その17 決着と別れ
開いた天井から、揺らめく炎の翼を背に負ったカルマが飛び込んでくる。
その腕には黒髪の乙女。何者なのか、タウリヤだけが知っていた。
「『 止 ま れ 』」
響き渡る厳かな声。
黒髪の姫君の静かな命令で、オリハルコンゴーレムたちの動きがピタリと止まる。
「バケモノめ! 男を誑かしましたわね!!」
「まさか、妾が誑かされた側じゃぞ」
「アバズレめ……!」
タウリヤの金切り声に、姫が不満げに答える。その右目があることに気が付いて、タウリヤは憎々しげに吐き捨てた。
「タウリヤさん、もうやめよう。これ以上は無駄だ。大人しく降参したら悪いようにはしない」
「何を……ふざけたことをおっしゃっているの?」
カルマの降伏勧告に、タウリヤは憤怒の表情で応えた。受け入れられない。理解していても、プライドが許さない。
だからせめて一矢でも報いるために、剣をメリルに振り下ろす。
「ダメか」
カルマの冷たい声。彼の弾いた指から火花の糸が空中を疾る。
タウリヤの腕が爆発する。それでも、悪鬼の表情で剣から手を離さないタウリヤ。
「あがああぁぁ!!? この私を! 誰だと!!」
「残念だよ」
続いてタウリヤの背が爆発する。ドレスが爆散し、白い背中が焼け焦げる。
「ぐぎやああぁぁぁぁぁッッッ!!!」
燃え上がる巻き毛。絶叫し、白目を剥きながら倒れ込むタウリヤ。その肉体は『盾』の魔法で空中に停止した。
倒れ込んだダウリヤで、メリルが傷付かないように
「カルマさん!」
「メリルくん、怪我は!?」
床に降り立つカルマ、メリルは体の痛みなど忘れて顔面蒼白になった。抱きかかえられていた黒髪の姫君が床に降りる。悲しげに周辺を見る姫君。
自分の場所が、世界を守るために存在していたはずの空間が、タウリヤという女の悪意によって蹂躙されたのだ。悲しくもあろうというものだ。
「か、かか、カルマさん…………め、めめ…………!」
「め……? 今回はちゃんとメリルくんって呼んだよね?」
「そうじゃなくて、右目が!」
カルマの右目には醜く深い傷が出来ていた。見る者が思わず目をそらしたくなるようなその傷は、姫君の目の傷をそのまま移し替えたような傷だった。
「あげちゃった」
「あげちゃったって……そんな気楽に……」
メリルはカルマと姫君を見比べた。深く傷付いて居るはずなのに、晴れやかな表情のカルマ。肉体の傷など少しも痛くないかのように。
そして、初めて見る相手なのに、間違いなく見覚えのある目。明るくていつでも色んなことに興味津々で、茶目っ気のあるオレンジの目をした姫君。
姫は、その目を憂いに溢れさせ、周辺に群がる霊魂たちを見つめていた。
「愚かな……なんとまあ浅はかな連中よ……」
彼女の指は半透明の霊魂たちに触れることができない。姫は苦しみと悲しみに満ちた声を絞り出す事しかできないのだ。
「妾のようなバケモノなんぞに義理立てせずに、さっさと逃げれば良かったものを……短い生命を無駄にしおって……本当に、本当に……」
「あー、ええと……彼らの声、聞こえてますかい?」
頭を掻きながらやってきたミハエルに、姫君は小さく頷いた。
「大丈夫じゃご同輩、妾はこやつらを呼ぶ権能こそ無いが、こやつらの声は聞こえておる……」
「いやその……俺ぁ先祖返りだから『虚無守り』じゃなくていわばその模造品に過ぎねぇんだけどさ……」
気恥ずかしそうにモゴモゴと呟くミハエル。ほとんど見かけない為に見過ごされているが、ミハエルの能力は一般的な未練清算人に比べても卓越していた。
それはミハエルが『虚無守り』に関わる血筋であるがためだ。
『虚無守り』は人間と子を作ることは出来ない。しかし、霊的存在であるため、力の一部を貸与することは可能である。
例えば、カルマが右目を与えたのとは逆に、ミハエルの祖先は『虚無守り』から肉体の一部を与えられたのだろう。
このような先祖返り的能力者はしばしば『取替子』と呼ばれ忌み嫌われるか、現人神の英雄として『半神』と崇められるかの二択となる。
ミハエル・クロウラは前者として生まれ育ち、後者として生きる定めの星の下にある。
「莫迦者……妾はお主らとは生物としての格が違うのじゃぞ……目ぐらいなんじゃ……お主らなんぞ体ごと…………生命そのものを…………」
ミハエルがフードで顔を隠して距離を取った。姫君の周囲に集まる霊魂たちの姿が、次々とほどけるように空中に掻き消えていく。未練が果たされ成仏しているのだ。
この村の人々の、タウリヤによってむごたらしく拷問死した無辜の民の望みは、復讐ではなかったということだ。彼らは自分たちの姫の無事を確認すると、速やかに別れを告げては消えていった。
生命を失ったものが、現世に残り続けることは世界の理に反する。邪神に目をつけられ、悪霊化する事も少なくない。
姫君が次々に名前を呼ぶ。村人たちは触れられないながらも手を握ったり抱擁したりしては、消えていく。
カルマたちは静かにそれを見つめていた。
床に打ち捨てられた機械の残骸に、駆け寄る影が二つ。
残骸は人間の上半身の形に酷似していた。機械でできた人形のようだ。しかし、その人形からは個性というものが削ぎ落とされていた。顔面はつるりとした金属の面であり、肉体的にも中肉中背でどこにでも居そうな体付きだった。
「…………エマ」
駆け寄ったのは紫蘇色の髪の美女キャロル。褐色の肌に気の強そうな顔立ちだが、いつもの余裕はどこにもない。
目に涙を浮かべて、破損した機械人形の頭部を悲しげに撫でる。
『はいお嬢様、お呼びでしょうか』
「エマ!?」
不自然にエコーのかかった声が反応し、キャロルは口元を押さえた。
『ご心配をお掛けしました。この通り、当機は全くの健在です』
「このアホ! 冗談も大概にしぃ! どこが……どこが健在なんよ……!」
『おやめください、おやめください……ここで無茶をすると本当に機能停止してしまいます』
涙をポロポロと零しながらガクガクと揺するキャロルに、エマは少し慌てたように応えた。
『申し訳ありませんでした。機能停止の振りをして機を伺っておりました。お嬢様まで欺くことになったのは当機の失態にございます』
「アホ、イケズ……死んでもうたかと思ったんよ……」
『お許し下さい』
「ええよ……その代わり、一つだけお願い聞いてくれへん?」
『なんでございましょう』
「名前……変えて構わへん? 『エマ』は、のうなった友達の名前やったんよ……」
エマは少し黙り込んだ。不安そうに顔を撫でるキャロル。少しだけ躊躇した後に、エマは返事をした。
『お断り致します』
「え」
『お嬢様が遺跡の残骸に埋もれていた当機を掘り出して下さった事には感謝しております。
しかし、名称『エマ』は当機にとって最も重要な人物から最初に頂いた、いわば宝物にございます。それを奪う権利は、何人にもございません』
完全な拒絶にキャロルが言葉をなくす。エマは冷たい調子でこう続ける。
『ただし、追加で頂けるのであれば喜んで拝領致します」
キャロルは泣き笑いのような表情で、言葉もなくエマを抱きしめた。
そんな二人から少し離れた場所で、カースは滂沱の涙を流しながら鼻をすすっていた。




