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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【カルマ・ノーディの物語】  第三話

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その08 カクタスは何も知らない


「洗濯物終わり! 蟻の刻(午後四時)より前にはしまうからね。次は掃除、昼までには終わらせるよ」

「あ、あの……!」


 洗濯物を運んできた籠を抱え直すコーに、カクタスは食い下がった。もっといろいろと教えてほしかった。クジャンのこと、カルマのこと、この家のこと。


「どしたの?」

「く、クジャンは……えと、ムスカ??」


 【カルマ・ノーディ 二巻】では、クジャンの山はムスカ領にあった。コーは今さっき、ハース領と言わなかったか?


 現実的に考えればそれは不思議でもなんでもない。

 現在、六龍歴1072年。【カルマ・ノーディ】の時代から五十年弱。その間に起きた戦争は、神聖ホリィクラウン法国の崩壊を含めて四つ。領主が変わってもなんら不思議はない。


 そして【カルマ・ノーディ】は小説である。事実と異なる事も書かれている。

 実際悪者として描かれる貴族たちにモデルは居ても、実名は出さず名前は創作だ。


「クジャン族はハース領でしょ…………あれ? 知らないの『英雄領主リディオ』」

「リディオ……」


 自分の分の籠を持ちながら、カクタスは頷いた。知っている。カルマの二巻目に出てきた。

 だが、カクタスは自分が知らないという事実に気付いていない。カルマの中のリディオではない。コーが口にしたのは英雄譚としてのリディオであった。


「なら知ってるでしょ? 戦争で英雄になったリディオは領土を貰い、クジャン族の難民を受け入れたのよ。

 それから四十年? ハース領は『天冥戦乱』でもしっかり蛮族と亜人を守りきったんだから」


 まったく知らない。カクタスは瞬きした。知らないことが多すぎて、知りたいことも多すぎて、何を聞けばいいのか分からない。


 カクタスは亜人独立のために立ち上がった『魔王天冥』の戦乱を知らないし、その状況で亜人を守るのがどれ程過酷な道だったかも分からない。

 そもそも亜人への差別や偏見に対しても理解していないのだ。


 亜人と交流の多いシートラン共和国人のスィはともかく、平民であるコーがカクタスに偏見も恐怖も抱いていないのは特殊なことだった。

 コーが嫌いなのはカクタスという無知で美しい少年であって、兎人(エリルフレア)ではない。


「えと……えと……」

「ほら、さっさと行くわよ。ちんたらしない!」

「あ…………」


 何かを聞ける雰囲気ではない。カクタスは疑問を飲み込んだ。どうせ上手く聞けないのだ。


「すごい……コーは、ものしり」

「はぁ!?」


 だから驚きと喜びとお礼を言おうとして、結局うまく言葉にできなかった。しかし、手放しで飾らない称賛にコーが目を白黒させた。


「えと…………ありがと」

「なにそれ意味分かんない」


 雑談で褒められ、礼を言われ、コーは(かぶり)を振った。カクタスがコーの常識の外にいる存在だと、ようやく気付かされたのだ。


「とりあえず、掃除が終わったら休憩だから、何か聞きたいことがあるならその時に話したげる」

「…………!」


 目を輝かせるカクタス。


「だからって掃除の手を抜くんじゃないわよ! ビシバシ行くからね!!」

「…………うん」





 メリアの屋敷は二階建てで、二階には客間が四つと使用人用の部屋が六つ。

 一階はメリアの寝室、書斎、物置の他に調理場や食堂、談話室、湯浴み場がある。


 犬小屋やトイレは屋外だ。

 トイレは汲み取り式だが、近くに『堆肥』の魔法を使う魔法使いが常駐しているため、臭いはそれほど酷くならない。


 犬たちは排泄の場所をトイレの近くに訓練されており、処理は必要ない。しかし、縄張りを主張するためのマーキングは許可されており、敷地の端々に匂いを付けていた。

 シロ(ミルク)のような小型犬のものであっても、犬の吠え声は魔を払う力がある。


 夜に徘徊する邪神の眷族(けんぞく)への対策として、魔法による結界を過信する者は多い。しかし実際には犬を一匹夜番に置くのが最良である。

 結界を物ともしない高位の眷属でも、邪神とは無関係な魔物でも、犬ならば接近する前に教えてくれる。


 そんな訳で、庭の芝生地帯については完全に犬のものになっている。芝生の整備は数カ月に一度人を雇っていた。

 コーの掃除は屋内のものとなる。メリアの部屋以外は全てが掃除範囲だ。屋内も基本的に土足だが、玄関にはサンダルがあり、汚れた靴は履き替えるようにしている。


 突然の来客もあり得る。使っていない客室や使用人部屋も掃除の対象だ。使用人部屋は2.7メルト四方(四畳半)の広さで、ベッドと長持ち(チェスト)、テーブルと椅子がある。

 一人暮らしならば十分過ぎる大きさ。貧乏な出稼ぎ労働者ならば、このサイズの部屋に三人暮らしもあり得る。


 客間も同様の大きさだが、私物がない分さっぱりしている。

 掃除はホウキとハタキ、よく絞った雑巾を使う高い場所の埃をハタキで落とし、手の届く範囲ならば雑巾で拭く。


 床の埃や砂利を掃き集めて次の部屋へ。客間は簡単。使っていない使用人部屋は現在物置になっているので、軽く埃を払っておしまい。


 問題は住民のいる部屋で、それぞれある程度の片付けを許されている。


 ヘンの部屋は汚れた服や工具、木彫りの彫刻や作り途中の犬のおもちゃが散乱している。服は回収、床のものはゴミだと判断できないものは机の上に置いておく。

 その机の上にもゴミかそうでないのか判断に苦しいどころかゴミそのものが山積みなのだが、雪崩が起きないように乗せる。


 マルーの部屋は綺麗なもので、棚に無数の薄い木板が収められている。これは料理関係のレシピやメモである。木板は場所は取るが羊皮紙より安価で保存にスペースを取る以外の難が無い。

 安価なパルプ紙を商会が開発したのだからとメリアが勧めても、書き直すのが面倒だし今のままでも分かるからと梨の(つぶて)だ。


 でも、掃除が楽なのでコー的には何でもいい。


 スィの部屋は几帳面な彼女からは想像できない程に荒れている。衣服も書類も床に散乱し、昨日の服も下着も椅子やベッドに投げてある。

 困ったことに毎日片付けても翌日にはこうなるので、黙って床の書類を机に置き、服は洗濯に回す。


「…………あたしの部屋は自分で片すから、廊下と階段をはいてちょうだい」


 洗濯物は翌日の洗濯に。コーが部屋を片付ける間にカクタスは廊下を掃き清めた。途中しゃがみ込んで汚れやゴミを逃さない。

 この作業は自分に向いているかもしれないとカクタスは思った。



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