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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【カルマ・ノーディ の物語】  第四話

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その05 今からお客様ですって?


「コー、お願いがあります」


 肩を怒らせて屋敷に戻ったコーを出迎えたのはスィだった。長身で黒い肌の美人秘書は、コーが一人であることに気付き一瞬目を細めた。

 しかし、すぐに切り替える。冷たい視線と平坦な口調。コーはスィを尊敬していた。


「洗濯物を畳んだら、いくつか通常業務外の仕事を頼みたいのです。手が足りないならば私とカクタスをお使いなさい」

「分かりました。何をしますか?」


 疑問よりも仕事と効率を優先する態度にコーは心底好感を持っている。説明も端的で的確だ。コーにとってスィは理想の上司だった。

 そのため、仕事内容も確認せずに請け負う。スィならば無体は言うまい。


「メリアさんが好きな茶葉でお茶を淹れる。町まで行ってマルーを呼んで来て欲しい。そして飾る花などの用意。客間の片付け」

「これからお客様が?」


 メリアを苛立たせる類いの客が、突然来る事に決まったのか? コーは屋敷の状況を脳内で確認した。

 客間はいつも綺麗にしてある。庭先の掃除と一部の片付けは必要そうだ。それと問題はカクタスか。


「来ないと思いますが、メリアさんが落ち着かないので」


 コーから洗濯籠を受け取り、運びながらスィが続ける。


「カクタスの……何かありましたか?」

「後で言います、続けてください」


 眉根を寄せるコーにスィは気付いたようだった。カクタスの名前を聞きたくないが、仕事だからと割り切る。


「紹介業者は詐欺師で、カクタスは会長がメリアさんに頼んだ『客』でした」

「…………仕事をさせては、まずいですか?」


 大切なお客様を怒鳴りつけ、泣きべそをかかせて、汚れ仕事をさせる。もしかして失敗していたのでは? コーは青ざめた。仕事の失敗が、コーにはなにより苦痛だった。


「いいえ、客だったとしても日常生活を理解させるために家事分担をしたでしょう。問題ありません。

 問題は、会長が気まぐれにふらっと来るかもしれないという点です」


 コーはさらに青く、青を通り越して白くなった。メリアは会長に心酔している。会長が来るなら家は万全で迎えたいし、料理は会長の好みで揃えたい。

 そうなると普段より数段上の掃除を求められるし、花瓶の花なども近くで摘んだ野花ではなく、町で購入した美しい切り花を要求される。その上、花言葉がどうとか言い出す。そんな亜人の風習分かりませんてば。


「…………『かもしれない』ですか?」

「はい。いつまで続くか分かりません」

「ぅゎぁ……」


 会長が来る可能性がある間、メリアはずっとその状態を維持させるだろう。来るかどうかも分からないのに、屋敷には緊張が張り詰め続け、ちょっとの汚れも許されない。苦しい時間がやってくる。コーは舌を巻いた。


「メリア様はどうされています?」

「修羅場です」

「えっ、全然書けてないのにですか?」

「だからですよ」


 締め切り間近、あるいは行き詰まった時に、メリアは暴れたり金切り声を上げたりと奇行に走る。その状態を屋敷の使用人たちは修羅場と呼んでいた。

 しかし、カルマの七巻目が書けなくて、半ば諦めていたメリアが、なぜ突然ここで追い詰められるのか。


 そんなもの、会長のせいに決まっている。


 メリアは、会長に見栄を張りたいのだ。七巻も順調だと胸を張って言いたいのだ。

 実際にうまく行っているかはともかく、そういうことになっていると見せたいから、大慌てで体裁を整えようとしているのである。


 メリアの性格はコーもスィもよく理解していた。こうなったら手の出しようがない。どうにもならない。


「カクタスの事を尋ねても?」

「…………洗濯物の大半を泥で汚しました。洗い直すように怒っちゃいましたけど」


 スィはコーを見下ろして、小さく頷いた。


「怒りすぎましたか?」

「だってあいつ、同じミスを何度もするから」


 それが言い訳なのは、コー自身分かっていた。コーはスィと話したおかげで冷静になっていた。

 カクタスには一人でなんとかするのは不可能なことも分かっていた。しかし、感情的にどうしようもない。今さら、いや、さっきの今で助け舟も出せない。


「スィさん。私はお茶を用意したらマルーさんを呼びに行きます」

「はい」

「スィさんはカクタスと洗濯をお願いできますか?」


 コーは、不貞腐(ふてくさ)れたように唇を突き出しながら上目遣い。スィはぎこちなく微笑んだ。コーを安心させるために。


「もちろんです」

「泥汚れはすぐに落とさないとシミになります。落ちないなら石鹸を使ってください。あいつ、力がないから絞るのはスィさんがお願いします」


 スィのように、あるいはスィ以上にテキパキと指示を出すコー。彼女は自分の尊敬する女秘書が、そんなコーのことを心強く思っているなど思いもよらない。


「力ならお任せを」

「あ、あいつに早めに帽子をかぶせてください」

「そうですね。伝えておきます……しかし、洗濯物はどこで乾かしますか?」


 もうすぐ夕方だ。今からでは夜間に外干しすることになる。


「それについては考えがあります」



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