【9】不穏な気配
――――あの日シェリルはもう一泊王宮に泊まっていき、翌朝はたいぶ顔色が良くなったようだ。この調子でなんとか持ち直してほしいが。因みに王妃さまは有名なオメガの治療士がたまたま王宮に来ているからとアルファの公爵夫人の反対を押しきったとか。
「しかしどうにも気になるな」
シェリルの不調、秘薬をバレないようにハリカに指示した公爵夫人。そして何より不思議なのは、何故公爵夫妻は婚約解消を切り出さない。
「貴族の矜持……?そんなばかな」
たとえ貴族であっても子を思えばそう動いてもおかしくはないのに。
もしくはそれをも呑み込んで王子妃の座を維持したいか。特に当代の王妃はホーリーベルとは別の公爵家。彼らに焦りがないわけでもない。
「ロシェ」
方々へお使いをこなしていれば、俺を呼ぶ声がする。
「アーサー殿下。どうなさいました?」
俺はあくまでも近衛騎士。そう接するのみだ。
「シェリルのことを聞いた」
「なら見舞いくらいは行ったんだろうな」
「行った……側近にも今度の王宮のパーティー用の衣装を持っていくように言われたから」
自ら行動できればわけないが、まだまだコイツはやり直し中。ちゃんと行ったことは褒めてやる。
「だがいくら社交シーズンだからと言って、シェリルを出席させて平気か?」
「もちろん無理はするなと言ってある。だが公爵夫人は私の婚約者としての役目を果たさせたいようだ」
アーサーもアーサーで言い返せない罪悪感がある。
「何か異常があればすぐに医務室へ。お前が言い出せないのなら俺や王妃さまでもいい。コンラートさんでもいい。お前ひとりで抱え込むな」
もう既に抱え込めるキャパを越えている案件なんだ。
「ありがとう……ロシェ。ロシェはいつも、俺に力を貸してくれる」
「それは俺が近衛騎士であり、王族を守ることが義務だからだ」
そう言うとアーサーはどこか寂しげな表情を浮かべる。全く……お前らは婚約者揃ってどこか似ているな。
※※※
――――王宮は慌ただしく動く。
シェリルの体調も心配だが、既に手配された社交行事を全てキャンセルするわけにもいかない。今夜も開かれる王宮のパーティーのために、俺は控え室を訪れる。
俺もリュカさまの供としてエレナさんと共にやって来た。しっかしパーティーね。近衛騎士で
良かったと思えるのは貴族令息だからって着飾ってお貴族よろしくしなくていいからである。
「リュカさま、こちらへ」
「うんっ!」
相変わらず天使の笑み。
「首もとのチョーカーも……バッチリですね」
「大丈夫だよ。ぼくはまだ発情期は来ないけど、付けるのがマナーだもんね!」
「ええ。オメガの大切な項を守るためです」
オメガは項を噛まれることでアルファと番になる。
「そしてチョーカーを付けることで項をむやみに噛まれることを是としないとアルファに意思表示する目的があります」
何事にも意思表示は大切だ。しないで隠すよりは堂々と晒した方が志を同じくするオメガやオメガを大切に思ってくれるひとたちが賛同してくれる。
「そのためにはチョーカーに慣れることも大切です」
リュカさまはまだまだ子どもだからそれほどがっちりとしたチョーカーではない。俺のは項を守る用の強化がかけてあるがそれは俺が発情期を迎えたオメガだからだ。
「うん、でもやっぱりロシェのとは結構違うね」
「リュカさまも15歳を迎えるとこのチョーカーになりますよ。来たる発情期に備えてみな準備するのです」
「えへへ、楽しみ!」
楽しみ……か。みな発情期を迎える時期を不安に思うのに、リュカさまは俺と同じチョーカーになるのを楽しみにしてくれている。
「でも調子が悪くなったらすぐに教えてくださいね。パーティー会場の側に南医務室がありますから」
「分かった。でも今はとっても元気だよ!」
わーん、やっぱりかわよっ。
そんな様子に癒されながらリュカさまの髪を仕上げにとかしていれば。
「さて、そろそろ参りましょう」
エレナさんが入場の順番が来たことを知らせに来てくれる。
――――しかしその時だった。
「ロシェはいるか?」
同じく第3王子付きの近衛騎士が飛び込んできた。
「どうした?」
何か事件だろうか。
「至急王宮の南医務室に向かってくれ」
ここのパーティー会場からも近いところだな。もしパーティーで体調不良者や要救護人が出た際に対応する場である。
「怪我人が出たわけじゃないが、お前に頼みたいことがあるらしくてな」
俺に……?うーん、医務室からの応援要請。
何だか気になるが……。
「こちらは私に任せてくれ」
「では頼みました、エレナさん」
リュカさまにはエレナさんたちほかの騎士たちが付き添ってくれる。
「ロシェ」
不安げなリュカさま。
「大丈夫ですよ。怪我人ではないそうなので、警備面の相談か何かでしょう」
オメガの近衛騎士なんて俺くらいだ。そうではなくては分からない何かなのかもしれない。
あとはもうひとつ……そちらではないといいが。
リュカさまに手を振って別れ、俺は南医務室に急いだ。
※※※
南医務室に到着すれば見知った顔を見付ける。
「シャロンじゃん。今日は当番か?」
「あ、ロシェ!やっと来てくれた!そうそう、今日は運悪く当番」
運悪くって……まぁパーティー会場には多くの出席客がいるから、何かと忙しくなるんだよなぁ。
「んで?何で俺指名なんだ?」
「実は困ったことになっていて……」
うん……?
「オメガ用の抑制剤の在庫がないんだ」
「え……っ、またか!?」
出席客の中にはアルファと番ったオメガの夫人もいるし、次代アルファの生まれる確率を少しでも上げるために王族のオメガも多い。
それは重大な問題だな。
「この前のこともあったからあらかじめ発注しておいたはずが別の品になっていて……急いで別の医務室に取りに右往左往しているけど、何故かいつの間にか在庫が枯渇していたり、別のものになっていたり……このままじゃ何かあった時に対応できない」
確かに先輩治療士たちが忙しそうに行き来している。本来ならばパーティーが始まったばかりなら落ち着いていてもおかしくはないのに。
「だからロシェのところにないかと」
それは第3王子宮と言うことではない。
「分かった。シャロンも運ぶの手伝ってくれ」
そこら辺にいる近衛騎士でもいいが、必要なものを選別してもらう必要もある。
「ああ、助かる」
やっぱりもうひとつの方かよ。一体何が起こっている……?