

「……」


返事がない。夫なのに締め出された。


……仕方ない、晩餐は一人で食べよう。今夜はゆっくり休んでもらおう。

「アンガス、後で夕食とホットミルクを妻の部屋へ運んでおいてくれ」

「かしこまりました、旦那様」



翌朝も契約妻の部屋の扉は開かなかった。話しかけても返事はない。

扉の前に前夜の夜食が乗ったワゴンがポツンと置かれていた。手を付けられた形跡もなかった。


「アンガス、後で妻に朝食を届けておいてくれ。それから服のカタログと、一か月分のお小遣いも」

「かしこまりました、旦那様」


契約妻のことは心配だが、部屋の扉は開かないようだから、バツイチ娘と母に絡まれることはないだろう。

それに、俺はもう妻帯者になったから、『ヴァシーと再婚するの!』という嘘つき娘の叫び声も無くなるだろう。


あぁ、結婚して本当に良かった――別の心配事が上がったが。


『扉が開かないので食事は扉の外に置きました。衣服のカタログも置いたので、気に入った物があればペンで丸を付けて下さい。封筒には一か分月のお小遣いが入っています』


扉の隙間にメモを残して国立大学へ行くと、研究チームの出張予定が張り出されていた。十日ほどの事前調査だった。


(随分急だな)


前々から興味があった発掘現場だから、数日くらいは行ってみよう。

ついでに契約妻にお土産を買ってこよう。



現場から帰った後、お土産を抱えて大学から屋敷に戻った。


(妻がいるって、何だかいいな)


すると、二階からメイドの叫び声がした。


「何があった!?」


二段抜きで二階に上がると、何と、奥様部屋の前に置かれたワゴンに、数匹のネズミがたむろしていたのだ!

皿にはカビてカチカチになったパン、腐ったスープと果物。使われなかったカタログと手を付けられていない封筒。


扉に挟んだはずのメモは廊下に落ちていた。


「アンガス、どうしたんだ、コレは!」

「だ、旦那様、申し訳ありません! すぐに片付けますので……」

「そういう問題じゃない、俺が留守の間妻を放っておいたのか!? これが伯爵家の妻の食事か!?」

「で、ですが……奥様はお部屋から出て来ませんで、召し上がりたいものも聞けず……」

「腐った食事、ワゴンを片付けない、妻の世話もしない、お前たちは何をやっているんだ!」

「で、ですが……専属メイドは必要ないと言われまして……」


そこに元伯爵夫人と居候がやって来た。

「ヴァシー! 一度も挨拶に来ない、礼儀もなっていない女など妻と言えますか、即刻離婚なさい! リリィも怯えていますのよ!」

「お、おば様……リリィ怖い……」

「それに、一番大きな部屋を与えるなんて!」

「伯爵夫人として当然だろう、お前たちはもうここへは来るな! 俺と(幼な)妻に構うな!」


フンっ、お前たちに用はない!


奥様部屋のドアを開けようとしたが、鍵を使っても蹴り飛ばしても開かなかった。


一体どうなっているんだ?


仕方ないので、梯子を使って外から二階へ上り、ガラスを割って窓を壊した。


ガシャーン、パリパリ!!

ピッカー!!


そのとたん、部屋中が光り輝いた。太陽光線よりも眩しかった。もはや目を開けるというレベルではなかった。


「旦那様、わたしの部屋へは入りませんように!」

どこから来たのか、いきなり幼な妻が現れた。

光をまとった姿が神々しかった。

――只物ではない――いや、俺の妻だった。


「それから、窓の修理は必ずわたしに立ち会わせて下さい、それまでは放っておいて下さい!」

「???」

「さぁ、ここから出て行って下さい!」


扉から追い出された。この扉は契約妻なら開くのか。


契約妻に対する謎は深まるばかり。


俺はその後、ワゴンを置きっぱなしにしていたメイドをクビにした。

その上で、『衣食はどうしている? その前に、ちゃんと生活しているのか?』というメモを扉に挟んだ。

何しろ、食事はとらない、洗濯物もない、暖炉もキャンドルも使った形跡がないのだ。

あり得ないだろう。


翌朝、『わたし、霞を食べて生きていけるので、気になさらずとも大丈夫です』というメモが扉に挟まれていた。


契約妻は妖精なのか?

このあとノアが聖女に認定されてしまいます。

そのことはノアは知りません。

訳の分からない面倒事を押し付けられたヴァシリウスはどうするのでしょうか。

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