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少女の妖精物語 ~悪魔からの誘い~  作者: 畝澄ヒナ


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第二章『家系魔法』

日菜の覚醒した『氷』の力をコントロールするため、三人は新たな手掛かりを探そうとしていた。

「もう一度、根本から考えたほうがよさそうだな」

「兄ちゃん、それどういうこと?」

「家系魔法だ。魔法の基本はそこにある」

家系魔法とは、妖精が生まれつき持っている、それぞれの家に代々受け継がれてきた魔法のこと。

「でも、『氷』の家系魔法なんて聞いたことないよ」

「必ずしもそれだけが近道とは限らない。自然属性、魔法の基礎を司る五大属性を調べるぞ」

自然属性である『草』『水』『炎』『地』『風』を家系魔法とする妖精は多い。

「じゃあ、まずは僕たちの『水』について、日菜ちゃんに教えよっか」

次の目標は決まった。三人は人間界から妖精界へと移動する。


日菜と双子が来たのは鈴鳴の森。

「そもそも属性は、その人が使いやすい魔法を表しているんだ。家系魔法『水』は、空気中に存在する水分を魔力で操作して、あらゆる形に変える」

トトは日菜の目の前で『バブル』を生み出した。

「これは『水』の基本。属性を持つ者なら誰でも作り出せる。日菜ちゃんも、一応やってみるか?」

属性が異なる場合でも、基本なら出来るという例はいくつも存在する。

日菜はトトの言う通りに、魔力を手のひらに集中させた。

「うーん……」

少量の水分が集まり出したが、日菜の手のひらに残ったのは、小さな水滴一粒だった。

「まあ、初めてにしては上出来なんじゃないか? 適性が全くないわけじゃなさそうだ」

「日菜ちゃん、すごい!」

「えへへ」

トトは教えることは苦手だが、魔法の扱いはララより上手い。逆にララは強力な魔法はあまり出せないものの、細かい感覚を言語化することに長けている。

「魔法にはイメージが大切なんだ。ほら、もっとこう、バーッとさ」

「兄ちゃん、それじゃ伝わらないよ」

「そ、そうか? じゃあ、グワーッていう感じで……」

ララは大きなため息をついた。ここまで壊滅的だとは思ってもいなかったのだ。

「バーッと、グワーッと……」

「日菜ちゃん、真似しなくても大丈夫」

「そうなの? うーん、上手くいかないなあ」

上手くいかないのは、当たり前の結果であった。

「確かに、兄ちゃんの言う通り、イメージは大事だよ。でも、考えて理解しなきゃ、力をコントロールするのは難しいんだ」

「考えて……理解する……」

「そう。感覚を掴むには理解から、無意識を得るには意識から、だよ」

日菜は少し考えた後、ララの顔を見る。

「わ、分かった! 頑張る!」

結局のところ、小学二年生にはまだ難しい話だった。

「俺は、なんとなく使ってきたから、分かんねえけど」

「そんなんだから、師匠にこってり絞られるんだよ」

「師匠?」

ララの口から出た言葉に、日菜は疑問を抱いた。

「うげえ、その話は思い出したくねえよ」

「ダメダメ。いつか日菜ちゃんを師匠に会わせてあげないと。あと、兄ちゃんには喝を入れてもらわないとね」

「師匠、今頃何してんだろうな」

トトは過去を思い出しながら、顔をしかめている。

「師匠って、何の師匠?」

「それはね、日菜ちゃん。兄ちゃんに『炎』の魔法を教えた、個人魔法の師匠だよ」

今でこそ強力な炎魔法を使うトトだが、一人で強くなったわけではない。

「言うなよ、恥ずかしいだろ」

「何が恥ずかしいのさ。妖精誰しも、教わることは必須なんだから」

「ちっ、師匠みたいなこと言いやがって」

師匠は魔法だけではなく、双子に大事な教訓を叩きこんだのだ。

「私も会いたい!」

「うん、いつかね」

「お、俺は遠慮しとくぞ」

少し脱線したが、家系魔法の話は続く。


ある程度水魔法の説明をした後、本題に入る。

「前も話した通り、『氷』は『水』の派生だ。だから作り出すことが出来るはずなんだよ」

トトの予想は、水魔法に何かを加えて、氷魔法にすることが出来るのではないかというもの。

「水から氷にするには、冷やすってこと?」

「まあ、ララの言う通りだ」

「でも、水って勝手に冷たくなるの?」

