【20】聖者の夢
――――俺はアーサーと共に王宮へ向かった。既に離宮を後にしていたシェリルはハリカや王妃さまとともに王妃さまの宮に揃っていた。
「すっかり良くなったようだ、シェリル」
「はい、ロシェのお陰……あ、アーサー殿下も」
おいおい、アーサーが取って付けられてるぞ。アーサーを見やれば。
「今回の一件で分かりました。ロシェ……あなたは」
もごもごと口を噤む。
「ロシェが罪作りってことね」
と王妃さまが言えばハリカとシェリルが苦笑する。いやいや俺は清く正しい近衛騎士ですが!?
「さて……それで、本題に入るわね。ロシェも座りなさい」
「はい、王妃さま」
本来ならば立って控えているべき近衛騎士だが、王妃さまが勧める席を断るわけにも行くまいか。
「まずはホーリーベル公爵家のことだけど、公爵からは爵位を剥奪、夫人からもその権利を剥奪し故意に多くのオメガたちを誘拐監禁し人体実験に使った罪は重いとして処刑が決まりました」
王妃さまの言葉をシェリルもハリカも重々しく受け止めている。
「公爵家の騎士、使用人たちは、今回の騒動に荷担したものたちにはアルファであれなんであれ、実刑が言い渡されたわ」
そうだな。中には抗ったアルファたちもいたのだから。
「荷担しなかったアルファやベータの使用人たちはそれぞれ今回の一件に荷担していないことを証明する紹介状を持たせ公爵家を離れてもらいました。今後故郷に戻るかほかの勤め先を探すか……どこへ行くかは彼ら次第だけどね」
「……それは公爵家を畳むと言うことですか?」
「いいえ、一時的に王家が預かります。それによってシェリルちゃんは血筋は公爵家ではあれど一般の国民に戻るわ。聖者だから完全には難しいでしょうけどね。しかるべき時が来たら、シェリルちゃんかその直系に爵位を戻します」
「……てことは公爵家の分家も嫡男も継げないわけだな」
「そうね。分家の中にも誘拐や誘発剤の入手や実験に携わったものたちがいる。彼らにも適切な罰を与え、爵位返上や当主の交代などの処罰を命じました」
それをローズナイト公爵家の優遇だとほざくものはいない。いや、できない。シェリルを最後まで守ったのは他ならぬ王妃さまなのだから。シェリルを罠に嵌めたやつらにそれを言う資格はないし、言ったとして王妃さまを貶めようとする敵としてしか見なされない。
「それと嫡男の……アルファの公爵令息の件ね。彼はまだ子どもだから成人するまでは修道院に預けることになりました。その後は貴族用の塔に幽閉となります」
両親の教育の賜物でもあるのだが、あのようにオメガだからと蔑むものがホーリーベル公爵家の継承位を主張しても困るからな。
「なら、シェリルは今後どうする」
もう誰も公爵家を継がず、シェリルも時が来るまでそれを継がないとなれば……。
「そうね、まずシェリルちゃんとアーサーの婚約はアーサーの有責で解消させます」
「……はい、それは俺の責任ですから。シェリルの幸せのためにそれが俺のできることです」
そうか……アーサーも少しはましな表情になった。
「だからね、シェリルちゃんはこれから自由になるわけで……」
まさか神殿に預けるとか……公爵位まで王家で預かったのに王妃さまが言うはずはないよな。
「はい。ぼくは……辺境に行きます」
「……辺境に?」
「はい。夢だったんです。王都で聖者として扱われ、神殿で祈りを捧げるだけじゃない。聖者としての力をより多くのひとびとのために使いたい。
ぼくはずっとアーサー殿下が羨ましかった。辺境ではより多くの治療士が必要とされているのに、公爵令息で王子の婚約者であるぼくは行くことができない」
もしくは公爵夫妻がそうさせていたのかもしれないが……確かにアーサーだけがいつも遠征でシェリルは留守番だ。
「ぼくは治療士になりたい。聖者なのに何もできないぼくじゃなくて、ロシェのように多くのオメガを、患者を救いたい」
普通王都の貴族令息なら辺境に自ら行きたいだなんて言わないと言うのに。お前も俺に憧れてくれるのか。
「けど……行くと言ったって……辺境伯に話は?」
「もちろんついてるわ」
と王妃さま。
「けど神殿は納得してんの?」
保護したオメガたちは務めだからと受け入れてくれたが、聖者は彼らが喉から手が出るほど欲しい人材であろう。
「させたわよ。講師の治療士の名前を出したら納得したわ。今回のロシェの活躍もあるもの!」
「……いや、まさかとは思うが、その講師……」
「ルーチェ・グレイス男爵夫人よ」
……俺の母さんじゃねぇか。




