第三章『余興』
風祭り当日、カーテンで仕切られた祭壇に、二つの影が座っている。
その祭壇の前には、精霊族の仲間と共に、双子と日菜の姿があった。
「もうすぐ始まる?」
日菜は祭りと聞いて、わくわくが止まらない。
「ああ。しっかし、フウルの嫁って誰なんだろうな?」
「うーん、考える限り、一人しかいないと思うけど」
トトとララは、フウルの嫁が誰なのか、ある程度予想がついていた。
「これより、祝言を始める!」
風長の言葉で、目の前にあったカーテンが取り払われる。
そこには化粧をした、長い銀髪の美しい女と、目元に紅を差した、枯葉色の短髪の男の姿があった。
「あれが、フウルさん?」
「そうだよ。全然変わってないね」
「相変わらず憎たらしい顔してやがる」
フウルが女の手を取り、祭壇をゆっくり降りる。
そして、勢いよく話し出した。
「皆の者、オレたちの祝言と風祭りの開催を祝し、この三日間は沢山食べて飲んで、騒ぎまくれ!」
その瞬間、周りは歓声に包まれ、各々食事や会話を楽しみ始めた。
双子と日菜の元に、フウルが歩いてくる。
「おい双子、やっぱりお前らは変わらんな」
「フウルは……ちょっとだけ背が高くなったみたいだね」
アカデミーの同級生だった双子とフウルは、当時はそれほど身長の差はなかったが、今となってはフウルが少しだけ高くなった。
「双子は身長までもそっくりとは、こりゃ笑えるな、トト?」
「うっせえ!」
日菜は何を話せばいいのか分からず、隣でぼーっと見つめている。
それにフウルが気づいた。
「小娘、お前本当に人間か?」
「え……?」
突然の質問に日菜は固まってしまった。
フウルの疑いの目が、日菜の不安を煽る。
「おい、いきなり何なんだよ!」
トトがすかさず間に入る。
「お前ら、何か隠しているんだろう?」
「ぼ、僕たちは何も……」
日菜に悪魔の片鱗があることを話すわけにはいかない。
トトとララは一生懸命言葉を濁す。
「ふん、まあいい。それよりこの小娘を借りてくぞ」
フウルは話題を変え、日菜の手を掴む。
「え、な、なんですか?」
「言っただろう、余興に付き合ってもらうと」
そう言って、フウルは日菜を連れて開けた場所に出た。
日菜とフウルは距離を取り、向かい合わせで立っている。
「皆の者、余興の時間だ!」
その言葉で精霊族たちは一斉に二人の方を向く。
「今からこの小娘との戦闘を開始する!」
歓声が沸く中、双子と日菜は一瞬硬直した。
「はあ!?」
「何言ってんのさ!」
トトとララは当然苦言を呈す。
「わ、私、戦うなんて出来ないよ……!」
「お前は覚醒したんだろう? ならその実力、見定めさせてもらうぞ!」
フウルの表情は興奮に満ちていた。
扇を召喚し、構えるフウル。
「来ないならこちらから仕掛けるぞ。鎌鼬!」
モミジの葉を模した扇を大きく振り、切れ味の鋭い風を巻き起こす。
「ば、バリア……!」
日菜は攻撃手段を持っていない。
迫りくる鎌鼬をバリアで防ぎ続ける。
「なんだ、面白みもない。そのバリア、叩き割ってやる」
フウルは絶え間なく扇を振り、強風をバリアへ向ける。
日菜のバリアはヒビが入りはじめ、風の畳みかけにより、ついに割れてしまった。
「か、カウンター!」
すぐにカウンターを発動し、フウルの強風を跳ね返した。
それをフウルは新たに起こした風で相殺する。
再び日菜はバリアで身を固め、その場にうずくまっている。
「ちっ、これでは埒が明かん」
フウルはあからさまにイライラしながら、すぐさま扇を振る。
「龍巻!」
龍の幻影が顕現、日菜の周りを高速で翔ける。
「何も見えない……!」
バリアは一瞬で割れ、日菜は龍巻に呑まれた。
「きゃあ!」
風が晴れると日菜は上空へと投げ飛ばされていた。
しかし、すぐに羽を動かし、ゆっくりと地上へ降りた。
「はあ、はあ、はあ……」
日菜の体力と魔力はもう限界だ。
それでも最後の力を振り絞り、バリアで身を守る。
「まだ足掻くか。いい加減飽きてきたところだ、これで終わらせる」
フウルは呆れたように扇を一振りした。
「天翔龍」
先ほどの龍巻に似てはいるが、龍巻が強風の渦を巻き起こすのに対し、天翔龍は顕現された龍の幻影が縦横無尽に相手を攻撃する。
