その20 別れの時とことの終わり
カルマたちも想定外の儲けがあった。龍鱗の穂先をそのままカースにプレゼントしても差し支えのない程であった。
「ほな、ウチはエマの様子を見に行かんとな」
「商品の仕入れはできていないし、僕らは大回りに仕入れをしながら行商を続けるつもりだ。可能な限りこちらにもまた顔を出すつもりだよ」
「…………なぜじゃ?」
別れの時が近付いていた。
村人たちを埋葬し、もはやゴーレムしか残らないこの広く静かな遺跡に、姫君はただ一人残ることになる。
であるのならば、カルマにできるのは彼女がさみしくないように、可能な限り何度も顔を見せることだ。
この村に残ることは難しいが、それくらいならばできるだろう。
「こんな淋しい場所にどんな用事が?」
「え……それは、ええとお姫様が……」
心配だとか言ったらプライドを傷つけそうで口ごもるカルマ。
「姫君、何かご入用のものがあれば次までに調達して来ますよ」
「?」
なので代わりにメリルが尋ねた。
衣類も装飾品も、黒革の眼帯も身に着けて、姫の姿は完全に貴人だ。この虚ろな遺跡で悠久の時を備え続ける、悲しく淋しい無人の王。
「む? 言っておらなんだか? 妾はこの国の皇帝と取引して、この場の守護を約束したと」
「聞いたよね」「言うとったなぁ」「聞きましたね」
「反故にされたからには店じまいじゃが?」
「え?」「え?」「え?」
つまり、リカコーに出現するかもしれない邪神の眷族への対処はもう行わないということだ。カルマとメリルの顎が落ちる。キャロルはギリギリで間抜け面は晒さなかったが、それでも開いた口がふさがらない。
「遺跡の機械も一時停止し、入り口も閉じるぞ。ゴーレムの二、三体は連れ歩きたいんじゃが、流石に目立ち過ぎるかのう」
「……ないない」
「じゃな。やめておこう」
姫君はあ然としたカルマとメリルを見て満足そうに頷いた。
「なに、百年もせずに戻るつもりじゃ。この村の新たな住人を集めてな。
ゴーレムどもは自動索敵状態にしておく、麓に被害が出ることはないじゃろ。メンテナンスも五年に一度程度で問題ないぞ」
「…………あれ?」
「もしや姫君、付いてくるつもりですか?」
「あん……? あー、あ〜あ〜〜……」
噛み合っていないことに、ようやくお互い気が付く。姫は白い頬を赤く染めて視線を泳がせた。
「妾の真名を教えたであろ? あれは配偶者にしか教えんのじゃ…………そなたの求婚に応えた。
であるならば妾はカルマ・ノーディ、そなたの妻として寄り添うつもりじゃったのであるが?」
妻、求婚。カルマとメリルは頭が真っ白になっていた。いつの間にかそんな話になっていたの?
「カルマさん……口説いたならちゃんと責任を取って下さい。姫君に失礼ですよ」
「あかん、カルマ。あかんでぇ」
「待って待って、誤解を招く言い方はやめて。僕はいつでも真剣だし、きちんと誠意を込めて口説いているから……!」
そこまで言ってカルマは少し考え込んだ。姫君に求婚したつもりはなかった。いや、どこかで誤解されるような何かがあったのか……?
「あ!」
「あ?」
「『僕が死んだら左目をどうぞ』か!」
「『最期を看取って欲しい』という熱烈極まるプロポーズじゃろ? 年甲斐もなくキュンときたんじゃが……じゃが…………」
半眼で睨む姫君、行商であるカルマの左目をということは、ずっと傍にいて欲しいという意味に他ならない。
リップサービスでなければ。
「ああ〜…………なんじゃなんじゃ、本気にした妾が阿呆じゃったか……いや、すまん。忘れてくれ……恥ずかしい、恥ずかしすぎる。ここ五百年で一番じゃ。
いや、すまん……その、なんだ? 助けに来てくれた時にも少しその、ええと。とにかくすまん」
しゃがみ込んで顔を隠す姫君。メリルはカルマの脇腹を小突いた。アガスが後ろから肩を殴る。キャロルは斜め下から一睨み。
「姫君、その……僕はキャロル以上に後悔ばっかりでウジウジ悩んでいて、将来の展望もなく道に迷うばかりの愚かで面倒くさい男で……うぐっ、キャロル後にして」
「よく聞こえんなぁ。声も器も小ちゃいんちゃうん?」
かかとでつま先を踏みにじりながらキャロル。ついつい軽口を挟んでしまったことを後悔しながら、カルマは涙目でつづける。
「とにかく駄目な奴なんです。そんな僕でも付いてきてくださるんでしょうか」
顔を覆った指の間から、明るいオレンジの瞳が覗く。自分と目を、命を共有した姫君。
彼女が真に求めているのはそんな言葉ではない。なぜなら、姫はすでに答えを伝えてくれているではないか。
こうなっては後はカルマ次第。
「違うね」
カルマはメリルを見た。立ち止まっていた自分の足を進めてくれる少年を。
カルマはアガスを見た。友としてずっと見守ってくれた相棒を。
カルマはキャロルを見た。同じように過去に縛られていたもう一人の自分を。
「お約束通り、ちょっとはマシな連中をお見せしますよ。
それに、世界がどれだけ面白くて、珍しいものがたくさんあって、生きていくのがどれほど素敵か、僕に案内させてください」
カルマは姫の手を取り、接吻して、その手を左目に寄せた。
「確かに」
姫はカルマの頬を撫で、薔薇が咲くように微笑んだ。
「ちょいとばかりじれったい奴ではあるが、妾は待つのには慣れている。なにしろ時間だけならヒトよりあるからのぅ。
不束な奴じゃが、飽きるまでは見ていてやろう」
「この生命が尽きる時まで、退屈はさせないとお約束いたしますよ」
「それは楽しみじゃな」
「結婚式はどうします? うわ、忙しくなるなあ。誰を呼んでどこでやります? やっぱりオットー村ですかね」
「ちょい待ち、メリルはん。オットー村ってなんなん?」
「あのオットーの故郷だ。カルマが復興した」
「はぇっ? なんなん? カルマはホンマ人の心ってもんが溢れとるわぁ。
ウチも同じ『戦闘魔術師団』の仲間やのに、ウチだけ仲間ハズレにしとったんね……? イケズやわぉ……ウチとのコトは遊びやったん……?」
「キャロル、誤解を招く言い方はやめろ! そういう流れじゃないだろ!」
「おっおっ! なんじゃいきなり愁嘆場か? 修羅場か? さっそく楽しませてくれるのぅ!」
かくして、カルマ・ノーディと姫君の物語は幕を開けた。
カルマとキャロルは前に進む。いずれ来る最後の時まで、もう足を止めることはないだろう。お姫様を仲間に加えて、カルマはまだまだ旅をする。
となれば、すぐにでも事件や難問にぶつかるだろう。その時にはお目にかかれることを祈って、ごきげんよう!
【冒険商人カルマ・ノーディ 第五巻 カルマ・ノーディと宵闇の姫君 完】
少し時間をいただきます。
再開は4/28月曜日からの予定です。




