第一章『違和感』
『少女の妖精物語 ~魔女が生み出した魔物~』の続編です。
これは小学生の少女、櫻井日菜が、妖精から人間に戻るための魔法を探す、不思議な物語。
春、新学期。
「トト、ララ、学校遅れちゃうよ!」
小学二年生となった日菜は、妖精の双子、トトとララを叩き起こす。
「僕は大丈夫、兄ちゃん、ほら行くよ」
「ああ、えっと、今日から学校だっけか」
一年前にトトの魔法によって妖精に変えられてしまった日菜、昨年の大事件がありながらも、何とか人間界での生活を続けている。
「去年は大変だったからねえ。まあ、まだまだやらないといけないことは沢山あるけど」
ララが兄であるトトを睨む。
「お前の言いたいことは分かってるぞ。ちゃんと見つけるって、人間に戻す魔法」
「分かってるならよろしい」
双子は仲むつまじい会話を続けているが、日菜はそれどころではない。
「いいから、学校!」
こんなどたばたな日常も、今日から二年目である。
一日の学校を終えた後は、三人で妖精界へと移動する。
「日菜ちゃんはとりあえず、覚醒した力をコントロールできるようにならないとね」
「でも、出し方分からないよ?」
それを聞いたララは頭を悩ませる。
「兄ちゃん、何か良い案ない?」
「俺に聞くなよ。氷と炎なんて真逆だぞ」
トトの個人魔法は『炎』、ララは『草』である。
「一応、僕たち家系魔法は『水』なんだしさ、元は一緒じゃない?」
「そう言うなら、ララがやったらいいだろ」
一向に話がまとまらない。
「なんか、ごめんね」
日菜は途端に申し訳なくなった。
「日菜ちゃんが謝ることじゃないよ。僕たちの力量不足」
「俺まで巻き込むなって」
昨年の大事件、魔物との戦いで日菜は『氷』の力を覚醒させた。
しかし、それをもう一度発現させる方法が分からない。
「女王様に聞いたら、何か分かるかな」
「お、日菜ちゃん、良いこと言うじゃん。早速行こう」
「まさか、俺もか?」
トトは嫌そうな顔をしている。
「当たり前でしょ。僕たちは日菜ちゃんの魔法について、責任を持たないといけないんだよ。特に兄ちゃんはね!」
「う、分かったって」
三人は妖精界最大の国、フェアリーランドへと向かった。
城では、女王が椅子に腰かけて読書をしていた。
「トト、ララ、日菜さん、こんにちは」
女王は優しい笑顔で三人に挨拶をする。
「女王様、私たち、あの、『氷』の力のこと知りたくて来ました」
「そういえば、日菜さんは力を覚醒させたのですね」
「お母……女王様が何かご存じなんじゃないかと思ってさ」
トトは照れくさいのか、女王の顔を見ようとしない。
「いつものように呼んでくれても良いのですよ、トト」
「な、べ、別に俺はいつも通りです!」
少し顔の赤いトトを見ながら、女王は微笑んでいた。
「魔法の話でしたね。それなら『氷』の精霊に会ってみてはどうでしょうか」
精霊は、無から自然エネルギーを作り出せる、唯一の存在。
「自然属性以外の精霊が存在するんですか?」
「どんなものにも、精霊は存在します。場所を教えますから、是非話してみてください」
ララの質問に、女王は端的に答え、日菜に場所を示すメモを渡した。
「ありがとうございます! トト、ララ、早速行ってみようよ」
「今からか? まあ、良いけどよ……」
「もちろん、行こう!」
双子の反応は真逆だったが、日菜は気にせず、三人で城を後にした。
氷柱が多く連なる森、氷塊の森にやってきた三人。
「うう、寒いよお」
「ひ、日菜ちゃん……僕が温めてあげようか?」
「い、一緒にくっついたら少しはあったかいかも……」
そんな日菜とララを横目に、トトはずんずんと進んでいく。
「トトは、寒くないの?」
「俺には『炎』の精霊がついてるから、多少は大丈夫」
森の最奥、『氷』の精霊はそこにいた。
「あなたが、精霊様?」
精霊は無言で、日菜に目線を落とした。そして深く息を吸い、言葉を放つ。
「覚醒者ですね。何用ですか?」
「私、『氷』の力のこと、知りたいんです」
「あなたには、何も言うことはありません」
冷たい言葉が返ってきた。日菜は心に何かが刺さるような感覚に襲われたが、怯まずもう一度話しかける。
「私も魔法を使えるようになりたいんです」
