【8】予期せぬ出会い
――――気まずい。俺は決して悪いことはしていないのだが。くぅ……相変わらず侍女が警戒してやがる。
「歩けますか?」
シャロンがシェリルを優しく誘導する。シェリルはゆっくりと歩こうとするが、途端によろけた。
「シェリルさま!」
あぁ、言わんこっちゃない!即座にシェリルの身体を支えるべく腕を差し出せば、侍女が慌てて主権を奪おうとする。ま、それはシェリルを守るためだと痛いほどに伝わってくるのでお兄さんも胸が痛いんですよ。ほんとね。
「いいから。俺がベッドに運ぶ」
「ですがっ」
「アンタにシェリルを持ち上げられるか?」
華奢なオメガとはいえ、女手ではなかなか難しい。女性騎士は鍛えているから別だが。
「俺もさすがにそこまでの筋力はないかなぁ。一応非力なオメガ仲間だもん」
とシャロン。全く現場では鬼のようにこき使うくせにこう言う時だけ非力ぶりやがるんだから。
「だから、貸しな。アンタは充分侍女の鏡だ」
「うう……」
自分ひとりではできない事実を受け入れた彼女はゆっくりとシェリルの身体から腕を離す。
そしてシェリルを軽々と抱き抱える。
「……何で」
すると青い顔をしながらもシェリルが驚いたように俺を見上げる。
「俺は誰に何と言われようが思われようが騎士だ。それだけだろ」
「……っ」
何か物言いたげなシェリルを優しく簡易ベッドの上に下ろせば少し楽になったようだ。
「簡単に事情を聞かせてください。俺はここの治療士のシャロンです。患者は聖者のシェリルさまですね。まずあなたは?」
「ええと、私はシェリルさまの侍女のハリカです」
「ハリカさん、シェリルさまの病状に心当たりは?」
「最近お加減が悪かったので……昨日も公務後に体調を崩されて大事をとって王妃さまのご厚意で王宮に泊まらせていただいたんです」
それで王族の住まいの多いこの地区にいたんだな。シェリルはアーサーの婚約者。現在は王族に準ずる立場である。王妃さまが厚意で泊めるのも悪いことじゃない。むしろアーサーが手配すべきと言うだけで。
「けれど病状は良くなるどころか悪化していて……常備薬も飲んだのですが……」
「常備薬ってのは?」
「ホーリーベル公爵家に伝わる由緒正しいものです。オメガの不調に効くと言われています」
「由緒正しい……?なぁ親友、あり得る?」
シャロンが俺を振り返る。
「それは調べてみないと分からないが、王族に準ずる立場の公爵令息が服用する薬なら宮医が知らんのはおかしい」
「そうかも!泊まるならなおさらこちらに連携があるはず……。ハリカさん、その薬は医務室に届け出ていますか?」
「……いえ、その、ホーリーベル家の秘薬なのでその必要はないと、奥さまから……」
公爵夫人が王宮のルールも知らんとは思えんが。
「その、やはり奥さまから言われていてもいけなかったでしょうか……」
ハリカは少なくとも悪事を働くつもりは微塵もない。むしろシェリルのためと信じ行動している。
「薬ってのは副作用があるものだ。特に王族やそれに準ずる婚約者なんかはそれを加味して食事も作る。いわゆる飲み合わせ食べ合わせを重視する」
王宮だから豪勢なものをとか言う訳じゃない。リュカさまだってお薬に合わせてメニューを変えているのだ。そこには治療士たちによる飲み合わせや食べ合わせのチェックも入る。
「それで何か副作用を?」
「可能性はある。まずは薬を」
「あなたに……」
ハリカは戸惑っている。
「ハリカさん、悔しいけどオメガの薬関係はロシェの方が詳しいよ。だてにオメガはしてないからさぁ」
「お前もだろ。ま、俺が信用できないならシャロンを働かせるが」
「うえぇ~~」
うえぇ~~言うな、治療士め。
「……ベータの私にはオメガの苦しみが分かりません。どんなにシェリルさまのことを想っても……」
そう言うとハリカは俺にそっと薬の入ったケースを手渡してくる。
「そんなことはない」
「……けれど」
「他の二次性の苦しみを分かれとは言わない。大切なのはシェリルが苦しんでいる時にアンタが側にいてやることだ。違うか?」
「……あなたはお噂とは随分と違う」
「どんな噂かは分からんが……自分の目で見たこと以上に正確なことはない」
この薬だってな……。手のひらで転がしつつ探知魔法をかける。ふむ……。
えいっ、ぱくっ。
「ちょ……っ、何を!?」
「あー……無駄です。このひとすぐ自分の身体で治験やり始めるので」
「だ……大丈夫なんですか?」
シャロンの言葉にハリカもあたふたしている。
「んー……これが不調を……?」
毒探知には引っ掛からなかった。けれど……これがオメガのための秘薬と言うのならどこでどうやったらこんなものが秘薬として伝わるんだ。
「念のため、昨日の朝からのメニューを教えてくれ。誰とどこで取ったのも含めて」
「もちろんです!」
ハリカが書いてくれたメニューを確認する。
因みに夕食は王妃さまと、朝食は客室で取ったんだな。
「ひとつ確認するが昨日の夜も飲んだのか」
「ええ」
「なら夜はどうだった」
「夜は少し顔色が良くなられて……けど朝はまた……」
「そうか……むしろ食べ合わせは逆に作用したんだ」
「どう言うことです?」
「夕食にはハーブが加えられた肉料理が出た。これは王妃さまが愛用している調味料を使っているはずなんだ」
調合したのは俺で、レシピを料理長が再現したものだ。
「それは正真正銘、オメガの体調管理にも一役買う。王妃さまなりの気遣いだな。そして朝食はあっさりめのサラダ中心だったからその調味料は使われていないはずだ。つまりこの調味料が薬の影響を相殺し、朝は取ってなかったから薬の影響が出た」
「それは……つまり」
ハリカが青い顔になる。
「公爵家……お父さまとお母さまが関わっていると?」
シェリルが重い身体を起こしながら俺を見る。
「分からない。これがどう公爵家に伝わったかを調べてからでも遅くはないが誰が関わっているか分からない以上は他言無用、ハリカは何としてもシェリルの側に控えられるよう行動するんだ」
「も、もちろんです!」
「それから薬はすり替える。無害なビタミン剤だ。シャロン」
「それなら在庫あったはず!持ってくるよ」
シャロンがパタパタと駆けていく。
「……何故、あなたはそこまで」
「性分なんだ、気にするな。それからお前は中和剤をとらないと……」
とは言え材料がない。
「お前調味料持ってる?」
「ん?ふりかけにしてるからあるけど」
ビタミン剤を持ってきたシャロンがポケットから出した調味料の袋。普通は公爵令息に飲ませるもんじゃないか……。
それをお湯でよくとかし、シェリルに差し出す。
「飲みづらいと思うが、飲めるだけ飲んでおけ」
「……はい」
シェリルは意を決したように口につける。少し咳き込んだがその後白湯を飲ませて横にならせる。
「今夜は念のため泊まれ。こんな状態じゃぁ帰せないからな。言い訳は王妃さまに何とかしてもらおう」
「か、感謝します」
ハリカの感謝と何とも言えないシェリルの表情を見つつ、ちょうど帰ってきた治療士たちがシェリルの顔を見て度肝を抜いていた。




