【13】王妃さま
――――王族と言うものは次代に優秀な子孫を残すためより多くのアルファを望む。ゆえにアルファ、ベータの女性の妃よりもオメガの妃がより好まれる。
そうして選ばれたのがローズナイト公爵家にオメガとして生まれたティアさまだ。アッシュブラウンの髪に銀の瞳。その頭の銀の竜角も王家の親戚である公爵家筋である証だ。
「シェリルちゃん、具合はどう?」
シェリルの簡易ベッドの傍らに椅子を用意し、王妃さまが腰掛ける。
「……大丈夫です」
「良かった……本当に」
「その、でも……彼がいなければ」
シェリルが俺を見る。
「俺は騎士としての務めを果たしたまでです。オメガの騎士としてできることを」
「そうね。アルファでもベータでも気付けないことをロシェは気付くわ。だからこそリュカを任せたのよ」
「ええ。感謝しています」
「でも……シェリルちゃんからしたら複雑な心境よね。尤もロシェは何も悪くない。騎士として年長者として務めを果たしているだけ。けど……アーサーのこと、本当にごめんなさい」
「王妃さまが謝ることでは……っ」
「けど……私のせいでもあるのよ。私がローズナイト公爵家の生まれではなければ、違う道があったかもしれない」
王妃さまの顔には深い悔恨の念が浮かぶ。
「アーサーがロシェを番だと告げたことを聞いて、あの子は特に竜の血が濃い。私はそんなでもないけど、分かるわ。あの子はきっと番以外は愛せないほど本能が強いと」
「王妃さま……」
「だから……勝手なこととは承知で陛下は穏便に婚約を解消させようとしたのよ。もちろんシェリルちゃんに新しい婚約者をあてがい、理由は王家側にあり、アーサーが番を見付けたからとしっかりと公表する」
「……そんなこと知りませんでした」
「そうでしょうね。それに真っ先に反対してきたのはホーリーベル公爵夫人よ」
「お母さまが……」
「ええ。彼女は公爵家の直系のアルファ」
つまりシェリルの父親は婿養子か。ハリカも元々は公爵夫人に薬を持たされた。鍵を握るのは夫人の方だ。
「年齢も陛下と釣り合う。けど選ばれたのはオメガの私だった」
オメガの方が次代アルファを産む確率が上がるから。同時にオメガが遺伝する可能性も上がるが。
「お母さまは……きっとオメガを憎んでいます。今もアルファの弟のことしか見ない。けれどぼくには王子妃になることを求めてくる」
自分が叶えられなかった夢をシェリルに託したのか。オメガを憎むのに。
「そうね……彼女が私を見る目を見れば分かるわ。下手に私が何か進言すれば王家はローズナイト公爵家を贔屓していると思われる」
どちらか一方しか選ばれないのだからその状況は仕方のないことだ。だが公爵夫人からしてみればオメガと言うだけで優位に立った王妃さまが許せないのだろう。これほど国母に相応しいひとはいないと言うのに。
「だからせめて私はシェリルちゃんを守りたかった」
王妃さまなりに王宮でシェリルを守っていたのだろう。だからこそ顔色のすぐれないシェリルを宮にも泊めた。もしかしたらアーサーのところではなく王妃さまのところだったのかもな。
「けどアーサーは……私が言っても頑なで……なかなか」
地球で言えば高校生。地球の高校生とは訳が違うがしかし親に反抗したがる多感な時期であることは間違いないか。
「それでも先日はお見舞いに来てくれて、今日もエスコートを……多分、ロシェさまのお陰ですよね」
やっぱりあれはシェリルだったか。
「俺はしがない男爵令息で近衛騎士。『さま』は不要です」
「なら……ぼくも公爵令息ではなくシェリルと。たまに呼んでくださいましたよね」
そうだったか?医務室の処置時なんかだったら必死だから覚えてないけど。しかしシェリルは……素の一人称はそっちか。
「では、シェリルさま」
「はい、ロシェ。ぼくは最初あなたのことを誤解していました。けど……その、2回も……」
うん?シェリルの顔が赤いな。
オメガの不調ではないはず。ほかはシャロンが一通り見たものな。しかし2回……お姫さま抱っこのことか?
「リュカ殿下が慕われるのも分かる気がします」
「まぁ……一番罪作りなのはロシェね」
はい……?その、よく分からないのですが、王妃さま。医務室内が和やかな笑いに満ちたのは確かだ。