「もう、耐えられない……」
日菜が覚悟を決めた時、急に龍が方向転換し、観客の方へと突っ込んでいく。
「おっと、少し手元が狂ったか」
そう言ったフウルの口元は緩んでいた。
「危ない!」
日菜がそう叫んだ瞬間、日菜の中で魔力が溢れ出し、姿が変わる。
龍は観客の目の前で、氷漬けになっていた。
観客と一緒に行く末を見届けていた双子は感じ取った。
「あの時と同じ……」
「ああ、フウルの奴、これが目的だったな?」
最初こそ止めようと思っていたが、何かあると感じ、とりあえず見守ることにした双子の判断は、間違いではなかった。
フウルは目を見開き、龍から日菜に目線を変えた。
「小娘、覚醒したか」
「あなた、わざとでしょ」
「それがどうした。しかしお前、少し雰囲気が変わったか?」
「これは私であって、まだ私ではないから」
いつもの日菜と違い、冷たい雰囲気を放っている。
「覚醒したくせに、力を制御できないようだな」
「あなたを倒すのに、そんなことは関係ない」
日菜は瞬時に地面に手をつく。
「ふん、やる気になってくれて何よりだ」
フウルも扇を構え直した。
刹那の沈黙の後、再び戦闘が始まる。
「アイシクルグラウンド」
日菜の先制、地面から氷柱が一直線にフウルの元へと突き出していく。
フウルは下に向かって風を起こし、瞬発的に空中へ移動、氷柱の先端に立つ。
「これは、戦い方を変えた方が良さそうだ」
武器を扇から、フウルの身長ほどの長さの棒へと持ち替えた。
その棒が弓に変化し、フウルが風を纏った魔力の矢を日菜に向かって何発も放つ。
日菜は華麗な身のこなしで矢を避けていく。
「アイスショット」
避けながらも手のひらをフウルに向け、氷塊を飛ばして攻撃する。
「さっきとは大違いだなあ!」
フウルは弓から棒に戻し、そのまま棒を振りかざしながら日菜の元へと突っ込む。
氷の剣を生成した日菜はその攻撃を受け止める。
「あなた、強いね」
「本当に表情が変わらねえ奴だな」
近接戦へと突入した二人は、激しくぶつかり合う。
火花が散り、両者互角といった様子だった。
しばらくせめぎ合い、突然距離を取る。
「どうしたの」
「小娘、それは別人格ということでいいのか?」
「私は私、それ以外はない」
「意味深なこと言いやがって、いい加減、本気で来い」
フウルは覚醒した日菜がまだ本気ではないことに気づいていた。
同時に、日菜もフウルが本気ではないことに気づいている。
「後悔するよ」
「それは小娘、お前だ」
フウルは棒を地面に突き刺す。
「土龍」
地面が日菜に向かって一直線に盛り上がっていく。
危険を察知した日菜は高く跳躍したが、少し遅かった。
日菜の立っていた地面から龍の幻影が飛び出し、日菜を吞み込んだ。
一瞬ひるんだ日菜だったが、すぐ龍を凍らせる。
そして、龍は粉々になった。
「次は私の番」
胸の前で両手を組むと、日菜は周りに冷気を纏う。
「フローズンワールド」
その瞬間、膨大な魔力を感じ取ったフウルが風の結界を張り、観客を守る。
結界内が凍り、景色は一面氷となった。
「やりやがったな、小娘」
フウルの息は切れ、呼吸しづらそうにしている。
「後悔すると、言ったでしょ」
よく見ると、フウルの体は徐々に凍り始めていた。
日菜はゆっくり歩み寄っていくが、フウルと日菜の間に割り込んできた者がいた。
「それ以上はおやめくださいませ、ヒナ殿」
「お、やじ、なに、してん、だよ……」
割り込んできた風長に手を伸ばそうとするが、フウルの体はもう動かない。
「どうか、この氷を解除してくださいませ」
「私にはできない……できないよ……」
日菜は少しずつ、力を制御し、元の自分を取り戻しつつあった。
「できますとも、ヒナ殿。ご自分を信じて」
「私、フウルさんを傷つけちゃった……ごめんなさい」
「それはうちのバカ息子がしでかしたことでございます。あとで謝罪でもなんでもさせましょう」
「私……私……どうしたら」
うろたえる日菜を、風長は優しく抱きしめた。
「魔法は気持ちですぞ、ヒナ殿」
「気持ち……?」
「そうです。思いやる気持ちがあれば、どんな魔法も打ち消すことが可能なのでございます」
それを聞いた日菜は温かい気持ちになり、目を閉じて全てが元に戻ることを願った。
