その06 あと一歩足りない
「で、俺の出番って訳か」
「お願いできますか」
頬に絆創膏を貼り付けた、浅黒い肌の少年ヘン。見た目通りやんちゃ者ながらも、大工手伝いをしつつメリアの屋敷の修繕や警備などにも尽力する働き者だ。
彼の仕事は番犬たちの世話と躾、そして何よりも『屋敷の快適化』である。
ヘンはただの犬の訓練士ではない。
カルマとも英雄領主リディオとも親しい山岳蛮族クジャン族の末裔だ。
その中でもヘンは特別な存在だ。
まだ十代前半の若さで、素晴らしい魔法使いなのである。
ヘンは毎朝毎晩メリアの部屋に魔法をかける。その『避難所』の魔法は過酷な環境から人々を守るためのものである。
指定した空間内の温度と湿度を一定に保ち、暖かく快適に過ごせるようにする。
昼夜の寒暖差の大きな砂漠や荒れ地で、極寒の雪山で、ありとあらゆる極限環境を生き抜くための生存魔法。
簡単な魔法ではない。『避難所』が扱えるということは『真紅の悪龍ライフレア』の基礎魔法を一通りマスターしているということである。
カルマ四巻ででてきた『鬼火』や『防熱』、屋敷周辺を守る結界魔法。そして当然もっと簡単な『加熱』や『保温』も。
屋敷の厨房と土間には大きな瓶があり、スィの朝一の仕事は汲んできた水を瓶に入れることである。ヘンはそこに魔法をかける。『加熱』と『保温』。おかげでメリアの屋敷ではいつでも熱いお湯が使えるのだ。
と言っても、もちろん分量がある。
だからコーは大事に使う。冬場の洗濯や洗い物を少しでも楽にするために、井戸水にお湯をさして刺すような冷たさではなくす程度に。
厨房の湯は、マルーよりもメリアがお茶を飲むのに使う。メリアは肉は食べないし食も細いが、水とお茶は大量に飲むのだ。
「…………?」
カクタスとスィが洗濯物を終えたのは蟻の刻(午後四時)になろうという時間だった。外は冷たい風が吹き始めている。
大工の下働きから戻ったヘンは、まず犬たちに食事を与える。その後、食後の運動をさせるのが通例だが、何か用事がある場合はその限りではない。
戻ったヘンは洗濯物を確認した。狭い部屋に紐で吊るされ、まだびしょびしょに濡れている。
「分かった、乾かしとく」
「???」
首をかしげるカクタスに、ヘンは不敵に笑って鼻の下をこすった。自慢げな顔。そして、実際に自慢していい技術だ。
「では、ここはヘンに任せてカクタスは掃除をお願いします」
「…………は、はい」
釈然としない顔のカクタスを連れてスィが部屋を出る。
「ヘンは魔法使いです。カルマと同じ炎の魔法を使います。
メリアさんの部屋が、暖炉がないのに暖かいのも、厨房にいつでもお湯があるのもヘンのおかげです」
スィの説明に目を輝かせるカクタス。魔法の存在は知っていても、実物は見たことがないのだろう。
オールガス帝国は魔法後進国である。南方シートランは魔法都市レインバックに近く、北方ハインラティアは亜人らとの繋がりが深い。
『聖冠教会』に属する司祭の操る『神聖言語』以外の魔法はあまり一般的ではなかった。
魔法が使えればそれだけで手に職があるも同然と扱われる。
ヘンは、オールガス帝国内ならどこででも仕事ができるほどの魔法使いだ。
しかし、それは帝国内の話。クジャン族の魔法使いとしては才能が足りない。
ヘンは狭い部屋に『避難所』をかけ、『鬼火』を飛びまわらせて洗濯物を温め乾かす。洗濯物から蒸発した水気は、『避難所』の『部屋を快適に保つ』効果で消える。
洗濯物が焦げないようにだけ気を使えば大した作業ではないというのがヘンの弁であるが、そう言えるのはヘンの実力故だ。
複数の魔法を維持しながら操れれば、一般的には一流だ。
しかし、クジャン族では様子が違う。
オスガール侵略戦争時にエルダードラゴン龍の女を失った一族は、彼女から伝えられた溶岩の魔法を遺すことを使命と考えていた。
溶岩の魔法、溶岩そのものを道具のかたちに固定化する『溶岩鋼』や溶岩の塊を召喚する『溶岩流』は、恐ろしく高度で、危険で、習熟も困難だ。
ヘンは普通の魔法を使うだけならば問題なしの才能があったが、溶岩の魔法は手に余ると判断された。
不憫だなと、スィは思う。しかし、そうでもしないと溶岩の魔法を次の世代に残せないのだ。
自分が両親から何の才能も受け継いで居ないことを考えると、胸に痛みが走る。継ぐべきものがある事は幸せか不幸せか、スィには判断が難しかった。
「あ……熱くない、火、も……?」
「カルマが使っていた『聖火』ですか? どうでしょうか。あれはかなり高位の魔法と聞きますし」
ヘンは屋敷に来てから魔法の訓練をしていない。恐らく使えないだろう。
「カクタス」
「…………」
名前を呼ばれて、カクタスは不安そうにスィを見上げた。コーに強く叱られたことで、自信を失っているのだろう。
スィは少しでも安心させるために彼の頭を撫でた。他にできることが分からないから。
「コーは言っていました。洗濯はダメでも、あなたに掃除ならば任せられる。
名誉挽回のチャンスです。彼女を見返してやりなさい」
カクタスはスィの言葉に力強く頷き、小首を傾げた。
「…………ばん、かい?」
「良いところを見せて、失敗を取り返す事です」
大丈夫だろうか、スィは少なからず心配になった。




