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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【カルマ・ノーディ の物語】  第四話

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その07 謎の女現る

「すいませ〜ん、メリアさんはいらっしゃいます?」

「…………っ」


 メリアの屋敷は山の中腹にある。そろそろ日も陰りはじめた蟻の半刻(午後五時)に、一組の男女が道を登ってきた。

 庭の掃除をしていたカクタスは困惑した。というか、知らない人への接し方を知らなかった。カクタスは言葉もなくぶるぶると震え、ホウキをぎゅっとすがりつくように握りしめた。


 男は背が高く、しかし猫背で、不健康に青白く痩せていた。伸ばしっぱなしの黒い蓬髪(ほうはつ)に無精ひげ、革製の手提げかばんを手にしている。

 年齢は分かりづらいが三十前後。身だしなみからしてだらしなく見えた。


 女は対照的で、若く背が低いものの姿勢が良く、驚くほどにパリッとしている。

 まだ幼さの残るそばかす顔、濃茶の髪を三つ編みにし、素朴だが健康的で不思議な魅力がある。コートに大きな背負い袋という出で立ち。


「ありゃあ……新顔かな? ぼくはメリアさんの主治医のラインなんだけど、知らない? 知らないよね、

 えへへ。ごめんね、どうしよう……?」


 後半部分は連れの女に向けた言葉だった。愛想笑いをする男に、女はニコリと微笑んだ。美人ではないが茶目っ気と素朴さの混じり合ったチャーミングな笑み。


「ありがとうございますライン先生、案内して頂けただけで十分ですよ」


 そしてその笑みを今度はカクタスに向ける。カクタスは小首を傾げた。どこかで見たことがある気がする?


「久しぶりです、ふわふわちゃん。私のこと憶えてない?」


 カクタスは警戒しながら(かぶり)を振った。見たことある気がする。その呼び方も憶えがある。でも、よく分からない。


「まあそうよね。ふわふわちゃんずっと寝てたし」

「ふわ……?」

「カルミノさんが付けたあだ名、それも憶えてない? カルミノさんは??」


 カクタスは首を振るしかない。どこかで聞いたような気もするが、まったく心当たりがない。

 怯えたような上目遣いのカクタスと、困る女。ライン先生は二人を見比べた後不審そうに女を見据えた。


「そのぉ、風向きも悪いですし、今日は出直しませんか? 宿でしたら良いところを紹介できますよぉ」


 ラインは自分よりも頭二つ小さい女に下手に出ながら、その痩せた体をカクタスと女の間に割り込ませる。

 女は医者の意図に気付き、両手を挙げて二歩下がった。


「そうですね、私も怯えさせるつもりはありませんでしたし、今日は失礼して日を改めさせていただきます。

 あ、先生。お宿ですけれど自警団でも衛視でも構いませんが、できればご飯と屋根は欲しいです」


 微笑みを絶やさずに女は続ける。こわい人っぽいと、カクタスは思った。そしてその直感は正しい。

 ラインはカクタスの態度から、女が不審者である可能性に気付いた。女自身、自分が怪しまれることに抵抗がない様子。衛兵に突き出されて、一晩牢屋に放り込まれることを許容していた。


 ラインは荒事は苦手なようで、カクタスをかばう位置に立ちながらもじっとりと汗をかいていた。対する女は涼しい顔。あまりにも肝が据わっている。

 なにか、このやり取りに憶えがある。カクタスは首をひねった。そしてすぐに思い出した。カルマとアルローだ。


 四巻の終盤で、カルマは犯人の騎士アルローに「すぐに潔白の証拠を見つけてきますので、それまでは我慢をして縛を受けては貰えませんか?」と提案するのだ。

 その時と逆だ。女は抵抗しないことで潔白を証明しようとしている。


「あっ、あの……」


 しかし、だからといってどう説明したらいいのかカクタスも分からない。

 まごつくカクタス。女は怖がらせない様にともう一歩下がり微笑む。ラインにはそれが逆に怪しく見える。


「何事ですか」


 玄関が開き、黒い肌の女スィが現れた。ラインとカクタスは揃って安堵(あんど)の息を吐き、女は救いの女神に目を輝かせる。

 状況をさっと見て、女秘書はツカツカと一同に歩み寄る。


「こんな時間にどうされました?」

「あ、ええとぉ」


 口ごもるライン『不審者を連れてきちゃったかも』とは言いづらい。


「はじめまして、デディ商会のものです……が、こちらも商会でしたね。ええと。連絡来てますよね?」

「何も来ていませんが?」


 女が営業スマイルで決まり口上を口にして、誤りに気付いて頭を掻いた。

 スィの目付きが厳しくなる。この女が商会を騙る不審者か、あるいは本当に商会の人間なのか判断が難しい。前に出ようとするスィを、ラインが手で制した。


「…………先生?」

「え? いやその……」

「はっきり仰ってください」

「え、えへ? 危険な方だと困るのでその……」


 スィが目を三角にした。


「あなたのように頼りない方に庇われる程弱くはありません。先生は医者なのですから、むしろ後ろにいてください」

「いやでも……ほらぁ、ぼくは男で年上だからぁ」


 スィは女に向けるよりも、百倍は剣呑な顔をラインに向けた。荒事が苦手でひ弱で頼りないラインに、前に立たれては困るのだ。

 その間に、女は背負っていた荷物を降ろして何かを取り出していた。


「カルミノさんから、ふわふわちゃんについての調査書です。本人は色々あって一週間後くらいに来ます…………ニセモノじゃないですよ?」


 差し出された書簡には、商会の蝋印が押されていた。スィは額を押さえた。つまり、この見知らぬ女は本当にカルミノ会長の使者ということ?

 事前連絡は……恐らくカクタスを紹介してきた偽口入屋が握り潰していたのだろう。


「失礼しました……歓迎します。私はスィ、メリア様の護衛をしております」

「イウノです、ああ良かった。久しぶりにちゃんとした場所で休めそう」





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