【4】公爵令息と男爵令息
――――誰もがオメガ離れした美人だと告げる。平凡なハズレ顔の俺としてはオメガ離れやらオメガらしくないと言われることはあまり好きではないが。
しかし相手は公爵令息で俺は単なる近衛騎士。失礼にならぬよう騎士の礼を返す。
「……ロシェ・グレイス」
憎しみを絞り出すように聞こえた公爵令息の声。周囲に緊張の糸が張り巡らされるのが分かった。
「はい」
相手は王子の婚約者。
時には近衛騎士も警護に加わるのだから失礼なことはできまい。
「しがない男爵令息で、しかも近衛騎士の分際でまたアーサーさまを誘惑したそうですね」
いや……誘惑ってか脅迫しましたが。しかし公爵令息とは天と地の差がある。公爵家ではあれを誘惑と言うのか?そんなわけはない。
「辺境伯の後見さえなければっ」
公爵令息さまが苦虫を噛み潰したように告げる。
公爵家に目を付けられても何とかやってこられたのはうちが辺境伯領のすぐ近くを治め辺境伯の覚えもいいからだ。アーサーとの運命の番騒動はアーサーが言い出したこと、俺は望んでいないと言うことを辺境伯が信じ公爵家の圧力から守ってくれたのだ。
「私は認めない。アーサーさまの婚約者は私です」
認めないでください。俺も嫌ですよ。
これはアーサーが俺と一緒に破滅するか、公爵令息さまが新たな婚約者と幸せになるかと言うテンプレ王道。しかしながらアーサーが破滅すればうちの可愛いリュカさまが悲しむし俺も家族を守りたい。世話になった辺境伯にも迷惑をかけたくない。
「努々お忘れなきよう」
アーサーの方が忘れて欲しいのだが……そうもいくまい。俺もアーサーに諦めさせるために必死なんだ。
公爵令息さまが取り巻きや公爵家の騎士たちとその場を後にする。
ふぅ……やっと行ったか。城で仕事をすると言うことは王子妃教育を受けるシェリル・ホーリーベルとも自ずと顔を合わせる。分かっていたことだ。しかしだからと言って顔を背けて辺境伯の影に隠れているなど俺には無理だと思ったからな。
彼と戦うつもりはない。そもそもオメガ同士戦うだなんてナンセンスだ。希少種で時には他者から発情期やアルファの男との子を成す特性で白い目で見られる。なのに同族同士で憎しみあってどうする?
「とにかく今は打ち合わせか」
打ち合わせに行くなり近衛騎士団長に第3王子宮にアーサーが来たことを確認された。ま、城の秩序と安全を守る以上は些細な争いや事件も逃せないのだろうが。
「だが王族に中指を立てるのはやめなさい」
「……すんませんっした」
絶対チクッたのはコンラートさんだとアタリを付ける。
さてと……久々にギスギスした状況に居合わせてしまったし俺はお使いを済ませて俺のマイエンジェルのところへさっさと向かおうとしたのに。
「ロシェ」
「何か」
アーサーに見付かったのである。
「シェリル・ホーリーベルと遭遇したそうだな。あれがお前にキツい言い回しをしたと」
「それが何か。シェリル・ホーリーベル公爵令息さまも公爵令息なのです。男爵令息にナメられるような態度は取れぬでしょう」
「だがロシェは俺の……」
開きかけたアーサーの言葉を遮るように言葉を重ねる。本来は王族に対して不敬だが、その先の言葉の方が不敬だ。
「あなたの婚約者は公爵令息の方でしょう。なのに名前すらまともに呼ばないとは、あなたは王族としての義務を何だとお思いで?」
「……それは」
「婚約者なら、婚約者として相応しい言動を心がけるべきです。将来あなたの伴侶となるのは公爵令息さまでしょう」
「だが、ダメなんだ。俺にアイツの項は噛めない。竜のアルファとしての本能が受け付けない」
一度アルファに項を噛まれたオメガが番のアルファしか受け付けられなくなるように……か。
アーサーも竜の本能に苦しんでいる。分かっている。知っている。だからこそこの政略結婚が本人たちにとって本当に正しいことなのか自信がなくなってくるな。