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【32】デゼルトの王太子



――――建国祭を前に遂に各国の使節団が到着する。その中には当然デゼルトの使節団もいる。

俺は今朝リュカさまから『ユラお義兄さまのことお願いね』と可愛く頼まれ悶絶しながらユラさまの側に控えている。


「ようこそドラッヘンへ。歓迎いたします」

うちの王太子に続いてユラさまも各国の使節団代表に挨拶をこなしていく。


「体調は平気ですか?」

「ええ、ロシェ」

時折ユラさまに無理のないように気遣っていればふと王太子の視線を捉える。


「……仲が良さそうだな」

「ええ。オメガ同士ですからね」

何だろうか?一応アーサーの兄ちゃんこと王太子は真面目で国民にも人気の爽やかさがモットーなんだが。


「……あーんとかも、したのだろう」

「受けちゃん同士の楽しい戯れですよ」

「……私はまだだ」

兄弟って似るのだろうか。何故か同じところで悔しがっている。


「やればいいのでは?」

「ここ最近は会食やら晩餐でひと目がある」

真面目だからな、うちの王太子。


「この前アーサーがうちのリュカさまにやってもらってましたよ」

「……」


「リュカさまったら、お可愛らしくて、私もあーんしあっこを……」

「リュカにまで先を越されたか」

がくんと項垂れる王太子。王太子側の護衛隊長グレイさんから般若の笑みをもらう。やべ……弄りすぎたかも。


「建国祭が終わったらたまには2人っきりで晩餐の時間を取られては?」

「……それもいいかもしれない」

ついでに王妃さまにも根回ししておこう。この真面目王太子に2人の晩餐の日に会食をいれないでくれと。これで完璧だろ!

グレイさんを見ればむんずと頷く。ハァーハァー……あとで小突かれずに済むぅっ。近衛騎士って大変なんだよなぁ、うん。こゆとこが特に。


暫くすればアーサーも交代でやって来る。アーサーは兄の護衛をしつつも応対を見つつ勉強もしているようだな。


「王太子殿下、次はデゼルトの使節団が参ります」

グレイさんが告げる。いよいよか。確か王太子と第2王子が来るんだったか。

普通なかなかツートップでは来ないんだがあちらは王子が多いからゆえだろうか。


「ユラ、何かあればすぐに報せるように」

「は……はい。アトラスさま」

ユラさまは不安そうにしながらも王太子の名を呼ぶ。


何もなければいいが……。しかしその時先導する外交庁官吏の青年を見てハッとする。グレイさんも気が付いたようだ。


――――これは、黒。


そしてデゼルトの使節団が通される。先頭にいるのが王太子アスマ。土色の髪に既視感のある焔の瞳。浅黒い肌。布面積の少ない服に金銀装飾品が多いな。


その側を歩くのが第2王子ヤタであってるな。藍色の髪に右はユラさまよりも少し濃い……青に近い瞳、左の赤い瞳。そして浅黒い肌。第2王子はユラさまとの血縁を感じさせる。2人ともアルファである。

しかしアルファの普通のフェロモンとは違う何かを感じる。


それに続く顔に該当の者はいないが……変装してきたからこそ『彼』が先導したのだ。

そして

王太子の前で挨拶する素振りを見せずアスマが口を開く。


「出迎えご苦労、ドラッヘンの王太子よ」

そうアスマが告げた途端、臣下たちは全員『はあぁぁぁっ!?』となっただろう。お前俺たちの王太子より態度上のつもりかよと!思わずヤタまで驚いてるぞ。


「今回は我が国の建国祭にお越しいただきありがとうございます。滞在先の離宮は少し離れたところにありますので早めにご移動なさってください」

しかしさすがはうちの王太子。ものともせず言い返した。さすがはグレイさん仕込みの作り笑顔。お前らは外様にしてやったんだから早く行けと言わんばかりの笑みである。

しかし……何だ。これは薬品……香草の匂いか。やはり知らないものだが、似ている。カヤハンの愛用する南国の香と故郷を同じくするものだ。


「もっと近い離宮はないのか。こちらは招待を受けて来ているのだぞ。それに私は貴殿の妃の兄である」

「招待国同士のバランスを調整した上での采配です」

「他の国などどうだっていい。我らはユラの兄だ。こちらに嫁いでしまった弟の顔を少しでも見たいと言う兄心が分からんか?なあ、ユラ」

「……っ」

ユラさまがびくんと身体を震わせる。王太子も弟思いだから分からんでもないが弟にそんな表情をさせることはない。……カヤハンだって……同じだろ。


「ユ……」

さらに近付こうとするアスマとユラさまの間にスッと割り込む。

またこの匂いか。何なんだ。


「何だ貴様は」

「護衛騎士です」

「私はユラの兄だぞ」

「我が国の王太子妃殿下ですので」

アスマから見えない位置で後ろにサインを送る。後ろではエリックたちがユラさまを下がらせていく。


「不敬だぞ!ユラ、おいユラをどこにっ」

「デゼルトの王太子殿」

うちの王太子が前に出る。ほうら見たことか。もう敬称すら『殿下』じゃないぞ。


「我が妃は長時間の務めで体調を崩したようなので下がらせました」

「何だと?やはりオメガは使えない。アルファの正妃であれば我が国から相応のものを派遣いたしましょう」

はあ……まだ懲りてなかったのか。慇懃無礼な侍女を寄越すばかりか、今度はアルファの正妃だと?ユラさまを下がらせておいて良かった。


「我が国で誰を正妃にするかは我が国が決めること。それはデゼルトからの過干渉と見なしますがよろしいですか?」

「うちはそなたの国に妃を出しているのだぞ!」

「だから何だと?」

王太子の纏う雰囲気がガラリと変わる。


「不満があるのであれば帰国の用意をさせましょう。その代わり今後一切貴国に支援はいたしません」

砂漠の国では水も食料も貴重だ。さらには魔物も狂暴。文句があるならアーサーも派遣しませんよと言うことである。国としての力関係はこう言うことだ。


「……このっ、行くぞ」

帰るの?帰るんならこの場で俺が小躍りしてもいいが……どうやら大人しく離宮に向かうらしい。


「ロシェ、ユラを頼む。こちらは私とアーサーで繋ごう」

王子が2人もいれば安心だろうしな。アーサーが護衛に紛れているのはこう言う時にも便利だな。


「承知いたしました。王太子さま」


「……ロシェ」

去り際にアーサーが俺を呼ぶ。


「お任せを、アーサー殿下」

だからお前はこちらをしっかりこなせと目配せする。


「……っ。分かりました」

全く……すぐ地が出そうになるがキリッと表情を整えたので今のは及第点か。



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