【5】竜の血の代償
――――今日の第3王子宮は慌ただしく動きつつも、少しずつ平穏を取り戻しつつある。
「お加減はいかがですか?リュカさま」
頬を赤く染めながらも、掛け布団からひょこっと顔を出すリュカさまを優しく撫でる。
「おくすり、にがいの飲めたから、だいぶ良くなったの」
「偉いですね」
侍女たち特製の薬草汁。苦いらしいが栄養満点滋養強壮に最強だとか何とか。
「あのね、ロシェ」
「はい」
「アーサー兄さまはすごいの。強くて、竜の血も濃くて……でも丈夫で」
リュカさまが何を言いたいのかは分かる。竜の血は筋力や魔力を強化する。しかしながら反対にそれによって身体に負担がかかることもある。
リュカさまの場合はまさにそうだった。
「その昔、王妃さまも身体が弱かったと聞いています」
竜の王に嫁いだ王妃さまはホーリーベルとは別の公爵家から嫁いだ。
「けど、成長と共に丈夫になり、3人の御子に恵まれました」
「うん。兄さまたちと、ぼく」
「だから大丈夫。リュカさまも成長するにつれて元気になります」
「母さまみたいにお嫁にも行ける?」
「もちろんですよ」
本当は嫁になど出したくないが……しかしそれがオメガの王子としての務めである。だからせめてその時まで……。
「将来はきっとすてきな番が見付かります」
「うんっ!」
「さ、まだ熱が残っているようですからもう少し寝ましょうか」
「……」
リュカさまが布団の中から手を出して俺の服を掴んでくる。
「ロシェ、側にいて」
「もちろんです」
そう頷けば、リュカさまが幸せそうに微笑みやがてすうすうと寝息をたて始める。
「身体が弱いのは竜の血のせいだけじゃないんだが……」
リュカさまは多くの存在に愛されている。だからこそ。
だがここでは相変わらず穏やかな時間が流れていく。リュカさまがベッド脇に置いていた本を取ればそこには物語の本がある。勉強の合間に読んでいるらしい。今生の俺は剣ばかりであまり読んでいない。前世の俺はよくラノベをたしなんでいたから懐かしいな。
ふと、エレナさんが様子を見に来たようだ。
「エレナさん?一応俺はここにいた方がいいと思うんですが」
リュカさまと約束したもんな。
「だと思ってね。お通ししてもいい?第2王子殿下」
また来たのか!?まさかここに来れば俺に会えることを見越してやって来てるんじゃないよな!?
「俺目当てなら総出で叩き出して」
「うん。そうしようと思ったけど」
やっぱり思ってたんかい。さすがは同志たち。
「今回はリュカさまのお見舞い」
ほう……?それは感心だな。あの冷血仏頂面め。リュカさまの可愛さに弟への愛を目覚めさせたか?それは素晴らしいことだ。
「なら安心かも」
「んじゃぁ連れてくるね」
暫くするとエレナさんがアーサーを連れてきた。その腕にはメロンが抱えられている。
「リュカが熱を出したと聞いて……これを」
アーサーがメロンを差し出してくる。
「俺も昔は熱を出した」
「……お前も?」
意外だな。
「この竜の血は子どもには堪える。ものも喉を通らないし、頭がぼうっとする。けれど母上がメロンを持ってきてくれて……食べれた。熱で火照った身体にしみわたるように、旨かった」
だからアーサーはリュカさまが熱を出したと聞きメロンを持ってきたのだ。
「いいところ、あるじゃん」
「褒めて……くれるのか?」
「何だ、その意外そうな顔は。俺だってよくやった時くらいは褒める」
「なら頭をなでてくれるのか?」
「へぁっ!?」
ちょっと変な声が出たぞ。
「リュカにはよくやっている」
「それは……」
リュカがまだ子どもだからで。
「分かったよ」
しょうがないやつめ。まさかこんな甘えっ子だったなんて。メロンを持ってきたことは褒めてやる。
ぽふぽふと頭をなでてやれば、仏頂面王子が嬉しそうに微笑む。お前……ちゃんと笑えんじゃん。
メロンはリュカが目を覚ましたときのために侍女たちが冷やしておいてくれるようだ。
リュカが目を覚ますまで、再び2人の時間だ。
「お前……婚約者がこうして熱を出した時もちゃんと見舞いに行ったのか?」
いくら治癒魔法に優れた聖者さまだって病気になることもある。怪我は治癒魔法で治せても病気は薬を処方しなければならないからだ。
「俺はあれを愛せない。だから行く必要はない」
「愛せないから行かないって理由にはならないだろ?見舞いってのは早く良くなって欲しいから行くもんだ。病気で弱ってる時は誰かにすがりたい、側にいて欲しい。誰もがそう願う」
リュカさまが俺に側にいて欲しいと願うように。
「シェリルは……俺に側にいて欲しいと思うのか」
「それは彼次第だろ。でも、行きもしないで論じるのはナンセンスだろ?」
「……」
「愛せなくとも何でも、やりもしない臆病者は嫌いだ」
「……ロシェに嫌われたくない」
急にしゅんとしてしまったな。
「ならやってみろ。やれることを。お前が頑張りたいと言うなら、俺は出来る限りのことをしてやる」
騎士として、年上として。
「そうしたら、またなでてくれるか?」
「よくできたらな」
そう告げればアーサーは少し考え込んでいるようだった。やがて目を覚ましたリュカさまはアーサーの姿に驚いているようだったが、侍女が切り分けてくれたお見舞いのメロンを美味しそうに頬張る。そうすればアーサーも少しだけ……優しく笑んだ気がした。