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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【冒険商人 カルマ・ノーディ】  第四巻

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その03 ジンとバロード

 北方ハインラティア王国の英雄、剣聖(けんせい)バロード・ティール。その人生は波乱万丈。愛と闘いに彩られている。

 ハインラティアの決闘剣法、ティール流剣踊術本家の三男に生まれたバロードは、容姿こそ人より優れているものの、親に怒られてばかりのパッとしない少年期を送る。


 ティール家はスノーバル公爵家の指南役で、バロードは剣士よりも社交の才能があると陰口を叩かれていた。

 スノーバル公爵にはコーラルという娘がいた。バロードより一つ年下の、花のように美しい少女。バロードは彼女と会うために子供ながらに社交界に参加し、道化のように可愛がられた。


 バロードが豹変(ひょうへん)したのは彼が十四才の時である。

 スノーバル公爵が武芸大会を開き、その優勝者に娘コーラルを嫁がせると御触れを出したのである。このような催しは、しばしばある。公爵家で行うのは珍しいが、スノーバル公爵家には娘ばかり四人もいた。

 末の娘を新たな血を入れるのに利用するのもおかしい話ではなかった。


 これにはバロードの二人の兄が黙っていなかった。「スノーバル家の剣術指南は我らティール家である! 我らを(ないがし)ろにするつもりか!」と。

 師であり父であるティール家当主はこう言った「ならば参加するがいい。そして世界の広さを知るのだ。だがバロード、お前は(まか)りならぬ」。


 二人の兄はバロードの恋心を知っていた。そして、彼の剣力も理解しているつもりだった。だからその恋に蹴りをつけさせるためにも、父には内緒で参加させた。それが過ちであった。


 二人の兄はハインラティア中から集まった猛者に、実力というものを見せつけられた。彼らはけして弱くなかったが、達人の足元にも及ばなかった。

 だがバロードはその猛者たちすら一蹴し、見事に優勝した。圧倒的で絶対的な剣の天才だった。


 これに頭を抱えたのは二人の父親。「だから出るなと言ったのに」「欲しいのは外の血だというのに」。

 スノーバル公爵とバロードの父は結託し、バロードの優勝に難癖をつけて無効化した。コーラルは準優勝者の妻になると大々的に発表。そこに噴き上がる非難の声。


「お父様は約束を簡単に反故にするようなお方なのですか!? わたくしは約束通り、バロード様に輿入れいたしますわ!」


 なんと、コーラルが置き手紙を残して出奔(しゅっぽん)というか駆け落ち。こうして始まる愛の逃避行。連れ戻そうとする追手。

 これこそが七人の達人たちと決闘する『バロード七本勝負』。舞台化もしていて吟遊詩人にも大人気の演目だ。皆様もご存じだろう。


 その後、バロードはオールガス侵略戦争では聖騎士トリスタンの右腕として邪神信仰や悪魔と戦い、魔王ラストイルの侵略に対しては危機のハインラティアに舞い戻り、押し寄せる魔人どもをなぎ倒し、救国の英雄として凱旋(がいせん)した。


 そのバロードの終生のライバルがジンである。この山賊めいたむくつけき大男の過去は記録になく、本人も興味がない。

 ただ、不世出の天才であったバロードをもってして、『本物の天才』『人間の頂点』と言わしめる怪物である。


「負けちまえーバーカ!」

「ジンさん、そんなこと仰らないでくださいまし。バロード様、お怪我に気を付けて!」


 現在、カーティス領が二連勝の所を。ポルーク領の郎党が弓で勝って首の皮一枚繋がった所。

 ポルーク領の鎧組討には傭兵のバロードという男が出る。野次馬は、先ほど剣の試合で相手を殴って反則負けした傭兵のジンと、二人の連れと思しき女性。


 薄桃色の髪に、ハッとするほど美しい(かんばせ)。どれだけ質素な服を着ていても、滲み出る気品が彼女をただ者ではないと教えてくれる。


「はいコーラル! 怪我のさせ過ぎに注意しますよ!」


 笑顔で手を振る傭兵バロード。こちらも、先ほどジンに殴り倒された青年剣士が霞んでしまうほどの美青年。二枚目。美男子。イケメン。色男。ハンサム。

 しかし観客から飛ぶ黄色い歓声は全て右から左。恋人しか目に入っていない。


「すごい人気ですね」

「人間は顔だよ、メリーくん」

「メリルです」


 カルマはジンの後ろにひっそりと佇む地味な男と目を合わせ、すぐに逸らした。


「どっちが勝つと思う?」

「相手の人、大きいですよ?」


 バロードの相手は見上げるような大男だ。筋肉もすごい。巨大なハンマーを片手で軽々と振り回している。

 カルマは笑った。相手にならない。


「はじめ!」


 鎧組討は全身鎧を着込み、盾を構えて殴り合う。避けたりしないで正面からぶつかり合うのが見所だ。

 バロードの鎧は見るからに安物で、装甲は薄っぺら。相手の男のハンマーで殴られたら骨折しそうだ。その上剣も細く、鎧の上からでは痛くも痒くもなさそうだ。


 バロードも相手も、それは分かっていた。だから相手はまず盾を前にしてタックルした。体重差で体勢を崩し、ハンマーで止めを刺そうとしたのだ。

 しかし、彼はバロードの眼の前で無様にすっ転んだ。ジンが舌を打つ、何人かが感嘆の声を漏らした。それ以外は見えていないため失笑をもらす。踏み出した膝、鎧の隙間をバロードの剣が突いていた。


 次の瞬間、バロードは相手から距離を取っていた。倒れた相手に止めを刺す絶好のタイミングを見送ったのだ。


「模造刀なので肉は切れていないはずです。立てますか?」

「う、クソ……」


 倒れた相手を倒しても名誉にはならない。しかし、この時既に相手は実力差を理解していた。バロードが尋常の剣士ではないことに震えていた。

 そしてその後、悲鳴のような雄叫びをあげてバロードを狙い続けたが、一打もかすることすらなく、正確に胸の中心を突かれ続け、ついには涙声で降参した。


「ね、言ったでしょ?」


 当然のように言いながら、カルマは剣士バロードの想像以上の実力に慄然としていた。


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