【1】竜の番
――――くんくん。項を可愛らしく嗅いでくる年下の竜の男の子。子ども同士の遊び?いや、これはオメガとアルファの本能だ。
「ひゃっ、くすぐったいよ」
7歳になる俺ロシェ・グレイスは可愛らしい竜の子を振り返る。
この国……いや世界には竜人と呼ばれる種族がいる。他にも獣人、エルフ、それから人間。
その中でも竜人は特別で生態系の頂点。さらにこのドラッヘン王国の王族がその血を引いている。アッシュブラウンの髪に金色の瞳は瞳孔が縦長。金色の竜角、尻尾を持つ。俺よりも2歳ほど年下かな。
この子は誰だろう?多分アルファだ。男女の他にアルファ、ベータ、オメガと言う二次性が存在する世界での生態系の二重の頂点。
「お名前は?」
「……あーさー」
ええと……父さんが第2王子の名前をそう教えなかったか。ここは城だ。父さんの仕事に着いてきたものの、暇をもてあましていたらいつの間にかこの子が可愛らしくくっついてきたのだ。
「きみは」
えと、俺の名前?
「ロシェ・グレイスです」
オメガだが対して可愛らしい顔立ちでもない黒髪紫眼の平凡な子どもだ。
「ろしぇ……しゅき」
え……?いきなり告白?でも可愛らしいオメガ顔でもなければさらには俺の家、男爵家。仮に王子さまだったとしたら完全に身分違いだ。
「しゅき」
しかし年下の子には昔から弱い。ついつい世話を妬きたくなってしまうのだが、相手が王子さまなら粗相はできまい。
「探しましたよ!アーサー殿下!」
その時近衛騎士が駆け付けてくる。殿下って……やっぱり第2王子じゃんっ!
「しゅき……つがい」
へぁっ!?竜人はとりわけ番への愛が深く重いという。このオメガバースの世界に於いてはとりわけアルファの竜人に対するオメガの男。オメガは男でもアルファの男と番えば子を成せる。そう言う世界だが……。
「なりません!アーサー殿下にはシェリル・ホーリーベル公爵令息さまと言う婚約者がいらっしゃいます!」
え……?王子、男爵令息俺、王子の婚約者の公爵令息。これって……これって……っ。魂の奥底から沸き立つ何か強烈なものが項の奥底に叩き付けられるような衝撃が走る。
そうだ、これって前世で良くあったテンプレじゃんっ!そして俺は王子をダメにする当て馬男爵令息のポジションでは!?そんなのダメだ。こんなテンプレに乗ってしまえばうちの男爵家は破滅だ。最近生まれたばかりの弟はどうなる?領地のみんなは。ちびたちは。そんなの……絶対にいやだっ!
「や~~っ、ろしぇ、ろしぇ、つがいになる!」
アーサーが近衛騎士に抱えられながらバタバタと手足やしっぽを動かす。
その……俺は、ええと……。
「嫌に決まってんだろぉがっ!!」
「ひっ」
アーサーが息を呑む。やべ、年下の子に強く言いすぎた。でもこうでもしないと優しさを振りきれないんだ。分かれ。これはお前のためでもある。
――――俺は後で父親が城の偉いひとに怒られるかもと思いながらもその場を後にする。俺があの子の番になどなってたまるか。むしろ男爵家のオメガに高位貴族や中位貴族のアルファが娶りたいだなんて言ってきたら破滅フラグしかない。
「そうだ……騎士になろう」
たとえば近衛騎士。アルファなど必要ないと言わんばかりに強く逞しいオメガの騎士に。
どうせなら近衛騎士を目指してみようか。もちろんアーサーの騎士にはならない。俺が世のオメガのように儚げでアルファを必要としているのではないと見せ付けよう。そう、本人の間近で。
「よし……見てろ!俺は最強のオメガ騎士になる!」
とにもかくにもその頃の俺はそれが一番の解決策になると思ったのだ。