契約妻ノアは無双する――その一
スキル持ちで契約妻のノアが無自覚無双するお話です。物理的に立て籠もった奥様部屋の外では様々な出来事が起きます。ノアはその事は知りません。
ノアのイメージは、黒髪ロン毛ストレートパーマのその辺の女子大生、ヴァシリウス(旦那様)は、グラナダホームズ『ヴァスカヴィル家の犬』に出てくるモーティマー先生です。
契約妻を打診されました。
契約内容は、
・見かけ上の夫婦
・子供はいらない
・社交はしない
・契約は年一回の更新、更新日は結婚記念日
・契約期間は二年間
以上。
どのような経緯でわたしがこんな奇妙な契約に巻き込まれることになったのでしょうか?
現在我が家(男爵家)は今年の税金が払えず、貴族籍を売らなければならないという大変厳しい状況。
なぜなら、祖父の病の治療に膨大な薬代(という詐欺)を馬鹿みたいにつぎ込んでしまったから。にも関わらず祖父は死亡、資産は目減り。
そこを広大な領地を所有するホワイト伯爵家から、札束でビンタされたというわけ。男爵家の領地は伯爵家領内に囲まれている弱小ご近所さんにあたり、あまり文句は言えないんだ。元を辿れば伯爵家の分家だし。
そういう訳で、わたしは優しい義両親に泣く泣く売られ、涙を呑んで(嘘)伯爵家へ契約妻として嫁ぐことになったのでした。
「ごめんなさい、ノア。あなたを売る形になってしまったわ。どうか伯爵家がノアを大切にしてくれますように」
養母からアメジストのペンダントを頂いた。これは亡くなった養母の娘さんが大切にしていたペンダントだった。
「大丈夫です、お義母様。時々は帰って来るようにしますね。その時はお土産を持って来ますから」
「ノア……」
わたしとしては、趣味を続けられればどうでも良かったんだ。
結婚に憧れていたわけでもないし。
旦那様?
二年間契約だから興味ありません!
※
寺院で挙げた二人だけの結婚式の時、旦那様の顔を一発拝んでやろうと思って口づけの時ガン見したら、そっぽを向かれてしまった。
何でぇ? いい年して顔くらい見せなよ、アラサー男のくせに!
ウェディングドレスのまま伯爵家の屋敷に入った途端、旦那様が高らかに宣言した。
「みんな良く聞け、ノアは今日から俺の妻だ! 伯爵夫人だ! 古い伯爵夫人と居候は屋敷での権限を剥奪する! ハーッハーッハッ!!」
うわ~、旦那様は頭がイカレた人だった、残念!
と思っていたら、姑らしき人と二十歳くらいの女がキーキーでしゃばってきて、ひと騒動起こった。しかし旦那様がシッシッと追い払った。
(な、なるほど?? 旦那様は独裁者なわけですか??)
屋敷の住人もイカレ頭だった、ますます残念!!
伯爵家の使用人さんたちはおおむねいい人たちだった。
「ようこそ奥様。こちらが奥様のお部屋でございます。用事がありましたらこの呼び鈴でお呼び下さい」
「はい、分かりました!」
『了解!』と言いそうになるのをグッとこらえる。
「旦那様はお仕事で忙しいため、奥様とお会いすることはあまりないと思います。何かありましたら執事の私がお伺いします」
「了解です!!」
あっ、言っちゃった。
そしてハネムーンもなく旦那様と離れ、奥様部屋に閉じ込められたというか、勝手に閉じ籠もったというか、正確に言えば、物理的に立て籠もった。
わたしが与えられたのは、二階の角部屋。
やったー。窓が広くて日当たり良好!
しかも!
男爵家時代よりも数倍広く、豪華なベッドやテーブル・椅子、ドレッサーなんかがある。クローゼットにはドレスや下着(既製品)も並んでいる。なんなら水道・トイレ付バスルームもある。
ここだけで完結しそうな、ザ・奥様の部屋。
オーケー、ここなら一日中籠もっても平気そう。
なぜならわたし、『オール電化』というスキル持ちなのです。
それは、わたしが転移者で、ゴニョゴニョ……。
「スキル・オール電化!」
※
この世界へ転移してきたのはもう三年前になるかな。
そのうち実家に帰れたら帰るね。できる気はしないけど。
わたしがこちらに転移して来た経緯だけど……。
大学の夏休みに近所の湖でおひとり様カフェしていたら、いきなり丸い光に包まれて、目の前に古ぼけた寺院みたいなのが現れて、美人シスターに見つかった。
『せ、聖女様!?』とか言ってたっけ。
そのすぐ後、『これからあなたの両親になるのよ』と、男爵家のご夫妻に引き取られたというわけ。
後で聞いてみると、その夫婦は最近娘を亡くして寂しかったとのこと。
引き取れそうな孤児を首都の寺院で捜していたところ、ヒラヒラリゾートワンピース姿だったわたしが、こざっぱりした少女に見えたらしい。それでわたしを養女にすることにしたのだ。
わたし、この国の人たちと容姿がだいぶ違うんですけど?
