その03 暗殺者殺し
「あ、しまった! メリア様、洗濯物を取り込まないと」
洗濯物を取り込むのが遅くなると、外が冷えてきてしまう。そうなっては面倒だ。
「んじゃあカクタス、コーを手伝って来な」
「…………」
素直に頷くカクタス、メリアはお茶を傾けながら、剣士たちに思いを馳せる。
ジンとバロードはわざわざメリアが殺す必要もなかった。二人は判押しされた英雄ではなく、その特異な関係性から様々な姿を描かれていた。
バロードは英雄として剣士として恋人としての強みがあるが、吟遊詩人たちの好みはもっぱらジンだった。
現実でも、多くの物語上でも、彼は三枚目だった。短足ガニ股で歯ならびが悪く澱んだ目をしたひげ面、下品で酒癖が悪く身だしなみも礼儀作法もまるでなっていない。カネに目がなくケチで卑小、財布を拾ったら大喜びで中身だけもらう。食事中に嬉しそうに大便の話をする。この時点で英雄とはほど遠い。
しかし受けた恩は忘れず、義に厚く、女子供には弱い。そして何より過去の一切が不明なのだ。
つまり、好き放題できるのである。
ジンは体格に恵まれていた。身長も190 セルトあった。
身長と体格には、生まれが大いに関係する。これは親の遺伝という面もあるが、幼い頃に食うに困らない生活をしていたかどうかが大いに関係するとされている。
もちろん、突然変異的に、貧乏な農村に身体の大きな子供が生まれることだってある。しかし、それよりもジンが貴族の落胤だったり、名のある英雄の子孫のほうが『面白い』。
こうなってしまったら、後は吟遊詩人たちが好き勝手やる。
いまではもう、誰もジンの本質になど興味がないだろう。ジンの本当の姿なんてわざわざ出さなくても、みんな飽き飽きするほど知っているのだ。キャラクターとして陳腐化してしまっているとも言っていい。
四巻ではあまり活躍しなかったが、メリアの狙いはアクリスを殺すことだった。
少女暗殺者アクリス。カルマのモデルになった会長同様に、様々な英雄たちと共に戦った女。
英雄領主になる前のリディオと共闘し、アベルの手足として邪魔者を排除した。最終的には聖騎士トリスタンに手を貸したとされ、簒奪者となったアベルを討ち取るのに手を貸したとも言われている。
その後、トリスタンと共に行方不明。どこか静かな場所で、夫婦となって暮らしているなんて噂もある。…………夫婦とは、笑わせてくれる。いや、似たようなものか?
とにかく、アクリスはどの物語においても脇役だ。そのせいで、舞台装置のような扱いを受けている。
アクリスを人間として扱わない。結果、行動がちぐはぐになる。当たり前だ、時間軸と思考が合っていないのだ。
リディオたちと行動するアクリスは、暗殺者としての自己に悩む。リディオたちのように光射す道を行く英雄と自分の違いに苦悩する。
リディオの物語はハッピーエンドだ。そのためにアクリスは、最後の最後に殺しをやめる。汚れ仕事から足を洗う決意をする。それが美しいからだ。
しかし、時間軸的にはその後になるはずのアベルとの物語では、アクリスは無情な暗殺者として暗躍する。
アベルの非情さや野望を表現するために、トリスタンが見逃した悪党や、後々の遺恨が残りそうな政敵を消すために使われる。
生き残って一息ついた所に、紫色の目をした少女が話しかけてくる。これがその登場人物の死神だ。
いつからかこの流れがお約束として定まってしまったのもあるが、それにしてもとメリアは思う。リディオとの物語で足を洗う少女はどこに行ったのだ?
なのでメリアは、流れを正常に戻すべく努力をするつもりだった。
四巻の終わりでエイベルとトリスタンに紹介されるアクリスは、非道な仕事をするかもしれない。しかし、オスガール侵略戦争の頃には迷い、戦後は殺し以外の道を探る。
アクリスはメリアにとって、とても大事なキャラクターだ。現実でも友人でたまに文通もしているが、カルマにとっても大切な存在なのである。
キャロルと並ぶもう一人の合わせ鏡がアクリスなのだ。
四巻でアクリスはカルマを笑った。『お前はもしかしてまだ戦争をしているつもりなのか』と。
その言葉がカルマに与えた衝撃は大きい。そしてこれはメリルやキャロルには絶対に言えない。メリルは戦争を理解していないし、キャロルはそんな風に客観的にカルマを見れない。自分もまた同じだからだ。
多くの読者が反感や反論を送ってきた。『それはアクリスも同じなのでは?』いかにもその通りだ。アクリスはカルマを笑いながら、実は自分にもその言葉が突き刺さると気付いていた。
だから物語の終わりに、アクリスは自省していたのだ。
カルマとアグリスの最大の違いは、武器を捨てた後の身の振り方だ。
カルマには商人をやろうと言ってくれたノーディがいて、アクリスの師匠は殺し以外のことを教えられなかった。他の生き方を知らなかった。
カルマが一緒に行こうと言えればよかったのだけれど、アクリスはまだ剣を捨てられない。残念ながら。
彼女の戦争が本当に終わるのは、アベル/エイベルの死後だ。アクリスに『一緒に教師でもやらないか』と誘ってくれる人が現れた時だ。
冒険商人カルマ・ノーディがそこまで続くかわからないけれど。
三巻の不人気が嘘みたいに、四巻は大人気となった。売れ残った三巻の事を考えて印刷量を減らしたら、あっという間に売り切れて増刷がかかったくらいだ。
読者にとっては待ち望んだカルマの再起であり、英雄譚で人気のジンとバロードに、オマケでアクリスまで絡んでの冒険物語。
当時のメリアは勇んで次の巻を書いた。驚きの速度で書き上げた。
書き上げた五巻目は大きな問題があったのだけれど。その事を思い出すと怒りがこみ上げる。何が発売禁止だ馬鹿にしやがって。
「メリア様」
「ないだい?」
内心の苛立ちを押し殺して、メリアはスィに目を向けた。浮かない顔。嫌な予感。
「あまり良くない話があります」




