【3】王子の番など断固拒否する
俺の普段の職場第3王子宮のエントランスにはやはりいたか。御年17歳に成長した第2王子アーサーだ。
「会いたかった、俺の番。ロシェ」
遠征から帰還し開口一番に言い放つ言葉がそれかよ。今第2王子付きの近衛騎士たちの空気が凍り付く。そのさまに普段はリュカさまのほんわかオーラに和んでいる第3王子陣営も微妙な空気を醸し出す。
「お帰りなさいませ、第2王子殿下」
「アーサーでいい。ロシェは俺の番だ」
「婚約者のい身で何を仰いますか」
「俺は竜の血が濃い。だから運命であるロシェにしか欲情しない」
番ってないオメガと言うのは発情期に周囲のアルファを誘惑する。しかしながらアーサーの場合上位種である竜の血が濃すぎて俺のフェロモンにしか反応しないと言う何とも面倒な特性を帯びていた。ほんと……回避不能フラグじゃねぇかっ!俺は乗らねぇけどな!?
「欲情するから番うのではありません。政略結婚です。我慢なさい」
「我が儘を通せる実績は残している」
この武勲誉れ高いアルファは魔物討伐などで多大な功績を残している。国の誇り、英雄。
なのにこうして俺の破滅フラグをミシミシとぐりぐりと植え付けようと迫ってくる。
「だから遠征から帰ってきた時くらい……お前の色香に身を委ねてこの身を休めたい」
それは俺が世間を知らない夢見がちな男爵令息であったのなら騙されてしまいそうな甘い囁きだ。しかし……。
「アーサー殿下」
「アーサーでいい、ロシェ」
「ここは第3王子宮。ここの主はあなたさまの弟御」
「俺はロシェに癒されに来た」
「そうですか。では俺の第一の癒しは何だとお思いでしょうか」
「……俺のアルファのフェロモンではないのか?」
「……」
ちっげえええぇよっ!
にこりと満面の笑みをアーサーに向けた俺は迷わずアーサーの襟を掴んで引き寄せた。あぁ、何て素晴らしいロマンティックな構図……なわけ行くかあぁぁっ!
俺はくわっと目を見開いた。
「俺の第一の癒しであるリュカさまがおめぇが来たってぇから、うきうきしながら茶の準備をしてんだぞ。なのに弟サービスもしねぇってんなら……一生口利かねぇ」
王子相手に中指を立てる、俺。俺は愛する主のためならば中指だって立てる。
「わ……分かった」
「分かればいい」
ガックリと項垂れるアーサー。
後ろでは幼い頃からアーサーに付き添っていた近衛騎士のコンラートさんがお見事だと拍手をくれる。あのひとはあのひとでただのドSだからそっとしておこう。因みにこの人は先程のアーサーの言葉に凍り付いてない。
「我らが敬愛するリュカさまの元に案内する」
そう告げれば同志の同僚たちも満面の笑みで騎士の礼を向けアーサーを歓迎する。
「だが、アーサー殿下」
「……な、何だ。ロシェ」
「リュカさまの前でその沈んだ表情のままだったら……お前……分かってるな」
「……っ」
お、アーサーの顔がいつもの王子殿下の顔に戻った。できればもう少し柔らかくならないかとも思うのだが、満面の笑みのアーサーなど想像できないから大目に見てやろう。
リュカさまがお茶の準備を整え、アーサーを出迎える。
「あ、あの、アーサー兄さま。遠征、お疲れさまでした!」
そう言って可愛らしく労うリュカさまが……尊いっ。ひぐっ。
「その、お茶菓子を用意したので、た、楽しんでくだひゃ……さい!」
噛んだ。噛んだところも超可愛い。
「……分かった」
アーサーは静かに頷き席に着けば、リュカさまが先程の侍女たちに習ったのであろうお菓子の説明をしてくれる。早速お勉強とは、なんて偉いんだこの子は。
「アーサー兄さまは、お菓子、好きですか?」
「……それは」
アーサーがいい淀むように口を開きかける。おい、お前……まさかリュカさまの前で好きじゃないとか言うつもりじゃないよなぁ?リュカさまの後ろでアーサーに般若の形相を向ける。
「甘味は好きだ。遠征でも気晴らしになる」
「……!良かったぁっ!」
そうかそうか、アーサー、お前も分かってるじゃないか。その日はリュカさまがとにかく可愛らしくて、アーサーを見送るまでそしてそれ以降もずっと可愛かった。
「ではリュカさま、俺はお使いに行って参りますので。エレナさんの言うことを良く聞いていいこで待っていてくださいね」
「うん!ロシェ!」
あぁ、可愛い。離れるのがしんどいほどだ。しかし近衛騎士の打ち合わせやら書類の配達やらやることも山積みだからな。宮をエレナさんに任せ俺は宮廷へと足を向ける。
その最中周囲が騒がしくなる。何だ……?
「ねぇ、あれって……」
「聖者さまよね」
「噂通り美人だわ」
周囲の囁きが大きくなる。
そう……その方はシェリル・ホーリーベル公爵令息。王族の血を引くことを表す黒の竜角に赤紫の髪に瞳孔が縦長のグリーンの瞳のオメガの青年でアーサーの婚約者だ。