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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【カルマ・ノーディの物語】  第三話

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その07 魔法使いすら匙を投げる


 洗濯は極めて手間のかかるもので、平民の場合毎日は行なわない。

 それどころか、同じ服を一週間着続けるなどザラであり、であるならば当然洗濯する回数も少ない。


 女性の仕事の一つに『洗濯婦』というものがある。名前通り、人の代わりに洗濯をする商売である。

 彼女らは洗濯物を集め、洗うことで生計を立てる。副業で行うものも多い。


 『洗濯婦』もメリアの屋敷のコーも、まずは洗い物を分別する所から始める。

 普通に洗っていいもの。少し汚れが強いもの。とても汚れが頑固なもの。


 頑固な汚れ以外は、かまどの灰で軽くこすり洗濯桶で踏み洗いとなる。少し汚れが強いなら、こする時間と力を増やす。

 あまりに頑固なものは石鹸を使うが、石鹸は高価なのでほとんど使用する機会はない。


 そして、洗濯はどれだけ手間でも手を抜くのは難しい。『消毒』や『浄水』という魔法は存在するが、魔法で洗濯をする位ならば手作業のほうが早いのが実情。

 何しろ洗うだけではない。汚れた水を絞り、清潔な水にさらし、さらに絞って脱水し、干さねばならない。


 一つ一つの作業を代用する魔法はあっても、全部を一人でこなすのは難しい。

 貴族の屋敷でも、王様のお城でも、結局下女が手洗いするのが通例であった。


 そしてこの洗濯。力仕事でもある。


「アンタねぇ……男の子なんでしょ、もう少し頑張りなさいよ!」

「う、ぅぅう……」


 どれだけ言われても無理なものは無理。非力なものは非力だった。そもそも兎人(エリルフレア)は重いものを持つことに向いていない。

 籠いっぱいの洗濯物を土間から庭まで運ぼうと苦心するカクタス。ほぼ同量荷物をノシノシと運ぶコー。


「急がないと濡れる一方よ、だからしっかり絞らないと重いって言ったのに」

「う…………ぅぅ……」


 濡れた洗濯物から滴った水が、着替えたばかりのエプロンドレスをじわじわと侵食する。

 仕方がないのだ。そう言われてもカクタスだって一生懸命に絞った。しかし筋力と体重が圧倒的に不足している。


 洗濯物は斜めにした桶の片側に寄せて、ぎゅうぎゅうと押し絞る。何度でも言うが必要なのはひたすらに筋力と体重である。

 カクタスの抱える洗濯物の分量はコーのそれに比べても少ない。少ないが含んだ水の量は段違いだった。


 水分が多ければ、当然洗濯物は重くなる。脱水の不足がそのまま次の工程に響いていた。


「今日は服だけだから楽なもんなのよ! カーテンとかシーツを洗ったら大変なんだから!

 まっ、そういう場合はヘンのいる日を狙うんだけどね。アイツ、バカだけど力はあるからさ」


 実際ヘンは、大人顔負けの力自慢だ。コーは性格的に同格以下を褒めるなど滅多にない。つまり、コーなりにヘンを認めていてその能力を買っているという意味である。


「ん…………ぅぅ…………あの」

「なによ」


 カクタスはヘンを馬鹿ではないと思っていた。馬鹿と言うのはカクタスのような奴を言うと思っていたからだ。

 しかし、コーの剣幕に押されてなんと言えばいいか分からなくなってしまった。こう言う点が馬鹿なのだと考える。


「言いたいことがあったら言いなさいよ、トロいんだから!」

「…………ぅう」


 返す言葉もないカクタス。二人は庭の中でも南向きの開けた場所へ向かう。

 そこには木製のベンチがあり、近くに杭が何本も打ち込まれていた。杭は高さが150セルトもあり、先端はT字になっている。


 抱えていた洗濯物をベンチに下ろすコー。その隣にカクタスも置く。


「ちょっと! 濡れるから少し離してよ」

「…………はい」


 カクタスがずらしている間に、コーは杭の一本にかかっていた麻紐を手に取る。

 端が輪っかになっている麻紐を、洗濯物の袖に通す。ただ引っ掛けるだけでは洗濯物が風で飛んでしまいかねない。袖がある服は洗濯紐を通して飛ばなくようにするのが一般的だ。


 手ぬぐいやカーテン、シーツを干す場合は、木を紐でくくったピンチを使うが、破損しやすく作るのに力がいるためコーは極力袖を通す。


「おん!」

「あ、白いやつ! また来たわね、遊びじゃないのよ!」


 小型犬のシロ(ミルク)が短い尻尾をちぎれんばかりに振り回しながら小さく鳴いた。犬たちは敷地内を放し飼いにされている。


「アンタ、その輪っかを杭の突起に引っかけて……違う違う! そこじゃ引っ張ったら落ちちゃうでしょ! そう! そこ!」


 麻紐をピンと張り、コーはぐっと力を込めてねじる。


「ちょっと見てなさい。一度で憶えられるもんじゃないけど」


 麻縄をねじり、輪を作り、巻いて巻いてねじり、巻いて。コーは隣の杭に巻き付けた。ほどけず、きつく締め上げることができ、そして要領を知っていれば簡単にほどける結び方。


「アンタの分は重そうだからピンチで止めるわ。もう一回、今度はゆっくり巻くわよ」


 ロープの動きを丁寧に、ゆっくりと見せるコー。しかしカクタスの目にはクエスチョンマークしかない。

 なんでこんなことになるのか、どう巻いているのか。目の前で行われても分からない。


「ほら白いの、飛び付かないの、汚れるでしょ!」


 風にそよぐ洗濯物に飛び付くシロ(ミルク)。その背中をコーが優しく撫でた。


「アンタ知ってる? コイツ顔は可愛いでしょ? 貴族の娘へのプレゼントだったんだってさ」

「…………?」


 遊んでくれと言わんばかりに跳ね回るミルク。コーは撫でるのを止めて洗濯物干しに戻る。


「初日にその娘の手に噛み付いて、処分されそうになった所をメリア様が怒鳴り込んだんだってさ。

 『訓練の一つもしていないのに、敵と見れば攻撃する勇敢な犬だ。そいつは鍛えればその子を守る立派な騎士になるぞ!』って」


 カクタスは、その様子を想像した。勢いと怒鳴り声で相手を納得させそうなメリア。しかし、その言葉は相手に届かなかった。相手が納得したならミルクはここにいないはず。


「犬の訓練なんてできる者が居ないからと断る貴族に、メリア様はならやって見せると言って引き取ったんだって。その時にハース領から連れてこられたのがヘン。

 あいつはクジャン族の『狼憑き』の一族なんだってさ」


「…………クジャン?」


 聞いた名前にカクタスは小首を傾げた。クジャン族、【カルマ・ノーディ】の二巻目に登場した龍の女。山の一族。

 それに(るい)する者が近くに居ると聞いて、カクタスは不思議な気持ちになっていた。


 お話を書いているのはメリアだけれど、お話の中の世界はとても遠いと思っていたからだ。



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