その18 後悔と展望
「それで、その女はどうするんだ?」
魔法による治療を受けながらリディオが尋ねた。両腕と背中にひどい火傷を負い、自慢の金髪も焼け焦げてひどい有様。それでもなんとか息があるタウリヤ。
現在、延命のために応急処置を受けているを
「手加減したんですかカルマさん?」
「まさか、そんな余裕はなかったよ。殺さないで済むように祈ったけどさ」
とりあえず手拭いで右目を覆ったカルマ。その答えに、メリルとアガスが瞠目する。けれど、詳しく追求はしない。ただ二人で視線を交わし、微笑み合うだけ。
「なんだい?」
「いいえ〜…………でも、どうやってたのかゴーレムを動かせていましたよね。目を覚ましてまたやられたら困りません?」
「よい、そ奴はもはや無害じゃ」
霊魂たちとの別れを終えた姫君が会話に参加した。目元が赤い。先ほどまで泣いていたのだ。
「なんでですか?」
「その女がゴーレムの起動に成功したのは、妾の眼球を持っていたからじゃ。それももう燃えてしもうた」
「え」
エマやキャロルが侵入しようと試みていたコントロールパネルは、瞳をスキャンして認証する。
タウリヤが姫の目を奪ったのは『虚無守り』の視線の魔法を警戒したからであったのだが、戦利品として飾っていたものを、体の一部を使えば認証できるかもしれないと考えて持ち出していたのである。
そして、最終的に姫の両目はカルマの『爆破』で消失していた。
「もしかして……僕の魔法で腕ごと?」
「そうじゃ。責任取れなどとは言わぬぞ? これだけで十分じゃ」
己の右目を叩く姫君、その照れたような笑顔にカルマはドキリとさせられた。
「魔術的に移植できるなら、その女の目を貰うことはできないのか?」
「え、嫌じゃ」
タウリヤの奪ったものを取り返すという意味で、ダウリヤの目を回収するのは悪い選択肢ではないように思える。
しかし、当の姫が嫌悪感丸出しで頭を振る。
「こんな女の一部が妾に入るなど反吐が出るわい。お主ら、人食い虎を食いたいか?」
「え、やですよ」「人間食ってる獣はたべたくないな……」「ごめんなさい」
想像してドン引きするメリルやミハエル。彼らは何も考えずに返答したが、しかし、ここにはもう一つの意味も含まれる。
姫自身が『ヒトを食うバケモノ』なのだということ。
「姫君、僕の左目でよければいかがですか?」
「…………そんな事をしたら貴様はどうする?」
「僕が死んだら持っていって下さいよ」
それ故に姫は、バケモノであるという自己認識故に。他人からも死者からも、誰からも左目を頂こうとはしなかった。
本人からの許しがあっても。
「……………………考えておく」
「タウリヤはウチが適当に処理しとくさかい」
「どうするのさ」
「大公閣下の所で仕事したことあるんよ」
キャロルに任せれば、タウリヤは帝国の法で裁いて貰えるだろう。カルマは頷いた。
「まあ、僕は上位龍と取引してるけどね。
それよりカースさんに貸した龍鱗の穂先だけど」
「貸しにしといてくれひん?」
日緋色金相手に何度も叩き付けた龍鱗の穂先は、所々欠けたり刃こぼれしていた。
通常の金属とは違うので、気軽に研ぎ直すこともできない。
「ええ〜? 稼いでるだろ。金貨六十枚での買い取りくらい安いもんだろ?」
「け、ケヒャ!? 五十って!?」
階段で借りた時は五十枚だった。
しかし、『オリハルコンのゴーレムを倒した』という箔が付いたと考えると、割高になるのも仕方ない。
買い手は、その手の逸話を大事にする。
「冗談だよ。エマさんの治療にいくらかかるか分からないんだろ? いつでもいいさ」
「あらまあカルマったらほんに優しいなぁ……こんなん、惚れてまうやろ」
「キャロルに性格をとやかく言われたく無いんだけど?」
和気あいあいとした昔馴染みに、アガスが微笑んで頷く。キャロルの嫌味はいつものことだ。
「妾の方から何かしら金目の物を渡せればよいのじゃが……連中に略奪されて何がどうなっておるのやら」
「ホンマにありがたい申し出どす。せやけど、えろうすいません。それを頂く訳にはいきまへん」
「なぜじゃ?」
キャロルは申し訳なさそうに目を伏せ、少し呼吸を整えた後にこう答えた。
「ウチらがおらんかったら、タウリヤはここまで無茶をせえへんかったやもしれへん」
「それは結果論じゃ」
姫はキャロルの後悔を笑い飛ばした。
「人生に正解はない。後悔しかない。なぜなら今のお主は過去のお主よりも確実に多くを学んでいるからじゃ。
その時どれだけ悩み、最善と信じる道を選んだとて、後々思い返せばより良い答えが必ずある。それは結果を知り学んだが故の後知恵じゃよ」
「お姫さんは、後悔せぇへんの?」
「後悔ばかりじゃよ。妾が素直に捕まらんで抵抗しておったら、ここまでの事態にはならんかった……」
村人たちを人質にされ、姫君は抵抗せずに縛に付いた。自分が拷問を受けることはあっても、村人たちが殺されることは想定していなかった。
キャロルや姫君は理性的な倫理と道義を勝手に信じた。だが、タウリヤはそんな曖昧で不確かな何もかもを嘲笑い無視できるケダモノだったということだ。
「後悔するなどは言わぬ、しかし、後悔にばかり囚われてはならぬ。お主ら定命の人生は短い。過去に囚われてばかりではつまらんぞ?」
「かなんなぁ……」
長命種ならではの言葉に、キャロルは苦笑いで返した。
正論であるが、同時に暴論でもあると感じた。そんな簡単に割り切れるなら、どれだけ楽になれるだろうか。
「カルマ、この後付き合え」
「…………何をです?」
「埋葬とモノ漁りじゃ。お主らと、そやつらと、あちらの二人も、ただ働きでは割に合わんじゃろ?」
願ってもない言葉であった。そして、死者の埋葬と浄化はせねばならないと思っていた所である。
「埋葬なら手伝います」「ケヒャ、任せてくだせぇ」
人の好いリディオとカースが一も二もなく立候補する。ミハエルは大仰にため息を吐いた。
「オレは肉体労働向いてねぇんだよ、霊魂もみんな成仏しちまったし……いや、墓掘りが嫌ってんじゃないけどな……」
そもそもミハエルは墓守が本業だった。おそらくこの面子で穴掘りに最も慣れている。
手数が揃ったのを見て、姫君は満足そうに頷いた。
「そうじゃカルマ、一つお主に言っておかねばな」
「はいはい、何でもお申し付け下さい。姫君のためならこのカルマ、たとえ火の中水の中」
仰々しく一礼するカルマの耳に、姫君は赤い唇を寄せた。
「貴様にだけは教えておく、妾の名は…………」




