【15】ホーリーベル公爵家
――――ホーリーベル公爵家が近付くにつれ濃くなる『それ』に悪い予感は的中しているのだと悟る。
「しかし馬移動とは」
「何だ、アーサー。馬車がいいなら帰れ」
大層な王宮の馬車なんて乗っていったら気取られる。
「いや、俺がロシェを抱えて飛んだ方が速いかと」
「バカ、目立つ。却下」
「遠征では緊急時はやっていたのだが」
「相手は人間だ。魔物相手の威嚇とは違う」
竜人がいることは魔物相手への威嚇になるが、その竜人の隣で堂々と誘発剤入りジュースを盛った。その最重要容疑者相手なのだ。
「それから……場合によっちゃ、お前に帰路を飛んでもらうことになる。誘発剤の濃い匂い。オメガの発情期が来ていると考えた方が無難だ」
「まさかシェリルの……」
「可能性は高い」
だがもしかしたらひとりじゃないかもしれない。
馬を一目のつかない場所に隠し、公爵家の
裏手に回る。
「しかしロシェは何故このルートを……。……っ!!」
その時俺たちの前に黒装束の男が降りてくる。これは想定内。
その格好は黒いものの、近衛騎士の隊服のデザインだ。
アーサーも素早くそれに気が付いたようだ。
「ここにアルファの隊員は入れない」
「そりゃぁそうだろうな」
ベータはオメガの発情期の影響を一切受けないが、アルファなら気が付く。番持ちならともかく……それでもキツいだろうな。
「だがしかし、真相を確かめるためには誘発剤に対して鼻が利くものが必要だ」
それはアルファでもベータでも不可能だ。同じオメガでなくては。
「中は粗方蹴散らしている」
隊員の後に続き潜入する。確かにアルファの方が優秀だが、近衛騎士はベータでも相当な訓練を積んでいる精鋭だ。
「しかし弱い……ここら辺は全てベータだ。抵抗した使用人は全て隔離されている」
「この調子じゃアルファを邸に配備するのは危険すぎる」
使用人と同様に隔離されているのか……?
「つまりこれはシェリルをアルファに襲わせるのが目的ではない。強すぎる誘発剤……誘うのは番以外のフェロモンに反応しない……」
「俺が……早く、強引にでも婚約を破棄していれば」
「バカアーサー!それじゃシェリルが傷付くだろ」
さらに破滅フラグが立つ!
「それにそうしたら、シェリルがもっと理不尽な目に遭っただろ」
王妃さまや王家の目があったことは、幾分かの牽制になったはずだ。
「アルファの匂い……気配」
オメガには分かる。フェロモンで誘惑してしまう相手、項を噛まれる恐怖を与える相手。本能が警鐘を鳴らすのだ。
「俺も分かります」
これもアルファ同士の闘争心か。
「捕らえられていた使用人曰く、ここから先がシェリルさまの寝室かと」
「分かった。お前たちは外で待機を」
「了解」
隊員がスッと姿を消せば、俺たちもその先へと乗り込む。
「……来たわね」
先の暗い廊下を遮るように立つのは公爵夫人だ。男のオメガの発情期は女性のアルファなら影響されない。しかしながら発情期は感じる。夫人の様子はその濃厚な匂いを感知し嫌悪に歪む。
「アーサー殿下」
やはり待っていたのはアーサーか。
「でもお前は邪魔なのよ!!」
次の瞬間夫人がポケットから出した小瓶の中身を勢いよくぶっかけてくる。
「ロシェ!」
アーサーが慌てて俺を庇おうとする。
「お前は下がれ!護衛対象が護衛の前に出るな!」
アーサーを慌てて押し退ける。
「ロシェ!」
俺はその液体を浴びた。
「はっはははっ!かかったわね!これでアンタは無力化よ!私の計画を邪魔するオメガは……アイツらに項を噛まれて絶望しなさい!アンタのために用意したのよ!」
夫人がそう告げれば奥からオメガの発情期に誘発されたアルファたちが迫ってくる。公爵家の騎士、使用人……さらには公爵まで。この女はそこまでオメガを……いや、王妃になりたかったのか。




