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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【カルマ・ノーディの物語】  第三話

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その09 罪人よ汝の名は無知

明日はお休みを頂きます。



「じゃあアンタはカルマのモデルが会長だってことも知らないの?」

「…………っ」


 コーは大変不満そうだったが、掃除は素早く適切に終了した。

 問題があるとしたら二人とも背が低すぎて、高い場所の掃除が行き届いているのかどうかの判断ができないことくらいか。


「上手くやったのかい?」

「…………あ」

「掃除はね。洗濯はてんでダメでした」


 外にゴミを掃き出して、雑巾を絞り直し、その雑巾は玄関口に置いて、泥や汚れを払うのに使ってもらう。これは朝に回収して洗濯する。

 食堂でお茶を入れていたメリアに招かれ、コーとカクタスは席に座った。


「洗濯している間に掃除してくれるなら楽です。今日はお茶もメリア様が淹れてくれましたし」


 正午のお茶と軽食は、普段はコーが準備する。今日に限ってはメリアが用意していた。食卓には良い香りのするお茶と焼き菓子の乗った皿がある。


「それよりコイツ、何にも知らないんですけど」

「だろうね、ヒトとして扱われてこなかったみたいだしな」

「メリア様がちゃんと教えてあげてくださいよ」


 メリアは鼻で笑った。


「何を知らないかも分からないんだよ?」

「カルマと会長の関係も知らないし、ヘンがクジャン族だってのも知らなかったんですよ?」

「あぁ…………ああっ?」


 コーの指摘にメリアは青くなった。今まで想像もしていなかった。当たり前の事なのに、まったく気にならなかった。

 カクタスはリディオもアベルも知らない。クジャンの末路も、アベルの悪逆も知らない。


「カクタス……カルマはそれでも面白いのかい?」

「…………?」


 カクタスは首をかしげるも、すぐに頷いた。前提となる英雄譚が無くても楽しめるのか、それは極めて重要な問題だった。

 実を言うとこの問題にはメリアはこれまで目を背けてきた。だが何度かお手紙を貰ったこともあった。


 『【カルマ・ノーディ】の◯巻を買ってみた』。

 途中の巻から買い始めた場合でも、何も気にせず楽しめる内容にした方が良いのではないか。同様に、初めて知る物語が【カルマ・ノーディ】である子供がいる可能性を考えた方がいいのではないか。


「あの……く、クジャンは……」


 困ったような表情のカクタスに、メリアはその疑問が理解できた。クジャンに何があったのか、だ。ヘンの話を聞いたのなら、龍の女(クジャン)とクジャン族に何かが起きた事を、想像できる。


「あー……ええと」

「…………?」


 メリアは少し考え込んだ。どこまで話す? どこまで知ってる? どう説明する?


龍の女(クジャン)は五年後の戦争の直前に、つまり今より四十年程前に、裏切り者に卑怯な手で殺される」

「…………か、(かみさま)なのに……!?」


 驚きを隠せないカクタスに、メリアは苦虫を噛み潰したような気分になった。逆にコーはカクタスの驚きを理解できない。

 それはそうだろう。リディオの物語を知る者にとって、龍の女(クジャン)は死んでいて当然の存在だからだ。


「古い時代の魔王は、六龍の最高位眷族(けんぞく)である最古龍(エインシェント・ドラゴン)すら倒したという。

 上位龍(エルダー・ドラゴン)だって生き物だ。食べるし、眠るし、油断する」


 言い換えれば、気を許した相手の用意したの食べ物は疑わずに食らう。毒でも食らい、寝首を掻かれる。


「アタシらは……違うな。違う」


 メリアは自嘲的に唇を歪めた。これもまた、メリアにとっての問題だと気付かされた。だから違う。メリアではない。


「カルマたちはリディオやミハエル・クロウラと協力し、裏切り者と戦った。

 苦しい戦いだったけれど、最後はクロウラが上手くやったよ…………リディオの物語のクライマックスなんだけどな」


 それもいつか話さにゃならんのか? いや、そういうのが得意な奴を探して、英雄譚を本にまとめられたら売れるかもしれない。

 それならメリアが話す必要はなくなるし、カクタスは文字の勉強をするだろう。物語を好む人々も喜ぶに違いない。


「ど……どうなったの?」

「霊魂の龍になった龍の女(クジャン)が、裏切り者を焼き尽くしたのさ」


 カクタスが目を見開く。龍の女(クジャン)は裏切り者を許さなかった。怒りの炎となって焼き殺した。

 それが、驚きであり悲しみでもあったのだろう。


 今のカクタスにとって死は近くて遠い。そして彼は純粋過ぎるが故に人を憎むことをまだ知らない。

 それ故に、敵であっても仇であっても、人の死を悲しみ、(いと)うのだ。


「カルマは…………」

「ん?」


 聞き返してから、メリアは自分の愚かさに気が付いた。そして胸が締め付けられた。

 カクタスが心配するのも当たり前だ。当然の帰結だ。


「もちろん反対したさ。最後まで抵抗したとも。当たり前だろ?」

「…………!」


 嬉しそうに頷くカクタス。

 今更ながら、メリアは【カルマ・ノーディ 三巻】が不人気な理由を実感した。理屈ではなく本当の意味での理解だった。


 当たり前だ。そうだ、カルマなら絶対に食い下がる。カルマはそういう男だし、敵だとしても殺すことに反対するとも。

 だけれど、読者はそこまでカルマを信じられるだろうか? 弱気な負け犬としてのカルマを見た後で、それでもカルマがカルマで有り続ける事を、次の話まで信じて待てと言うのは傲慢(ごうまん)が過ぎた。


 これは罪滅ぼしではないけれど。メリアは思った。


「カクタス。約束通り四巻を読んでやるよ」

「…………!」


 コーがチョロいのか、カクタスが上手いのか。どちらにしても仲良くなれたし、コーからの敵意は明らかに減った。

 そして、多くの読者を惑わせたのなら、せめてそれを理解した今、カクタスを一刻も早く安心させてやるべきだった。


「カルマは負けないって事を教えてやる、取っておいで。【冒険商人カルマ・ノーディ 第四巻 カルマ・ノーディと迷いの森】だ」

「じゃあ、あたしはとりあえず午前中って話でしたし、午後のお仕事をしますかね」


 飛び出すように駆けていくカクタス。こういう時は動きが速い。

 彼を横目に、少しむくれたように立ち上がるコーを見上げ、メリアは先日のスィの事を思い出した。少し位ならサービスしてやってもバチは当たるまい。


「コーは聞かないのかい?」

「いいんですか?」

「いいよ、今日の仕事は明日またカクタスを使えばいいさ」


 メリアの言葉にコーは大仰にため息をついた。


「教えながらだと時間がかかるんですってば」



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