「偽りの子よ、あなたに選択の余地はありません、帰りなさい」
精霊の言っていることが、日菜は理解できなかった。それは双子も同じ。
「おい、精霊さんよ。その言い方はないんじゃないか?」
「兄ちゃん、口を謹んで!」
トトは怒りに震えている。ララは一生懸命それをなだめる。
「日菜ちゃんが偽りの子だって? 元人間だからか?」
「あなた方は気づかないのですね。彼女の心に異物が紛れ込んでいるのを」
「異物? 全くもって何言ってるか分かんないね!」
変わらず冷たい視線を向け続ける精霊。
トトはついに魔法の準備をし始めた。
「兄ちゃん、抑えて!」
「うるせえ! 一回痛い目見ないと分かんねえみたいだからよ、こいつは」
「こいつなんて、相手は精霊様だよ!」
ララが止めても、トトは聞く耳を持たない。
精霊は深くため息をつくと、一言呟いた。
「アイスロック」
その瞬間、トトは全身氷づけになった。
「トト!」
「兄ちゃん!」
慌てる二人を気にも留めず、精霊は話し始めた。
「死にはしませんよ。少し黙っててもらうだけですので」
「せ、精霊様……どうしてそこまで」
日菜の身体と声は震えている。
「あなたはもう、人間でもなければ妖精でもない。自分の心に問うてみなさい」
それだけ言って、精霊は姿を消した。
「私……分からないよ」
精霊の話は難しすぎて、日菜には理解できなかった。
「兄ちゃん、兄ちゃん!」
ララが必死で氷を溶かそうとしている。数秒後、トトを覆う氷が震え始めた。
「に、兄ちゃん……?」
氷がドロドロと解け始め、トトは身体から蒸気を放ちながら、それを全て溶かしきった。
「あの野郎……絶対許さねえ」
「兄ちゃん、無事で良かった……」
「はあ、戻るぞ。ここにもう要はない」
トトは一人歩き出してしまった。
「兄ちゃん、待ってよ! 日菜ちゃん、大丈夫?」
「う、うん。帰ろっか……」
何の成果も得られないまま、三人はフェアリーランドへと戻ることに。
女王が城の前で三人を待っていた。
「何か分かりましたか?」
「話にすらならなかった。俺を氷づけにしてどっか行きやがったんだよ」
「トト、精霊を怒らせるようなことをしたのではないですか?」
確かに先に仕掛けたのはトトだった。これには反論できない。
「私には、何も話すことはないって、言われたんです」
「そう、でしたか」
女王は気まずそうに、言葉を詰まらせている。
「私はもう、人間でも妖精でもないって……」
日菜が氷塊の森であったことを全て話そうとした時、その男は現れた。
「その通りだよ、櫻井日菜」
黒いスーツのつり目の男。
「誰だよ、お前」
トトが先ほどのイラつきを男に向ける。
「俺に突っかかるんじゃない。まだ100歳程度の若造が、悪魔の俺にはかなわないだろ?」
「悪魔がなんでこんなところに……」
ララと日菜は女王の後ろに隠れた。女王は固唾をのんでいる。
「俺の名前は『キラー』だ。日菜、君を迎えに来た」
「私……?」
予想外の言葉に日菜は驚いた。
「そうだよ、君はこれから悪魔として、俺たちとやっていくんだから」
「わ、分かんないけど、悪魔にはなりたくない!」
日菜の抵抗に、キラーは顔をしかめる。
「そんなこと言ったってなあ、もう決まったことだから」
「私、悪魔なんか知らないよ」
「嘘だ、お前は目を逸らし続けている。ほら、心に聞いてみろ」
その言葉で、日菜の胸は急に痛みだした。
「うう、何これ……」
「それが真実だ。お前の力は悪魔がもらう」
あまりの痛みに、日菜は気を失った。
日菜は暗闇で、もう一人の自分を見ていた。
「あなた、誰?」
「私はヒナ、悪魔になったあなたの姿よ」
その姿は成人女性のような、背の高いスラっとしたものだった。
「知らない! 悪魔になるなんて分からないよ」
「そればっかりなのね。妖精に惑わされているのね」
肌は黒く、角ばった大きな翼、長い蛇のような尻尾が付いている。
「違う、トトとララは友達で……」
「バカ言わないでよ。あれは敵でしょう?」
日菜は目の前の悪魔が、自分であることを受け入れたくない反面、どこかで納得してしまっていた。
「どうして?」
「どうしてって、妖精は悪魔の敵、そう最初に定義したのは妖精だというのに」
歴史上、それは紛れもない事実だった。