日菜の質問に、双子は返事が出来ずに固まってしまった。そんなことが出来るなら、双子も氷魔法が使えるはずだからだ。

「助っ人を呼ぶしかないか」

「それって誰の事?」

「俺に心当たりがある。鈴鳴の森に棲む、風の精霊族だ」

妖精界には、歴史に語り継がれる『精霊族』と呼ばれる者たちがいる。

「氷の精霊様みたいな感じ?」

「いや、少し違うな」

精霊は基本、一人で強大な力を作り出し、管理している。それに対して、精霊族は集団で力を分散して共有、一人が力を持ちすぎないようにしているのだ。

「簡単に言えば、精霊と妖精の間みたいなものかな」

ララの例えは、日菜でも理解できる、適切なものだった。

「でも、いきなり会いに行って大丈夫なの?」

「問題ない。あいつらは、好き勝手に生きてるから」

「兄ちゃん、言い方。心が広いって言いなよ」

双子が風の精霊族に詳しいのには、理由がある。

「いいんだよ、知り合いだし」

「精霊様と仲良しなの?」

「そんな敷居の高いもんじゃねえって。同級生だったから、話したことあるってだけだ」

トトは嫌そうな顔をしている。

「もしかして、嫌い?」

「兄ちゃんが毛嫌いしてるだけだよ。さあ、会いに行こう」

会いに行くことは、トトが言い出したことだったが、内心では頼りたくない。

ララが日菜の手を取って歩き出し、その後をトトは渋々ついていくのだった。


葉が擦れあい、鈴に似た音が森を包む。

鈴鳴の森最深部、そこは、風の精霊族の棲家だった。

「おや、これはこれは、王子殿ではありませんか。久しいですな」

「風長、その呼び方はやめろって言ってるだろ」

三人を出迎えたのは、長いあごひげを生やした、風の精霊族の長老だった。

「カザオサさん?」

「ほっほっほ、『風長』は役職でございます。トト殿、こちらの方は?」

日菜の質問に、風長は丁寧に答えた。逆に風長はトトに尋ねる。

「この子は日菜ちゃん。その、コノハと同じような感じだ」

「なるほど。そういうことでしたか」

トトの言葉で、風長は全てを察したようだった。

「ごめんね、兄ちゃんがやらかしちゃったから」

「良いのですよ。(わたくし)は特別悪いことだと思いません。それより、何用でこちらに?」

「ああ、フウルに会いに来たんだ。まあ、いなけりゃ風長でもいいんだが」

有力な情報が得られれば、トトは何でもよかった。

「フウルですか。実は、明日からの風祭りの準備で皆忙しく、特にあの子は事情が事情でして」

「もうそんな時期なんだね」

双子は納得したが、日菜は何のことなのか分からない。

「風祭りって何?」

「年に一度行われる、色んな場所に風を届けるための儀式だよ」

「祝いも含め、三日かけて行われる神聖なものでございます。ヒナ殿も是非、ご覧になられてはどうでしょう」

祭りというものに、興味を示さないわけがない。

「いいんですか!」

「もちろんですとも。トト殿、用事とは急ぎなのですか?」

「いや、準備の邪魔をしてまで急ぐわけじゃない。なんなら、俺たちも手伝うぞ」

風長は細い目を見開き、トトに希望の眼差しを向けた。

「それは助かります。では、早速こちらへ」

三人は風長の案内の下、祭りの準備を手伝うことに。


案内の道中、風長は今年の祭りについて説明していた。

「今年は少し特別でしてね、祝言を挙げることになっているのです」

「祝言? 誰のだ?」

「フウルのですよ」

トトは驚きで、開いた口が塞がらなかった。

「あいつ、結婚すんのか!」

「あの子も百の歳を超えましたから、次の風長になるとしても、支える者が必要でしょう」

「結婚……」

日菜は口に出してみたものの、結婚がどういうものなのか、想像することが出来なかった。

「さあ、着きましたよ」

案内されたのは一つの小さな家。ドアを開けて入ると、目の前はカーテンで仕切られており、そこに影が映っていた。

「親父か? 一緒に入ってきた奴らは何者だ」

「フウル、そう構えるんじゃない。王子殿が会いに来てくださったのだ」

「王子? ああ、もしかしてトトとララのことか。それにしちゃ、一人多いようだが」

カーテンの向こう側から淡々と話す精霊、フウルは次期風長にして、今回の主役。

部屋に流れる風を読み、知らない奴が紛れ込んでいることを早々に当てる。

「この方はヒナ殿。王子殿のご友人だよ」

「友人か。そいつからは妙な気配を感じる。またトトの野郎が人間を妖精に変えてしまったみたいだな」

