その05 エルフと牢獄
「ああ、大変申し訳ないのだけれど、一つ聞かせて頂いても構いませんか?」
「なんだ?」
カルマは可能な限り丁寧に、相手への敬意を失わないように尋ねた。返答は冷たかった。氷柱の方がまだ人間味があるのではないかと疑うほどに。
「このような目に合わされる謂れは無いと思っているのですけれど」
「どういう意味だ?」
相手は心底不思議そうに尋ね返した。美しい男だった。身長190セルトの美丈夫。美しい顔立ち、素晴らしいスタイル。盛り上がった筋肉。
大理石の彫像のような完璧な男がそこにいた。
「交渉のテーブルではなく、魔法の牢獄に座らされているのは不当なのではないかと思っていますのですよ」
「胸に手を当てて考えてみたらどうだ? ああ、貴様だけではなく、この場にいる全員がだ」
男は長く尖った耳と、新緑のような緑の髪をしていた。同様に筋骨隆々の男女がカルマたちを胡乱げに見ていた。
カルマたちと使節団の周囲には、頑丈な樫の木が人の入る隙間もないほどみっちりと寄り合い、生きた牢獄になっていた。
「思い当たる節のある者は名乗り出るべきだろう。そうすれば樹に吊るされるのはその者の一党だけになる。同胞のために早く口を割るといい」
彼らはエルフだった。交渉するはずのエルフたちが、なぜかカルマたちを拘束していた。
エルフは『共生者シンビウス』の眷族である、森の亜人である。
既に解説した通り、新緑色の髪と、芸術作品のような肉体を持つ種族で、『世界樹』と呼ぶ巨木の下で生活をしている。
素晴らしく壮健で美しいことに加え、エルフは非常に寿命が長い。ゆうに千年を生きる。
もちろん条件もあるし、長生きしたエルフは肉体も精神も樹木に近づきすぎてしまう。その上種族として強いために出生率も低い。
人間が不完全ゆえに成長し続ける種族であるならば、エルフは逆に完全であるがために停滞する種族なのである。
エルフは世界樹の樹液を特別な技法で焼き菓子にした『レンバス』という食べ物だけで生きていける。その上鉄へのアレルギーを持つ。
食事への好奇心は少なく、その上ものづくりも見下している。
『シンビウス』はエルフを「完璧な最高傑作」と評したとされるが、はたから見ると「完璧ゆえに進歩できない」ものとなっている。
「…………何があったんですか?」
「知れたこと。この一年で何人の同胞が行方をくらませたと思っているのだ?」
「待ってください。ボクらが……人間が、エルフを誘拐したと言うんですか!?」
驚いたのはメリルである。対して、矢面に立って話をしていたカルマは、多少青ざめたものの、この事態を想像していた様子だった。
「…………なるほど、急に話をしてくれると言い出したのは」
「貴様らを捕らえ、尋問し、答えが出なければ見せしめにするためだ」
同行した人々から悲鳴が上がる。尋問と言いながら、話すエルフの手には棘だらけの枝の束が握られている。そして、別のエルフは枝に蔓を巻き付け耐久性を試していた。
このままでは拷問され、吊るされる。
「なんて野蛮な! ゴブリンの方がまだ紳士的でしたよ!」
「なんだと? 子供、今何と言った?」
「メリーくん。いくら本当の事でも、言っていいことと悪いことがあるよ。
いくら彼らが脳まで筋肉でできた非文明人で、脅し方が子犬より下手で、暴力だけで何でも解決できるつもりのゴロツキだからって、ゴブリンのハナクソ以下だなんて知らせるべきじゃない」
止めに入ったカルマの言い草に、エルフたちとメリルが目を剥いた。茫然あ然、言葉をなくすエルフたち。話を聞いていたジンが堪えきれずに笑い転げる。
「な……き、き、貴様……!」
「少し考えればお分かりになるでしょうに。悪党がわざわざこんな見え透いた罠に嵌ると思います?」
カルマの質問に、エルフは青筋を立てながらも嘲笑した。カルマの論理の矛盾に気が付いたのだ。
「ならば貴様らは余程の阿呆ということだな?」
「僕らがエルフ誘拐犯であるならば、救いようのない無能ですね。それとも驚くほどの楽観主義者か、神をも恐れぬ傲慢か」
「…………どういう意味だ?」
エルフはまだ気付いていない。もはや会話の主導権を握っているのはカルマになっていた。彼のペテン師めいた口車に、すっかり乗り込んでしまっていた。
「逆説的に、ここに居る僕らは誘拐犯ではない。僕らは罠の可能性なんてこれっぽっちも考えてこなかった……」
「つまり、貴様らを拷問しても、吊るしても何も出ては来ないと言いたい訳か?」
カルマは驚いたような顔をした。あまりにも自然過ぎて、メリルは笑いを堪えるのに苦労した。
ここまで丁寧に解説されて、当たり前の結論を出しただけなのに。エルフの言葉をカルマは表情で肯定し、エルフを自分の結論で満足させた。
人間と接触しないエルフは無駄な言葉遊びを好まない。素朴な生き物なのだ。
「所で、最近お仲間が行方知れずになったのはいつ頃です? 詳しい日にちは分かりますか?」
「貴様らと違って我らは細かな年月などに興味はない……だが、ちょうど、そちらの手紙が置かれる数日前だ」
カルマは無言で眉を上げた。カルマたちがエルフに交渉願いの手紙を出すのは、決まって帰還の翌日だ。
その数日前ならば、カルマは行商に出ている。そして、オットー村でそれらしい話を聞いたこともない。
つまり、誘拐犯はカルマが村にいる時には息を潜めていて、誘拐を村人にバレないように気を使っている。
となると困ったことに、誘拐犯はカルマの動向に詳しい相手。ポルクロス伯爵かカーティスドン伯爵の関係者の可能性が高い。
「一度村に帰してくれると助かるなあ。目撃情報の聞き込みもしたいし」
「逃がすと思うか? さらに無駄なことだ。我々の目を盗めるような輩を、ただの村人が見ているとは思えぬ」
「村は無警戒だったからね、逆に見ている可能性があるのさ」
エルフは美しい身体で、力もあり長生きだ。亜人を奴隷にする中でも悪趣味な連中から人気が高い。
「なあ、ユーディミル。本当にこいつらではないのでは?」
「だとしたら誰の仕業だ?」
「西の巨人が前々から怪しいと……」
エルフ同士でヒソヒソと相談。カルマは耳をそばだてた。
「だとしても解放はありえん」
ずっとカルマと話していたリーダー格のエルフ、ユーディミルが頭を振る。
「明日の朝まで時間をやる。心当たりのある者は覚悟を決めろ。あるいは情報があるなら思い出しておけ」
「そんな! 夜はどうするんな!?」
悲鳴に対し、ユーディミルはハエを追うように手を振った。
「牢の周りに結界を張った。『番犬』の魔法もだ。牢獄から一歩でも外に出たら……」
警報がユーディミルの脳内に鳴り響く。つまり、逃げることも出来そうにない。
なお、エルフがカルマたちを放り込んだ牢もまだ魔法によるものだった。『植物操作』で木を移動させて二十人以上を閉じ込めたのである。なかなかの使い手だ。
しかし、思い出せと言われてもな。
カルマは舌を巻いた。
使節団は伯爵たちの用意による。
つまり、ここに村の人間など一人もいないのだ。




