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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【冒険商人 カルマ・ノーディ】  第四巻

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その08 犯人と灰色巨人


「あの商人がいない」

「この魔法の牢獄から逃げ出したのか……どうやって」

「アイツが誘拐犯だったんだ!」


 翌朝、樹木で作った魔法の牢獄内は騒然となっていた。行方をくらましたカルマと傭兵二人、そして、彼らに(かどわ)かされたと思われる雑用の少女。

 カーティス領の騎士アルローは憤然とカルマを責め立てていた。


「カルマさんはそんな事をしませんっ。何より、エルフは僕らがオットー村に戻るより前に誘拐されているんですよ?」

「あの傭兵たちが共犯だったのなら、商人がどこで何をしていても関係はあるまい?」

「それは……」


 アルローの断言にメリルは返す言葉を持たなかった。共犯が居てはどこで何をしていても関係ない。そこを突かれると痛かった。


「何より信じられないのは君のような子供を連れ回すことで証言させ、自分を無実と装う性根だ。可哀想に、君は騙されていたんだ」

「まさか……カルマさんがそんな人だったなんて……」


 肩を落とすメリル。励ますようにアルローが頭を撫でた。


「奴は魔法に詳しいようだな」


 エルフのユーディミルが苦虫を噛み潰したような顔で牢獄に近付いた。『番犬』と『植物操作』、どちらの魔法の弱点も見抜かれていた。


 『番犬』は地面にかける魔法である。指定した範囲に『踏み込んだら』警報が鳴る。つまり、踏まなければ鳴らないのだ。

 そして、『植物操作』は植物を動かすだけで強化するわけではない。硬く太い樹を寄せ合い、人の出入りを不可能にした魔法の牢獄は堅固だが、実は木登りが得意なら関係なく脱出できる。


 実際カルマたちは木登りが得意なアクリスにロープを持たせて、それを補助にして脱出した。


「エルフよ! 状況から考えて間違いなくあの商人が誘拐犯だ、我々を解放してくれ、すぐに追いかけなければ!」

「我々もそう思う。だが貴様らの中にあの男の仲間が居ないとも限らない。出すことはできない」


 断定する二人、お互いに覆す材料はない。


「カルマさんに限ってそんなこと……」

「いいかい少年、人間は見えてる面だけではないんだ。誰だって暗い部分を抱いている。

 その上あの男は商人だ。金に目がくらんだとしてもおかしくはあるまい?」


 二の句を継げないメリル、ユーディミルが鼻を鳴らした。


「これだから人間は信用ならない。今、我々の中でも追跡に長けた者たちがあの男を追っている。捕まえて拷問し、仲間がいないことが分かったらお前たちは解放してやる。

 だが、二度と森は開かない。貴様らも森に踏み込むなよ、永遠にだ」




 灰色巨人(ストーンマン)はエルフ同様に『共生者シンビウス』の眷族(けんぞく)である。であるが、両者の仲は驚くほどに悪い。


 灰色巨人(ストーンマン)の身長は約3メルト。メリルを二人縦に並べた位である。

 その皮膚は石のように固い灰色で、だからといって動きが鈍いわけでもない。足は短く大人の胴体よりも太く、指は女の手首程もある。それでいて石工と木工に優れ、森の奥に見事な石の建造物や彫像を建てている。


 灰色巨人(ストーンマン)最大の特徴はその頭部で、異様に発達した肩首に支えられた頭は恐ろしく大きな異形となっている 。

 現在までに確認されているものは三種類。ラッハの荒野、沼地に生息していたのは、イボイノシシに似た丸顔で愛嬌のある『大口(ヒッポ)』。草原に巨大な石の都市を作り君臨するのは、馬に似た顔に円錐の巨大な一本角を有する『大角(ライノ)』。