この場所において、トトが過去にやらかしてしまったことを知っているのは、風長とフウルだけである。

「その横柄な態度、察しの良さは変わらずだな、フウル」

「お前こそ、膨大な魔力をダダ漏らしにして歩き回ってるんだな、トト」

二人は知り合いではあるものの、友達というような慣れ合う仲ではない。

「いい加減、姿を見せたらどうだ?」

「はあ、お前は知らないのか」

「なんだよ」

風の精霊族には、いくつか掟が決められている。

「親父、説明してやれ」

「王子殿、風の精霊族は祝言を挙げる際、婿と嫁は清潔さを保つために、当日までの一週間は皆に姿を見せてはいけないのです」

祝言の主役、婿であるフウルは、明日の風祭りまでこの家から出られないのだ。

「ということだ」

「それなら最初から言えよな」

トトは少し申し訳なく思ったが、それでも謝ることをしない。

「ふん、お前が聞かなかったから悪いんだ」

「本当に、癪に障る奴」

ララはこの光景を呆れ顔で見つめ、日菜はとりあえず何も言わずじっとしていた。


外で風祭りの準備をしている中、双子と日菜、風長とフウルの五人は話を続けていた。

「で、わざわざ姿を見せられない時に、何の用だ」

「風魔法について知りたいんだ。ちょっと訳があって」

「ああ、その声はララだな。風魔法なら、確かお前らの母親、女王様も使えたはずだが」

滅多に使うことはないが、女王の個人魔法は『風』である。

「よく知ってるね。でも、もっと詳しく聞きたくてさ。兄ちゃんが行こうって」

「おい、余計な事言うなよ」

「でも、本当の事でしょ」

この会話を聞いたフウルは深くため息をついた。

「もっと簡潔に言えないのか。どんな目的で、どんな魔法なのか」

氷魔法習得のため、家系魔法『水』を試していたが、水魔法を氷魔法に変える方法として思いついたのが、水を冷やすという古典的な方法である。

トトが一通り説明し終えると、フウルは静かに口を開いた。

「つまり、冷風を求めて来たと」

「そういう事だ」

もう一度フウルはため息をつく。

「残念だが、水魔法に風魔法を加えるだけじゃ、氷魔法なんざ出来ん」

的確な言葉を理解した日菜は、その場に膝から崩れ落ちた。

「そ、そんなあ」

「おい、小娘。お前が初めて氷魔法を使った時、どういう状況だったのか説明してみろ」

フウルには、何か考えがあるようだ。

「日菜ちゃんを小娘って呼ぶんじゃねえ」

「お前には聞いていない。小娘、どうなんだ」

「わ、私、何かしなきゃって思ったら勝手に……」

日菜がそこまで言いかけたところで、フウルは制止をかけた。

「もういい、それで充分だ」

「え、え?」

「明日試してやろう。風祭りの余興として付き合え。話はそれだけだ、もう帰れ」

フウルは一方的に話を終わらせ、それ以上何も話さなかった。


半ば強引に家を追い出された日菜たちに、風長は頭を下げた。

「一度ああなると聞かないもので、私から代わりに謝らせてくださいませ」

「いいんだ。ただ、日菜ちゃんを小娘って呼んだことだけは許さねえ」

「兄ちゃん、そこ?」

四人はフウルが何をしようとしているのか、全く見当がつかなかった。

「ないとは思いますが、もしヒナ殿に危険が及ぶようでしたら、私が全力でお止めしますので」

「大丈夫、僕たちもいるから」

「ああ、好きにさせてたまるか」

日菜は少し考えて、この三人がいれば大丈夫だろうと心を落ち着かせた。

「私、氷魔法使えるようになるかな」

「なるさ。日菜ちゃんには才能がある、俺が保証する」

「僕も保証するよ!」

自信を失いかけていた日菜を、双子はこれでもかと励ます。

「私も応援しております。では、風祭りの準備に取り掛かるとしましょう」

風長の指示に従い、三人はやぐらを組み立てたり、食料調達などを手伝い、あっという間に夜になった。

「も、もう夜だよ! お母さんが心配するかも……」

「日菜ちゃん、大丈夫だ。ここでの一時間は、人間界での一分。一日居たとしても、あっちでは三十分にも満たないから」

トトの説明に日菜はハッとした。

「そうだった!」

「宿舎を用意させていただきました。ご自由にお使いください」

風長は三人を簡易宿舎に案内し、会釈をして去っていった。

ついに明日、風祭りが始まる。

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