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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【冒険商人 カルマ・ノーディ】  第五巻

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その06 クレイジークライマーとモヒカン男



「…………これは、早まったかなぁ?」


 はめ殺しの窓を熱で綺麗に切り抜いたカルマは、胴体にロープを巻き付けて寒風吹き荒れる断崖絶壁に張り付いていた。

 ロープの端は家具に括り付けて、さらにアガスが握っている。


 外はもう薄暗く、宵闇迫る風景の端々では靄のような何かが(うごめ)いている。邪神の眷族(けんぞく)の類であろう。願わくば飛ぶタイプの怪物(ホラー)が現れませんように。

 カルマは『保護』の魔法により吹き下ろす風の身を切るような寒さからは守られていた。しかし、風の勢いまでは防げない。絶壁は極めて危険だった。


「外から見ると、明かりのある窓が丸わかりだけど……」


 明かりは同じ階層と上の階層が多く、下にはほとんどない。二階層下など明かりがあるのは一部屋だけだ。

 下は目のくらむような高さ、暗くて崖下が見えにくいせいで、底なしの奈落にすら思える。


 上は明るく人の気配は感じるものの、壁に張り付いていては全貌が把握できない。

 こういう時、『島龍ファンガーロッツ』の魔法使いならば『飛ぶ目』や『風除け』が使えるので便利なのだが、ないものねだりしても仕方がない。


「下を見に行く、ロープ頼んだよ!」

「お気を付けて!」


 風が強すぎて叫ばないとお互い何も聞こえない。つまり、この先の意思疎通は困難になる。

 カルマはロープを伝って着実に下の階層に降りた。窓は外壁よりもわずかに内側にある。つまり足場になるということだ。一階層下がるには、おおよそ5メルト、隣の窓までは6メルトもある。強い風に煽られながら、カルマは汗をかきつつ移動した。


「これは……二度とやりたくないなぁ!」


 ようやく明かりの灯る窓まであと二部屋という所で、メリルたちの残る部屋に異変が起きた。






「どうなされました?」

「ケヒャヒャヒャヒャ、タウリヤ様からここの連中の『処理』を任されたのさァ」


 ドアの前には武装した若い見張り。残念ながら、どれ程耳を澄ましても中の会話は聞こえない。この遺跡の防音性能は異様に高い。お陰で、悲鳴を聞かないで済むのだが。

 まだあどけなさすら残る見張りは、訪れた男に怯えに似た視線を向けた。


 痩せぎすで猫背のその男は、攻撃的にトゲの生えた革鎧を威嚇(いかく)的に身にまとい、長い舌でよく研いだナイフを舐めていた。

 側頭部を剃り上げ、頂頭部から後頭部にかけてオレンジに染めた髪をトサカのように固めて逆立てている。顔面には奇妙な入れ墨があり、危険で何をするか分からない様相であった。


「ケヒャー! 安心しろよォ、ゴミは外に投げ捨てるから部屋の掃除はいらねェ、獣がどうにかしてくれるぜェ」

「ひいっ」


 怯える見張りを押しのけて、モヒカン男はノックもせずに部屋に押し入った。

 突然の闖入(ちんにゅう)者に、身を乗り出して窓の外を見ていたメリルが青くなって振り返る。


「あ! あの、これはその! 外がどうなっているか気になりまして!!」

「ケヒャ?」


 素早く後ろ手にドアを閉めるモヒカン男、そこに身体にロープを巻き付けて待機していたアガスが巨体に似合わぬ速さで滑るように近付いた。

 喉を狙って突き出された杖、的確な一撃えモヒカンは青ざめながら回避した。続いて容赦なく振り下ろされる杖を、さっきまで舐めていたナイフでぎりぎり受け止める。


 アガスはさらに踏み込みながら石突で顎を突き上げ、右手を捻って杖に絡んだ鎖を解く。変幻自在の分銅鎖が自由になる。

 顎への一撃までは防ぎきれず、それでも直撃を避けたモヒカン、肉を抉られながらも後ろ手で腰に刺した武器を引き抜く。獣の鉤爪のように湾曲(わんきょく)した三本のナイフ。


「ケヒャァ! 飛びかかれチーター!」


 『飛ぶ剣』の魔法により、踊るように回転、別方向からアガスを狙う三本のナイフ。金色の光がナイフの直撃を防ぐ、『盾』の魔法だ。


「待って待って! 二人とも止まってください!」

「ケヒャ!?」


 二人の魔法戦士が互いを強敵と認め、必殺の攻撃を放つその直前に、メリルの悲鳴が割って入った。

 アガスとモヒカン男はお互いを認める。顔見知りだ。『飛ぶ剣』が止まる。この魔法は自動操作ではないため、攻撃の意思を失えば即座に停止するのだ。


「ケヒャァ……メリルの坊っちゃんじゃねえですかい。そうすっとそちらのでっかいのはアガスの旦那で?」

「カスさん、お久しぶりです」

「カースでやんす…………こりゃヤベぇ」


 モヒカン男カース。キャロル率いるもう一つの『ノーディ商会』の一員である。

 数年前、カルマたちと彼らはゴブリンの王国でぶつかり合い、その時はキャロル側が勝利を収めた。


 極力誰の血も流さずに物事を収めようとする平和主義のカルマと。

 強大な武威と最低限の犠牲で戦意を奪おうと考える戦術商人キャロル。


 両者の思想は対立していた。そして、カースがここに居るということは。


「この村を占拠しているのは、キャロルさんたちですか?」

「け、ケヒャ……」


 尻尾を巻いて逃げようとするカースの腕を、アガスがむんずと掴んだ。

 魔法も合わせた戦闘では決着がついていないが、掴み合いの距離では体格差も技術も合わせてカースには勝ち目がない。


「村の人たちをどうしたんです? それと、僕たちをどうするつもりだったんです?」

「ケヒャぁ……」


 詰め寄るメリルに、カースは目を泳がせて黙り込んだ。


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