日菜が目を開けると、目の前には笑顔の風長と、その後ろで倒れたフウルがいた。
あの一面の氷はもうどこにもない。
「あれ、私、成功したの?」
水色の髪と瞳、姿は覚醒したときのままだ。
「「日菜ちゃん!」」
トトとララが日菜の元へ駆け寄る。
「大丈夫? なんともない?」
ララが日菜をまじまじと観察するが、異常は見当たらない。
「フウルの奴、これで懲りただろうな」
トトは倒れているフウルを見て、ため息をついていた。
「ヒナ殿、もう大丈夫ですかな」
「風長さん、あの、ありがとうございます……!」
「いえいえ、私は助言しただけですので」
しばらくすると、日菜の姿は元に戻った。
簡易テントにフウルを運び、寝かせることにした。
フウルの体は冷たくなっていたが、トトが優しく炎で包むと、やがて常温に戻った。
「トトくん、フウルが迷惑かけてごめんね」
テントでフウルの様子を見ていたトトに話しかけてきたのは、フウルの嫁、カザハだった。
「久しぶりだな、カザハ。やっぱりお前たちは結婚したんだな」
「うん、アカデミーの頃が懐かしいよ」
カザハはフウルを心配そうに見つめている。
「あんなやり方だったとはいえ、ちょっとは感謝してるんだ」
「ヒナちゃんのこと?」
「俺たちじゃ日菜ちゃんの力を引き出せないままだったかもしれない。俺たちは、慎重になりすぎていたんだ」
トトは日菜を大切にするあまり、やり方を選べないままでいた。
悪魔かもしれないという疑惑の中、日菜を守り切る自信がなくなっていたのもある。
「大丈夫だよ、トトくん。ほら、いつもみたいに強気でいかなきゃ。フウルが起きたときに馬鹿にされちゃうよ」
「それもそうだな。まあ、馬鹿にされたら一発ぶん殴ってやるけどな」
カザハはいつも、トトとフウルの仲を取り持つ存在だった。
アカデミーに通っていた頃、同級生だった四人は友であり仲間だった。
ララがどうにもできなくなったとき、カザハは二人の間に真っ先に飛び込んでいく。
「トトくん! フウル! またララくんが泣いてたでしょ! けんかしないでよ!」
「うるせえ! あんな弱え弟なんざほっとけばいいだろ」
「うるさいぞカザハ、耳障りだ」
トトとフウルは気にせずけんかを続ける。
話を聞かない二人に、カザハは怒り心頭だ。
「もう! いい加減にしろー!」
最終的に、カザハが強風を起こし、二人を吹き飛ばしてしまうのだった。
そんな懐かしいことを、トトとカザハは思い出していた。
「なんだ、お前ら、楽しそうだな」
フウルが目を覚ました。
「嫉妬か?」
「んなわけあるか、カザハはオレの妻だぞ」
トトとフウルは言葉こそ辛辣だが、お互いに信頼し合う友であることに変わりなかった。
「フウル、大丈夫なの?」
「ああ。あの小娘、いや、ヒナと言ったか、あいつにしてやられた」
「もう、無茶し過ぎなんだから」
「これからは気を付ける。それより親父を呼べ、話したいことがある」
カザハは風長を呼びに行き、トトは日菜の元へと戻っていった。
風長がテントに入ると、フウルは静かに座っていた。
「親父、その、すまなかったな」
「それはヒナ殿に伝えなさい」
「もちろん謝罪はする。それと話があるんだ」
フウルはそう言うと、風長に対して、深く頭を下げた。
「次期風長の件、しばらく待ってくれないか」
「とりあえず、訳を聞かせてもらおう」
「オレはさっきの戦いで、未熟だったって思い知らされたんだよ。覚醒したばかりの妖精に負けるような、親父に助けられるような、こんなオレじゃまだ風長にはなれない」
風長はしばらく考えた後、大きく息を吐いた。
「頭を上げなさい」
「オレは……まだ……!」
「いいから私の顔を見なさい」
フウルが恐る恐る頭を上げると、風長はフウルを真っ直ぐ見据えていた。
「それがお前さんの覚悟なら、何も言いはしない。だが、あまり自分を卑下するな。お前さんは族の皆を咄嗟の判断で守った。その事実があれば充分だろう」
そう言って、風長はテントを出ていった。
フウルの気持ちはぐちゃぐちゃで、後悔や正義や強がりが、フウルの目から涙となって溢れ出す。
「親父……ありがとう……」
風祭りはまだ始まったばかりだ。