 そして、うちわのような耳、長虫の如き鼻、湾曲(わんきょく)した牙を持つのがこの森に住む『大鼻(ガネーシャ)』。いわゆる象の頭の灰色巨人(ストーンマン)である。


 灰色巨人(ストーンマン)は争いを好まない、温厚で知的な亜人だ。彼らならば落ち着いて話を聞けるのではないかという目算がカルマにはあった。

 彼らの作る石の建造物は背が高く、樹上に登れば簡単に見つけられた。迷いの森が何のその。高さの前では問題にならない。


「あの思い上がった葉っぱ頭のダニカスどもに思い知らせてやるぞう!」

「「「おおう!!」」」


 しかし、早朝にたどり着いたカルマたちが見たのは、巨大なハンマーや石斧を手に絶賛決起集会中の巨人たちであった。

 二十人程の巨人が血走った目で雄叫びを上げ、鼻で地面を打ち据えている。


「どいつもこいつも血の気が多いこって、エルフと違って取引はしねェンだろ? ()るか?」

「やめてください」


 灰色巨人(ストーンマン)の怪力と頑丈な皮膚は脅威的で、並の人間なら何人いてもまとめて蹴散らされるのがオチである。

 しかしジンとバロードならば逆に蹴散らしてしまいかねない。


「そうそうだ。このナマクラじゃあ三人も斬ったら折れてしまう。剣が足りない」

「非力な女の子かよ?」

「黙れ馬鹿力」


 ジンではないがどいつもこいつも血の気が多すぎる。カルマはわざと音を立てて、存在をアピールしながら石の都市に入り込んだ。


「おはようございます! 僕は商人のカルマ・ノーディ。エルフの郷で起きた誘拐事件を調べています!」

「誘拐事件だとう!? 知っているのか!」


 目の前で見ると、身長3メルトかつ顔だけで1メルト近い大鼻(ガネーシャ)は威圧感が凄い。カルマは思わず帽子を脱ぎながら無意味に笑った。


「僕が知っているのはエルフ誘拐事件ですね。こちらでもまさか誘拐が?」

「そうだぞう! あのダニカスどもの仕業に違いないぞう」


 ダニカスとはエルフのことである。


 エルフは世界樹の樹液で不老性を維持しているのだが、彼らの神話によれば世界樹は『共生者シンビウス』の変化した姿なのだという。

 それ故に灰色巨人(ストーンマン)は、エルフを母なる『シンビウス』に寄生するダニだと呼んで(さげす)んでいるのだ。


「脳まで筋肉の木偶の坊どもは、誘拐犯はあなた方巨人であると考えていましたが」

「何を言うか、我々がエルフを誘拐する理由がないぞう!」

「全くもってそのとおりですね」


 いつの間にか大鼻(ガネーシャ)たちはカルマを取り囲んでいた。彼は一瞬たじろぐも、深呼吸して物怖じせずに巨人たちに話し続ける。


「ですが、理由はエルフにも無いのでは?」

「む…………それは、ええと?  嫌がらせ?」

「では、エルフ側もそう思っているのではありませんか?」


 ざわつく巨人たち。怒り出す者、困惑する者。バロードは剣に手をかけて、ジンは鼻をほじりながら、カルマのお手前を高みの見物だ。


「お、お前はエルフの味方か?」

「いいえ、しかし彼らは誇り高い。いわれのない侮辱(ぶじょく)は看過できないでしょう」

「それは我々も同じだぞう! 子供をさらわれて黙ってなど……っ」

「それが侮辱だと言っているんだ!!」


 雷のような声量で、カルマが怒鳴る。大鼻(ガネーシャ)たちは一瞬ひるみ、すぐに激昂した。


「ぺしゃんこにしてやる!」

「誇り高い貴方がたならば分かるでしょうに!」


 だが、巨人たち怒りは急速に落ち着いた。カルマの一喝を理解したからだ。

 お互いへの不当な侮蔑がお互いを憎み合わせて、まるで相手をならず者であるかのように思わせていた。

 

「真の敵はエルフではない。彼らを疑うのは早計です!」

「…………確かに。いかに奴らがシンビウスにへばり付いた寄生虫でも、そこまで落ちてはいないはず」


 その物言いがいけないんじゃあないかな? カルマはその言葉を飲み込んだ。



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