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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【冒険商人 カルマ・ノーディ】  第四巻

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その06 眠りと殺し屋


 なす術のないままに時は流れ、持ち込んでいた保存食による簡易的な夕飯の後、魔法の牢獄内に響いていたすすり泣きもいつの間にやら泣き止んでいた。

 カルマはうたた寝から目を覚ました。アガスや傭兵たちと寝ずの番をするはずが、いつの間にか寝てしまっていた。


 慌てて顔を上げるのと、耳元で誰かが囁くのがほぼ同時。


「動くな。頸動脈(けいどうみゃく)を掻き切るぞ」

「…………ああ、うん。そうか……ええと、頼みがある」

「頼める立場か?」


 耳朶(じだ)を撫でる囁き声は女のもの。

 カルマは肩の力を抜いて目を閉じた。抵抗する意思などない事を示すかのように。


「メリルくんは関係ない。彼には手を出さないで欲しい」

「…………別に構わんが」

「ありがとう。よし、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」


 カルマの態度に、明らかに困惑の雰囲気。はて、カルマは心の中で首をひねった。


「誰の差し金だとか聞かないのか?」

「ない。申し訳ないけれど僕らは殺し過ぎた。あの戦場にいた誰がなんて名前なのかも確認せずに殺してしまった。

 だから君が誰の手のものだとしても、その相手が分からないんだ」


 あの戦場で、『溶岩弾(ラヴァーボム)』の魔法で死体も、残さず焼き殺してしまった貴族たち。兵士たち。

 その報いを受けよというのならばカルマは喜んで首を差し出そう。


「……………………?」

「……………………?」


 奇妙な間。女の困惑が感じ取れる。


「エルフの誘拐はお前ではないのか? 女衒ぜげん野郎め」

「女衒とは失礼だな。僕は商人としては至極まっとう、六龍にも偉大なる主にも顔向けできないことは何一つしていない」


 カルマの言に女が鼻で笑った。つまらない冗談を聞いたかのように。


「殺される心当たりがあるクセに?」

「それは商人としての僕じゃない。甲雲戦争で兵士をしていた頃の話だ」

「戦争中の事を恨んでる奴なんてどこにいる。そんなのお互い様だろう」


 平然と言ってのける女。だがその何気ない言葉は、カルマには雷のような衝撃を持って届いた。


「…………は?」

「だから、戦争での生き死には仕方ないし、いまさらそんな事で復讐するやつもいないだろう。そんな暇が無いからな。

 お前は、もしかしてまだ戦争をしているつもりなのか?」


 違う。


 否定の言葉は喉に詰まって出て来ない。

 カルマは自分の中で、今まで目を逸らしてきた存在に気が付いた。ずっと気付かないフリをして来たけれど、ずっと目の前にあったもの。


 カルマは、まだ戦争の中にいる。


「…………まったく、無自覚か。困った奴だ。秘蔵の眠り薬を盛ったのになかなか寝なかったのもそのせいか?」


 カルマは正気に返った。今さらながら、使節団の全員が泥のように眠っている。食事に薬を混ぜたのか? 誰にも不審がられずに、味に異変もなかった。改めてこの女が相当な実力者だと分かり、カルマは震え上がった。


「一応聞いておくが……『私』をどこに売るつもりだった?」

「…………? あっ、君はもしかして」


 可能な限り視線を動かすも、目当ての少女は見当たらない。そう、使節団に雑用で参加していた少女だ。


「…………」

「伯爵方のどちらかに下女の働き口はないかと聞くつもりだった」

「今考えただろ?」

「痛い、痛い。でもお金が必要ならそれがいいかなって……あと、僕らはエルフ誘拐犯じゃない。前回誘拐があった時、僕らは行商に出ていて留守にしていたんだよ」


 背骨を拳で殴る少女。カルマの喉頚(のどくび)から刃物が離れる。


「痛たた……でも、麗しいお嬢さんと離れるのは寂しいものだね」

「キモッ、頭湧いてるのか?」


 十二、三歳に見える少女。金髪に紫の瞳。だが前に見た時よりも気配は研ぎ澄まされナイフのように剣呑だ。


「私は貴族専門の殺し屋だ」

「貴族専門?」

悪辣(あくらつ)な外道貴族を専門で殺している。依頼人は、その悪党貴族の手先で実行犯あるカルマ・ノーディの殺害を希望していた」


 ずっと押さえられていた首周りを気にしながら、カルマは苦笑した。悪党として狙われるとは思っても見なかった。

 いや、なりふりを構わなくなっただけかもしれない。エイベルやトリスタンと敵対する邪神信仰の仕業だろう。しばらく手紙のやりとりすらしていないのに、迷惑な話だ。


「しかし、お前は悪党ども特有の、卵が腐ったような臭いがしない」

「無実だと信じてくれるのかい?」

「一応だが。そして、私は私をハメた奴を許さないし、真犯人も殺す」

「殺すのは駄目だ」


 (にら)みつける少女、カルマは物怖じせずに見つめ返した。


「目星は付いているのかい?」

「…………」

「なら、エルフが言っていた『西の巨人』を探すべきだろう。何か知っているかもしれない」


 巨人とエルフの仲が悪いのならば、それを利用する事を考える奴もいるだろう。カルマは周囲を見回した。

 普通に考えると、この魔法の牢獄から脱出するのは不可能に見える。普通の方法ならば。


「協力しないかい?」

「お前は信用できない」

「助け合わなければお互い縛り首だよ?」


 少女は少しだけ考え込んだ。しかし、実際の所どうだろうか。エルフは粗野で素朴だが馬鹿ではない。

 このまま捕まっていても(らち)が明かないし、無闇に吊るしたりはしたりはしないだろう。


「…………いいだろう。ここは協力するしかなさそうだ」

「なら善は急げだ。早速西に向かおう」


 カルマの言葉に、少女が眉をひそめる。まだ真夜中、邪神の時間だ。そして夜の森は暗く、危険すぎる。


「頼りになる仲間が必要だな」

「お前の仲間は駄目だ。信用できない」

「だってさアガス。残念だね」


 少女がギョッとして振り返った。黒檀(こくたん)色の肌の巨漢は、静かに目を覚ましていた。


「アガスは毒に強い。強力な魔法戦士だ」

「…………だとしても、だ」


 仕方ないとばかりにカルマは肩をすくめた。心配そうなアガスの視線に笑みで応える。


「ならばここは傭兵を頼ろうか。恐ろしく腕の立つ奴が、ここには二人もいることだし。

 …………そういえばお嬢さん。名前を聞いて居ませんでしたね」


 少女は小さく嘆息し、ぶっきらぼうに答えた。


「アクリス」



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