【18】オメガの慟哭
――――牢屋の奥に広がるのはごく軽量の誘発剤の匂い。シェリルに盛るためにここで実験されていたのか。
「ロシェさん、彼らは……」
「今は発情期じゃない。だが誘発剤の匂いは残っている」
シェリルの項をアーサーに噛ませるためには余計なフェロモンが混ざってはいけないから。ま、完全に影響は消えていないがシェリルのが濃すぎた。
「こちら、シャロンさんからです」
いつの間にかついてきていた黒服が俺に荷物を渡してきた。中に入っているのは中和剤か。
「ここで応急措置をする。指示に従って与えてくれ」
「はい!」
「お任せを」
「自分は医官でもあるのでお手伝いします」
「助かる」
リーダーの采配に感謝だ。シェリルの搬送は重症ならアーサーに頼む予定だったが万が一の時のために隊に編成してくれたのだ。
「よし、こじ開けるぞ!」
器具を取り出した騎士たちが牢をこじ開ける。
「オメガたちの中で重傷者がいたら知らせてくれ。先に診る」
「はっ」
騎士や医官たちが確認に走る。
俺がオメガひとりひとりの状態を確かめ中和剤の分量を指示する。
「ロシェさん!こちらへ!」
医官が呼ぶ。
「意識が……っ」
ほかのオメガたちは辛うじて目蓋を振るわせたり、声を絞り出したりと反応を示したのにこの子にはそれがない。
「この子は神殿へ。早く!」
中和剤だけでは意味がない。早速騎士のひとりが彼を抱き抱え地上へと向かう。
やがて地上を任せた部隊も応援に来てくれる。
「まだ歩けるオメガたちを連れて、先に地上に。動けないオメガたちも抱えて運び出してくれ」
「分かりました。ロシェさんは……」
「まだ奥がある」
「私も同行を」
医官が申し出る。
「……いや……あんたも医官なら分かっているはずだ」
いや……みな嫌と言うほど知っている。命を懸けて戦う騎士ならば。
「……それは」
「それに搬送中に何か起きたら……対応してもらわないといけない」
中和剤の残りを彼に託せば、騎士たちはそっと騎士の礼を託した。
囚われていた彼らも分かっているのだ。分からないはずがない。奥に何があるのかを。
地上に向かう彼らを見送れば、俺はまだまだ奥へと続く闇の奥へと進む。
※※※
そこには俺の足音以外、音がない。しかしこの先に何があるのか分かるのは辺境でも嫌と言うほど思い知ったからだ。
間に合ったものもいれば間に合わなかったものがいる。
もうあんな思いはしたくないから……そのために作った処方だった。
「……間に合わなくて、ごめんな」
無惨に積み上げられた骸は一部は白骨化している。身元を調べるのは至難の技だ。
貴族ならば足がつく。利用されるのは多くは平民に突如として生まれ、支援も受けられず発情期を迎えて苦しむ。
その後、フェロモンに誘われたアルファに項を噛まれても番として大切にされるとは限らない。
「探知魔法で生まれ育った土地を絞れても、名前も生前の顔も分からぬものたちがたくさんいるだろうな……」
けど、せめてまだ分かるものたちだけでも。
「お前たちも必ず、ここから出してやる」
俺はただ静かに彼らへ哀悼の意を示した。