「でも、悪魔にはなりたくないよ」
「言ったでしょ? もうなっているのよ」
悪魔は酷く呆れている。妖精というのは、こんなにも平和ボケしているのだと。
「嫌だよ……そんなの嫌だ!」
「いい加減にしてよ。まあ、いずれ分かることだわ」
日菜の意識はそこで途切れた。
城のベッドで、日菜は目を覚ました。
「あれ、私……」
「日菜ちゃん! 起きたんだね」
ララが唐突に日菜を抱きしめる。
「おい、病み上がりだぞ。その辺にしとけ」
「兄ちゃんも本当はこうしたいくせに」
「うるせえ!」
双子は相変わらずけんかをしている。
「悪魔に、なっちゃったの?」
日菜は不安そうに双子を見つめた。
「そんなの、あの男の妄言だろ」
「もうげん?」
「嘘ってこと。だから気にすんな」
トトはそう言うが、日菜は安心できなかった。
「日菜さん、体調は大丈夫ですか?」
女王がココアを淹れて部屋にやってきた。
「大丈夫です……あの、私、どうなったんですか」
「あなたが倒れた後、すぐに悪魔は立ち去りました。また来る、と伝言を残して」
「私、悪魔に……」
日菜は泣きそうになっている。もう何を言ったら良いかも分からない。
「トトの言う通り、心配しなくても大丈夫ですよ。もし心に悪魔の片鱗があるとしても、完全な悪魔になることはありません。それは、あなたが完全な妖精でないことと同じ理由です」
女王には、その確信があった。
「元が人間、そこから妖精になって、今の心の状態は人間と妖精、半分ずつになってて、そこに悪魔が入ったとしたら、三分の一?」
「ララの言う通りです。全ては均等に分かれて心に留まることになるので、完全に侵食されてしまうことはないのです」
「うーん……」
日菜は案の定理解できなかった。
「難しかったですね。少なくとも、急に悪魔になるなんてことはないので、安心してください」
「わ、分かりました」
しかし、悪魔が動き出した以上、こちらも何か手を打たなければならない。
「日菜ちゃんは俺たちが守る。女王様は国の事を考えてください」
「そうですね。トトとララに日菜さんを任せます」
日菜に不安を与えてはいけない。心が不安定になれば、悪魔に近づいてしまうかもしれないから。
「私は……どうすれば」
「日菜さんはいつも通り、学校に行って、楽しく過ごすことを心がけてください。先ほども言った通り、心配し過ぎないでくださいね」
「はい……」
日菜、トト、ララの三人はしばらく城で休み、人間界へと戻っていった。
一方、魔界では。
「ねえ、もしかしてしくじった?」
「しくじったんじゃない、まだ時が来ていないだけだ」
「キラーっていっつもそう言う!」
キラーが話していたのは、緑のゴツゴツとした肌に、くるんと巻かれた尻尾と舌。同じく魔界幹部の一人、悪魔の『レオン』だった。
「お前こそ、魔界でサボってたんじゃないだろうな」
「僕だってやることあんの! ほら、『悪魔水』の試験とか」
「あれ、本当に信用できるのか? 特に飲んでも変化を感じられないんだが」
悪魔たちが秘密裏に開発している『悪魔水』は、飲む者によって何かしらの効果をもたらすのと、特殊な副作用を引き起こす。
「そりゃあ、僕たちはかなり成熟した悪魔だから、これは新人が飲むものなの」
「そうか。じゃあ、櫻井日菜には効果絶大だな」
「でも、妖精と悪魔で効果が違うからね。どっちに転がるかだけど」
レオンはこの『悪魔水』を完璧なものにし、日菜に飲ませて成長を促そうと目論んでいるのだ。
「他の悪魔には飲ませたのか?」
「うん。物凄い力を手に入れてた。だけど、そのうち暴走しちゃってさあ、仕方なく処分した」
「それは残念だ。幹部の顔ぶれが、少しは変わるかと期待したんだが」
もう何百年も、魔界とその悪魔は姿を変えていない。
「僕が嫌なのー? あ、それともスパイダーの方?」
「別に、どうでもいい」
「つまんないの。新人たちならこの前入ったじゃん」
魔界幹部は現在八名、ここから増える可能性も、減る可能性もある。
「あいつらは魔王様のお気に入りだから、生かしてもらえているだけだ」
「可愛い子たちなのに」
「いいから仕事に戻れ、俺は魔王様に報告してくる」
キラーとレオンは分かれ、それぞれの任務につくのだった。




