その04 カボチャ=中身が空っぽ
午前中に干した洗濯物は、半日も干せばしっかりと乾くものだ。メリアの屋敷、庭の一等地、最も日当たりが良く風の通りも良い一帯が洗濯物干しに使われている。
何度も行き来するため、芝生は踏み固められ地肌が見えている。カクタスとコーは運んできた籠を適当な位置に置いた。
「地面に落とすと土がつくから、絶対に駄目よ。わかった?」
日当りのよい地肌は土もよく乾いていた。雨の後では泥になってしまいそうだ。現にカクタスの洗った服を干した辺りは、落ちたしずくで地面が黒く濡れている。コーは目敏く見つけ注意を促した。
カクタスは頷き、作業に取り掛かった。木の板を紐で巻いて作ったピンチを外し、干した洗濯物を回収する。
「ちゃんと乾いてる? 乾きが悪いと臭くなるから、屋内干ししなきゃいけないよ」
「ええと…………まだ」
なんとなく湿気ている気がする。コーは嘆息してカクタスの籠を指さした。
「乾いてないのはそっちにまとめて」
「…………」
頷くカクタス、のたくたと乾いているかを確認しながら洗濯物を籠に分ける。
「もっと早くできないの?」
「…………」
紐に袖を通した洗濯物は、片側に集めてから紐を外す。ひもを引っこ抜けばまとめて、集められるのだ。
カクタスがもたもたしている間に、コーはほとんどの洗濯物を集めていた。それに気付いたカクタスが、慌てて残りの洗濯物を引っ掴む。
「あんた、急ぐのはいいけど慌てちゃ……っ」
もう遅かった。
まとめて一掴みにしそこなったエプロンが落ちる、それを受け止めようとして肌着が落ちる。結局両方落とした上に、手拭いをお手玉していたせいで踏みつけるカクタス。コーは目を覆った。
しかし、本当の地獄はそこではなかった。カクタスは踏んづけたエプロンにすっ転び、泥を跳ね上げる。
黒い飛沫が洗濯籠と重ねられた洗濯物に点々をつけた。カクタスは涙がちょちょぎれながらも尻もちを突き、手にしていた全ての洗濯物は地に落ちた。
「あっ……ああ……っ」
「だから気をつけろって……っ!」
怒鳴りつけようとして、コーは深い息を吐いた。汚れた洗濯物を慌てて集めるカクタスに、冷たい目を向ける。
「も、もうしわけ……ありません…………ば、ば、ばつを……」
「黙って」
「……………………ぅぅ」
呆れ果ててものも言えないコー。ボロボロと泣き出すカクタス。
「何被害者して泣いてんの? あたしの仕事を無茶苦茶に増やしておいて、泣きたいのはこっちなんだけど、ふざけないで」
「も、もうしわけ……」
「それもう二度と言わないで、聞いてて余計腹立つ」
畳み掛けるような怒りではなく、淡々と突き放すような怒り。朝のそれはカクタスを傷付けるためのものであったが、今のコーはカクタスと話すのも嫌だという嫌悪からの怒りだった。
オドオドとコーの顔色を伺いながら、汚れ物を集めるカクタス。その耳はピンと立ってコーから離れなない。コーが身動ぎする度に少年の身体と耳がビクリと跳ねる。
それが我慢の限界だった。
「人の顔色ばっかり見てんじゃないわよ! ムカつく!」
「ひぅっ」
「泣くな! バカじゃないの!? あんた、自分のせいでしょ!? 直前に言われたことも、朝言われたこともできないとか、あんたあたしをナメてんでしょ!!」
朝も、慌てたカクタスは洗い桶をひっくり返して汚水を浴びていた。コーはその際に口を酸っぱくして慌てるなと言い含めた。
急いでいる時こそ落ち着いてだ、だ。急ぐことと慌てることは似ているようで天地ほども違う。
急ぐことは『無駄な動作を極力減らして作業を効率化し、素早く終わらせること』だとコーは思っている。
焦る場合は気ばかりが急いてしまい、視野も狭くなるし丁寧さも失われる。これでは終わるものも終わらなくなる。だから焦るなと声をかけたのに。
「半分も洗い直しとかどうしてくれんのよ! ミスするなとは言わないけど、これはひど過ぎる、もしかしてわざと!? わざとやってんじゃあないでしょうねぇ!?」
もちろんわざとではない。しかし、そう疑われてもおかしくない惨状だった。どれだけ頑張っても、カクタス以上に仕事を増やすのは難しかろう。
「最っ低、ホント信じらんない、ウスノロにも限度がある。あんたさぁ、それ、今日中に洗い直して乾かしてよ!」
「え…………あ、はい」
怯えながら、嵐が過ぎ去るのを待つかのように身を縮めて頷くカクタスに、コーの怒りは膨らむばかり。
「できもしないこと頷いてんじゃない! やれるもんならやってみせろ!」
「ぅぅ…………あ……どう」
「自分で考えろカボチャ頭!!」
ピンと立った耳を引っ掴んで怒鳴ると、コーは無事な洗濯物を抱えて一人で屋敷に戻ってしまった。