名前は本名のノア(乃彩)にした。男爵家の家名は『テリア』だから、ノア・テリア。
犬みたい、ワシワシッ。
年齢はシスターが見た目で判断した結果、十五歳ということになった。本当はわたし、二十歳です。
新しい両親からは、それはそれは愛されましたよ、溺愛ってくらいに。
可愛いドレスを何着も買ってもらったり、お誕生日会(引き取られた日にちがわたしのお誕生日)、旅行や観劇、音楽会などなど。
実の息子さん(義弟)に対してもデロデロだった。おじいちゃんも思いっきりわたしと義弟を甘やかしてくれた。
それも財政を苦しくした要因のひとつだったんだろう。
この男爵家、計画性もなく優柔不断で優しすぎるのよ。
おじいちゃんだって、病気になった時はもう八十歳だったから、そのまま大往生でも仕方なかったと思う。
でも、どうしても見捨てられなかったんだね。気持ちは分かるけどね。
男爵家のこれからが心配。義弟には冷静に一家を支えてほしい。でないと、ホワイト伯爵家に飲み込まれる未来しか見えない。
陰ながらわたしも協力するから。
※
男爵家時代、夜中にトイレへ行きたくなった時暗くて怖いので、電気があったらいいな~と、常日頃思っていた。
いっそのことオール電化屋敷にしたいな~、と。
そんなある日。
『オール電化』とつぶやいた。
すると。
眩い光と共に、電化製品がわたしの部屋にわんさか出現した。
LEDシャンデリア。
IHクッキングヒーター。
エアコン。
給湯器。
自動洗浄トイレ。
やった、これ『スキル』じゃんっ!!
「ノア、あなたのお部屋が眩しすぎるの。天井のシャンデリアはどうしたの? とても素敵だけど、いつの間に変えたの?」
「こっちの方が明るいから。他のお部屋も変えるね。何もしなくても光るから放っておいて。明るさはぶら下がっている紐で調節してね」
「そ、そう? ありがとう」
「あと、お湯が出る水道も作るね。何もしなくてもお湯が出るから、放っておいて」
「ふ~ん、便利なものがあるのね」
養母も養父も義弟も優しいだけのポンコツだから、何の疑問も持たずにオール電化を受け入れた。
光らなくなったりお湯が出なくなったら連絡してと忠告してある。
これなら燃料代がかからないし、小さな領地の収入しかない男爵家を立て直すことができるかな?
まさか、電力会社から請求書なんて来ないよね?
使えなくなってゴミになったらどうしよう?
おまけに、数々の電化製品も呼び出して設置できることが分かった。
超便利だけど不思議。
電源もコードもないのにね。
実はわたしにはもう一つスキルがあって、『オール電化最大!』と唱えると、身体中が光ってポンッと別の場所へ移転――瞬間移動するのだ。
最初この世界へ転移して来た時のように。
「な、なるほど??」
何がどうなっているか分からないけれど、能力はさらに進化して、移転先を指定できるようになった。
「SFドラマで見た『転送』じゃん、これ!」
※
そしてわたしの趣味の話だけど。
ズバリ『魔女の店』経営なのです!
売っているのは香水やコロン、部屋用のアロマグッズ、ハーブティーなどなど。
材料は男爵家領内の農家さんに頼んで栽培してもらっている。
主に草花だね。
店舗はここから少し離れた首都にあるんだ。場所をとらない小さくて可愛らしいお店。
従業員さんも三人いるよ。
商品はみんなでチマチマ手作りしている。
ただ、オール電化とお店の売上だけでは、とてもじゃないけど男爵家は救えなかったのよ。おじいちゃんが亡くなった年の税金が払えなかった。そのくらい酷い薬代詐欺にかかってしまったわけ。
だけどおじいちゃん、心配しないで。何とかするから。
わたしが契約妻にさえなれば、男爵家は伯爵様の経済力で税金を払えるのよ。
契約妻の期限は二年間だから、その間はちゃんと契約を守るし。