その05 第二の山賊とマンティコア
さらに半刻(一時間)ほど進んだ所で、カルマたちは道の真ん中に立つ三人の男を見つけた。
すでに斧や棍棒といった獲物を握り、明らかに殺気立っている。リーダー格の男は大柄で、顔に傷があった。
「この辺りが縄張りの山賊だ」
「話が通じる連中かな?」
「いや、警戒してくれ」
ディリ隊長が先頭に立つ、その横に二人。揉め事になった時にすぐに対処できるように、ディリは短剣を抜いていた。
「おい!」
「ひっ!? あ! てめえら、ここは俺らの縄張りだぞ!!」
余裕のない様子で唾を飛ばす顔傷の山賊、顔色は悪く目は血走っている。
「ただ通りたいだけだ」
「なら通行料だ! 金目の物を置いていけよ!」
「そんな余裕があるのか?」
怒りと屈辱に震える顔傷の山賊。その手下二人は、その間もキョロキョロと落ち着かない様子で周囲を見回している。
「うるせえ! いいから……」
「お頭ァ! いやがった! こっちですよお頭ァ! いやがった!」
「なにい、どこだあ!」
押し問答になろうとしたその時、藪の中から声が響いた。
その声の違和感の元を理解するより速く、ディリは身を伏せていた。カルマが振り向くのはほぼ同時。
「メリルくん! 帆を上げろ!」
「盾構えぇっ!」
一瞬遅れてイークが檄を飛ばす。ディリの部隊は皆背中に板のような盾を背負っていた。即座に盾を出して四人で密集陣形。カルマをかばう位置。
荒事に慣れていないため、青ざめるメリルとは逆に、エイベルは涼しい顔で笑みすら浮かべた。
「なんだてめうぎゃあああ!!?」
藪の中で怒号が悲鳴に変わる。顔傷の山賊の声だ。手下の二人は腰が引けていた。
「構え、石ぃ!」
「助けてぇ、お頭。助けてぇ、お頭」
全く同じイントネーションで、慈悲を乞う声が二度続いた。ディリが違和感の正体に気付くのと、真っ赤な塊が薮から飛び出すのは同時だった。
尾を抜かして体長三メルトもある赤毛の獅子が、哀れな山賊に食らいついていた。その三重の牙は食い千切るためよりもむしろ、深く広く無規律な傷を与えて、犠牲者を殺すための機構であった。
「マンティコア!」
「投げえ!!」
イークの号令。サソリというよりも巨大な頸骨のような尾。不規則に飛び出たトゲ。その一振りで、もう一人の山賊がおもちゃみたいに吹き飛んだ。
投石は四発中二発が命中、マンティコアが威嚇の唸りをあげる。
「こりゃいかんな」
「どうするんですぅ?」
「もうやめて! もうやめて!」
マンティコアは女の声色で金切り声を上げた。投石は致命的ではないが痛かったのだろう。
いち早く荷馬車の陰にメリルを引っ張り込んだカルマが唸る。
「一番厄介な『嵐骨のマンティコア』だ。あの尾のトゲは全部飛ばせるからメリルくんは帆布から出ないでね」
「防げるんですか?」
「毒は致死性だけど射撃の威力は大した事ない。近付かれなければコートで止まるよ」
しかし、尾を振り回されたら人間なんて軽々と叩き潰せる。鉄の胸当ては貫けないかもしれないが、革鎧では防ぎきれまい。
「あはは。イークさんが突進しる気ですよぉ」
「そりゃ無謀だ、アガス!」
マンティコアの近くで這いつくばって様子を見ているディリ、彼を助けようと拍車をかけるイーク。
だが、馬での突撃は危険でしかない。マンティコアの毒は熊すら殺す。馬など目ではない。
カルマが声を掛けるより早く、寡黙な巨漢は動いていた。杖に絡めていた鎖を解く、長さ150セルトの頑丈な樫の杖の先に長さ30セルトの分銅鎖という武器。
乳切棒である。
「イークくん! アガスを盾にしろ!」
「捨て石にする気か!?」
非難の声をあげながらも、イークはアガスの背後を走る。
射出された毒針。難なく弾くアガス。その動きは黒い疾風。捨て石どころか堅実にマンティコアに肉薄し、乳切棒を振り上げる。
次の瞬間、マンティコアが咳き込んだ。急にむせたか、目にゴミでも入ったか。
その隙を逃さずに、アガスがマンティコアの顔面に分銅を叩きつける。イークは側面に回り込んで手槍を突き刺した。しかし分厚い毛皮と強靭な筋肉に阻まれる。
「イーク、下がれ!」
立ち上がったディリが腰だめに短剣を突き出した。その時、剣先が赤熱。切っ先は毛皮を焦がしながらマンティコアに突き刺さった。
「たすけて! たすけて!」
悲鳴を真似ながら、強力な尾を振り回すマンティコア。直撃したら命はあるまい。ディリは剣を手放すも間に合わない。
尾の前に立ち塞がるアガス。無口な大男が無言のままに尾を受ける。
「危ない!」
「いや、アガスは問題ない」
黒い肌の巨漢の肌に玉のような汗が浮く。尾の直撃を受けた場所は、金色の障壁が波打っていた。魔法による防御だ。
アガスの鍛え上げられた筋肉が膨らみ、乳切棒が打ち下ろされる。赤熱した分銅に脳天をかち割られて、マンティコアは動かなくなった。




