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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【冒険商人 カルマ・ノーディ】  第五巻

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その02 帽子と遺跡



「山岳民、エルフ、灰色巨人に加えてドワーフとの交易も可能なら、扱える品物もぐん増えますね」

「そうは言ってもね、メリーくん。ドワーフたちとは帝国も友好的だ。特別目新しいものはないかもしれないよ」

「メリルです。もう十六なんですよ? いい大人なんですから子供っぽい呼び方はやめてください」


 三人の旅人と年老いた馬の引いた荷馬車が、真夏であるのに雪の残る山道を進んでいく。

 (ふもと)の町でこのリカコー山脈にドワーフと人間の集落があると聞き付けたカルマたちは、意気揚々と山を登っていた。


 山道は急であったが、驚くほどに整えられていた。道幅は広く、馬車の邪魔になるような石なども少ない。この先の集落と下の町で頻繁に交易を行っている証拠だ。

 亜人の中でも、ドワーフは人間と関わりが深い。ドワーフは『硫黄と真鍮のブラサルファ』の眷族(けんぞく)であり、ものづくりに深く携わる。


 ここでいうものづくりとは、金属加工や木工石工だけでなく、橋や建物、宝飾や子供のおもちゃに至るまで、何でも作る。

 ドワーフは身長150セルト以下の小人で、体付きはタルの様だと言われる。筋肉質ながら脂肪もしっかりとついた短躯は、ずんどう型のシルエットを描く。男は長く豊かな顎髭を、女は毛髪を大事にし、整えることはあってもほとんど切らない。


 頑固で気難しい印象があるが、それは職人の性質であってドワーフのものではない。多くのドワーフは酒と踊りと歌とものづくりが大好きな気のいい連中だ。

 ドワーフ製の製品は細やかで美しいながらも、頑丈で長持ちするとされている。どこへ行っても人気があった。


「しかし、ドワーフは遺跡から物を発掘して直すよりも、自分らで作る方を好むと思っていたんですが、ここは違うんですかね」

「勉強家だねメリーくん、いい着眼点だ」

「メリルです」


 メリルのツッコミを無視してカルマはにこやかに続ける。


「考え方を変えてみよう。ここの遺跡から出てくるのは古代の魔法機械じゃないかもしれない」

「ドワーフの喜ぶもの……希少な金属とか?」


 エルフの神聖銀(ミスリル)に並び、ドワーフの日緋色金(オリハルコン)は有名である。

 ドワーフの技術でしか加工できない極めて希少な合金で、その調合比率は秘伝中の秘伝。武器にすれば鎧ごと敵を切り、盾にすれば龍の吐息すら防ぎ、鍋にすれば絶対に焦げ付かずお手入れ楽々、老いも若きも男女問わずで大人気の品物なのだ。


「鍋なんかにするんですか?」

「平和な時代だからね、馬鹿にできない需要があるんだよこれが」


 とはいえ、世の中の流れはあまり良い方向に向いていないとカルマは思う。

 行商をしていて、武具の需要が増えていると感じていた。


 邪神崇拝が横行していることもあるが、野盗化した敗残兵が勢力を増し、武装集団として町を襲う事例もあるという。

 あまり好ましくない流れだとカルマは思う。


 山道は見晴らしがよく、周囲に人気はない。手荷物の多くはアガスが背負い、メリルは軽装だ。

 カルマは登山用の杖を片手に、反対の手では山高帽をもて遊ぶ。トレードマークの帽子もだいぶ色あせ、所々ほつれていた。


「カルマさん、服は変えますけど帽子は新調しないんですか?」


 伊達男を気取るカルマには、その帽子は少なからずくたびれていた。 

 先頭を歩いていたアガスが振り返る、カルマは彼に微笑みかけた。


「これは僕の戦友の作ったものでね、彼は帽子屋をやるのが夢だった」

「それは……」


 青くなって言い淀むメリル、大事な帽子だとは思っていたが、形見とは知らなんだ。


「今度さ、デザインが得意な人を探そうか。ノーディ商会帽子部門。クラシカルか山高帽もいいけれど、最新のデザインを僕がかぶれば宣伝にもなるんじゃないかな」


 笑い飛ばすカルマ。無言で深く頷くアガス。メリルは安堵(あんど)の吐息を漏らす。


 山道を登りながら、二人は帽子だけではなく他の新しい商売のことも話した。その一部は六龍歴1070年代現在でもノーディ商会に残っている。

 特に帽子は売れ筋で、この【カルマ・ノーディ】シリーズが始まってからはクラシカルスタイルの山高帽が大人気だ。


「あ、見えてきましたよ!」

「うわ、ありゃ凄いな」


 メリルが指差した灰色の断崖絶壁に、真四角の穴が等間隔に開いていた。明かり取りの窓か、それとも通気孔か、距離があるためサイズ感が分からない。だが、見上げるような高さに数え切れないほど並んでいる。

 通常の技術ではない、古代遺跡の一種だろう。


「あそこから外を見たら気持ちいいでしょうね」

「ええ〜、僕はごめん被るなあ」


 道はまったく別方向に進んでいく。距離は無くても高低差がありすぎるので、ほどほどの坂道を遠回りして行くしかないのだ。


「近いようで遠いな、まあまだ時間もあるし。メリーくんは大丈夫?」

「もう大人ですんで、この程度で山道は慣れたもの……あれ?」


 断崖の穴を見ていたメリルが、太陽の方向に目を凝らした。

 太陽を背にして、何か動いた気がする。しかし、逆光で何も見えない。


「何か飛んでくる……?」

「…………!」


 次の瞬間、アガスがメリルの頭を押さえ込んだ。無理やり地面に伏せさせられて、しかしメリルは太陽から迫るそれから目を逸らさない。

 巨大な翼、風を切る流線型のボディ。鋭い蹴爪と鉤爪。恐ろしい勢いで急降下してくる巨体の魔物。


「グリフォンだ!」


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