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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【冒険商人 カルマ・ノーディ】 第一巻
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その06 偽善者とやり直し


「魔法使いだったんだな」

「身を守るための隠し芸だよ、人に誇れる腕じゃあない」


 マンティコアの首を切り落として、人心地ついた所でディリ隊長がカルマを睨んだ。

 イークとアガスが近づいた時、突然咳き込んだのも魔法の力だ。


「しかし、マンティコアを倒せて良かったよ。野放しにしてたらどれだけの被害になっていたか」

「あはは。少なくとも、さっきの山賊方は被害甚大みたいですよぉ」


 尾で跳ね飛ばされた山賊は、幸運にも毒針に刺されていなかった。打撲と骨折だけである。

 エイベルの応急処置を受けた彼は、自分たちのアジトにマンティコアが現れて、声真似で侵入されて暴れられた事を証言した。


「街まで連れて行こう」

「アジトの方はいいのか?」

「どうしようもないからね」


 案内できるのは足を折った怪我人だけで、その怪我人を背負って山の中に分け入るなんて危険が過ぎる。

 既にレブカを出て一刻(二時間)近く歩いていた。半日で着くと言うからには、もうすぐで道も半ばということだ。


 徒歩で一日と言った場合、もちろん十二刻(二十四時間)歩き尽くめという事ではない。

 適宜休憩も入るし、夜は邪神の眷族(けんぞく)がうろつく時間だ。人間の行動時間は日中に限られる。長く見積もって徒歩四刻(八時間)程度を意味する。


 つまり、徒歩で半日なら約二刻(四時間)。


「この先に難所は?」

「分からない。俺たちはあまり縄張りから出ないからな。それより、マンティコアは群れたりしないのか?」

「しないね。つがいの報告例もない」


 ならばどうやって繁殖するのか、マンティコアは縄張り意識が強く、近付くものは人間も魔獣も見境なしに襲うので、詳しい生態は分かっていない。


「魔法も使う、変なことに詳しい。お前本当に商人か?」

「シートラン東部はレインバックに近いからね。一般人でも魔法使いが多いのさ」


 魔法都市レインバックは大陸の南部に位置する中立都市国家である。

 魔法に熟達するには、たゆまぬ鍛錬と知識が必要だが、使うだけなら才能次第で誰でも可能となる。


 オールガス帝国でも、懐炉売りや堆肥屋などが浸透している。だが何より、ホリィクラウン法国に属する司祭の鎮魂や守護結界が人々の安全を守っていることもお忘れないように。


「…………」

「おいおい、詐欺師扱いの次はスパイ容疑かい? 戦争は終わったし、君らはただの山賊だろ?」

「…………そうだったな」


 自嘲的に唇を歪めるディリ。カルマはその肩を叩く。


「あはは。魔獣退治で報奨金も出ますし、山賊は廃業できそうですねぇ」


 にこやかに言うエイベル。イークは嬉しそうに頷くも、ディリは曖昧(あいまい)に笑った。


「浮かない顔だな。もしかしてディリ隊長、山賊やめてカタギの仕事につけるかもしれないことが怖いのかな?」

「何言ってる」

「いや、そのとおりだ。俺は一度は堕ちた身だ。悪党らしい末路がお似合いだろう」


 憤然とするイークを、ディリが諌める。


「俺は生きるために物を奪ったし、人を傷つけた。普通の人間には戻れんよ」

「それは違うぜ隊長。殺しても奪っても、アンタはまだ普通の人間さ」


「罪人だ」

「ん? 罪人だって人間だろ?」


 ひどく傷付いた表情のディリに、カルマは当たり前のように続ける。


「誰だって失敗する。取り返しのつかないことなんていくらでもある。それが罪なら償えばいい。それが悪ならば善をなせばいい」

「償う相手が分からない」


 戦争末期から、この山中に辿り着くまでに、ディリに何があったのかは(うかが)い知れない。

 しかしカルマは平然と、当たり前の事のように続ける。


「見ず知らずの誰かのために何かすればどうだい?」

「善人ぶるのはいいんですけど、『相手』が復讐に来たらどうするんですぅ?」


 口元の笑みを消して、エイベルが問う。その声はいつも通り間延びしているが、背筋が凍るほどに底冷えしていた。


「償う相手が出来て良かったじゃないか。報いは何らかの形で追い付いて来るんだ。

 でも、たった一度の人生だぜ? 五回や十回の過ちで投げ捨てるのは早すぎる。やり直して、より良くなるように努力するべきだろ? 自分にできることをして、楽しく生きればいいじゃないか」


「話が合いませんねぇ」

「…………俺もだ」


 エイベルとディリは不気味なものを見るようにカルマを見た。それまで静観していたメリルだったが、何か言ってやろうと口を開いた。

 しかし、無言のアガスが静かに首を振る。


「ただ、『いずれ報いに追い付かれる』これは同意だ。その時まで、できる事をするべきだとも」

「隊長」


 なんと声をかけるべきか分からない。そんな表情のイーク。ディリは引きつった笑みを浮かべた。


「少なくとも、こいつらをマトモな道には戻してやらんとな」

「そんなこと言うなよ」


 イークの懇願(こんがん)するような声は、ディリの胸までは届かず、虚しく響いた。



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