その02 子供の作り方
「結婚?」
「けっこん」
「結婚か……ちょっと待て」
カクタスの質問にメリアは少し考え込んだ。結婚を知らない? いや、知らなくてもおかしくはない。男爵家で虐げられて、満足な教育どころか常識すら教えられてこなかったのだ。
友達も知らなかった。では、家族は知っているのだろうか。
家族という概念を持たない場合、結婚を説明するのは困難だろう。
「カク、家族は知ってるかい?」
「おやこと、きょうだい?」
「そうだ。血のつ繋がっている関係が基本形になる」
そういえばカルマには家族が出てこないなとメリアは気付いた。家族のいるキャラクターは何人いたっけ? メインキャラの家族は追及されないし。
タウリヤ? 家族を毒殺したタウリヤくらいか?
「両親と、そこから生まれた子供たちが一つの家で協力して生活するものを家族と呼ぶが、両親の両親や子の子なども含めて、血縁関係をまとめて呼ぶ場合もある。
家族というグループは『一つの家に集まって、お互いに助け合う集団』であると同時に、『血縁関係のある人々をひとまとめにしたもの』も意味する。
ここまではわかるかい?」
カクタスはゆっくり頷いた。頭の中でかみ砕いているのだろう。
「しかし、血の繋がっていない者が家族内に必ずある。わかるかい?」
「…………?」
カクタスは頭を振り、しかしちょっとだけ首をひねった。反射的に知らないものと思ったが、考えてみる気になったのだ。
メリアは笑顔を作って待つことにした。考える習慣が付くのは良いことだ。多くの場合、大人は早く答えを出したがる。子供が必死に思考を巡らせて、答えを導くまでが待ち切れない。
カクタスが何か閃いた顔を上げた。
「……! いぬ」
「夫婦さ」
もちろん、ただでさえせっかちなメリアが待てるはずもなかった。
「ふうふ?」
「きょうだいのように血の繋がった関係では子供は作れない。だから必ず、夫婦は血縁者ではない。
で、話を戻すと。血縁ではない誰かを家族に迎え入れる儀式を結婚というのさ」
カクタスはぼうっと中空を眺めた後、得心行ったらしく強く頷いた。
「ぼく、けっこんした?」
「んんん?」
どういう論理飛躍なのか、メリアは思考停止を余儀なくされた。
「ああ………なるほど。いや、結婚は大人の男女が新しい家族を作るために行う。
それにうちの連中は家族じゃない。雇い主と使用人の関係だ」
「…………」
カクタスが静かに瞬きした。内容を理解しようとしているのだ。
「おとな……こども……こどもは、こどもがつくれないから?」
「そうだ」
「こども、どうやってつくるの?」
「…………あー」
これは難問だった。メリアだって知らないわけではないが、実際に作ったことがあるわけではない。
というか、これに関しては困ったことにカクタスの方がよく知っているはずだ。
「興味があるのはいいことだが、これは大人になるまで教えられない。
いいか? 子供を作るには母親側の肉体に強い負荷がかかる。長期間に渡り体調を崩すし、出産には激しい苦痛と痛みを伴う。運が悪ければ生命も落とす」
苦し紛れのメリアの脅しに青ざめるカクタス。嘘は言っていない。
「大人になったら教えてやるよ」
もちろん、多くの場合は大人が教えるまでもなく勝手に知ってしまうものであるが。
カクタスはもう一度考え込んだ。結婚と家族について納得してくれると助かる。というか、子供の作り方についてはもう言及をしないで欲しいとメリアは切に願っていた。よく知らないし。
「どうして、けっこんするの?」
「また難しいことを言うねぇ」
それは愛だろうとメリアは考える。好きな相手と所帯を持ち、子供を作る事の幸福。
メリアの知らない幸せ。
「…………」
世間を見渡すと、自由恋愛の上での結婚は珍しい方だろう。
多くの農村では同年代の村の男女を結婚させ、土地を分けていく。そうしないと後継者がいなくなり村が立ち行かなくなるからだ。
貴族間では政治的理由からの結婚が多い。婚姻によって友好関係を結び、横の繋がりを広げていく。
貴族に関しては本当にがんじがらめで、上役からの命令や隣接する領土との友好関係なども絡む。むしろ政略結婚ができないということは、周りから見放され、もう手の付けようがない没落状態を意味してしまう。
自由恋愛が許されるのはしがらみに縛られない自由民だけだ。町の住人でも、周囲との折衝から結婚を決めることが多い。
特に職人や商人など、お得意様に媚びるため婚姻関係を結ぶことすらある。
結婚とはなんなのか、なぜ結婚をするのか。
それは、メリアにも分からない。
「少なくとも物語の中の結婚は、愛と希望のために行われる。未来への展望と幸せが約束されているものだ
愛する人と共に人生を歩む。それはとても素晴らしいことなんだよ」
メリアは結婚をしなかった。メリルにもきっと結婚はさせないで終わるだろう。
メリアの愛する人はカルミノ会長。つまりカルマのモデルになった人物だ。
愛する人と結ばれなくても、悪くない人生だったとメリアは言える。結婚をして子供がいたら違う幸せもあったかもしれない。
しかし愛を、報われなくとも一人に捧げた人生の素晴らしさを、赤の他人に否定されたくない。
あの人もきっとそうだろう。
『虚無守り』と人間では子供が生まれることはない。それでも添い遂げると決めたのだ。百年にも満たない短い時間だけれど、『姫』の心に温かいものを残せると信じて。
「あい?」
「好きって気持ちだな」
「メリアさん、すき」
間髪を入れずにカクタスが言った。
メリアは虚を突かれたが、すぐに破顔した。
もしかして、もしかしたら、アタシの人生は思った以上に悪くないものなのかもしれない。
だってそうだろう?
血は繋がっていないかもしれないけれど、こんなにも可愛い子ができたのだから。




