その04 目撃証言と討伐隊
「この辺りは物騒だからね、山賊だけでなく魔物も出るそうじゃあないか。
ああ、自己紹介を忘れていたね。僕はカルマ・ノーディ」
「ディリ・エフエンだ。危険な場所だ。行くべきじゃない」
山賊の『隊長』の答えにカルマは目を細めた。
「具体的には何が出るのかな? 野犬や鳥女、鬼火、人喰い鬼?」
「俺が見た一番危険な奴はサソリの尾を持つ赤い獣だ。先週、遠目で見ただけだが、熊を捕食していた」
「マンティコアか! それは運が良かったなぁ」
「そうとは言い切れない」
マンティコアと呼ばれる怪物は、獅子の体にサソリの尾を持つ獣だ。体毛は燃えるように赤く、口には牙が三列も並んでいる。
人間の声真似をするため、山の中で「おーい」やら「助けて」という声が聞こえたならばマンティコアを疑う必要がある。
サソリの尾の毒性は強く、熊でも身動きが取れなくなるほど。しかもその毒針を射出する種もいるので、獣と侮るとひどいことになる。
ふとした拍子に人里に現れると、その怪力と毒針、声真似を駆使して村落の一つくらいならば軽々と滅ぼす。
『マンティコア』は『大食い』を意味し、一晩で十人以上をぺろりと平らげてしまう。その上悪食で、肉は新鮮でも腐肉でも構わない。
村を滅ぼしてから、悠々と時間をかけて捕食をするのだ。
「隊長、それよりもアレだろ? 去年の秋に見たオオムカデ」
「ムカデ?」
不機嫌そうながらも、口を挟んでくるイーク。
「信じられないと思うが、足の一本一本が丸太よりも太い、山みたいなムカデを見たんだ」
「そりゃすごい、どの辺りで?」
「あはは。教えてはいけませんよぉ」
眠そうな目で、口元は笑みを形作りながらエイベルが口を挟んだ。
「それはぁ『高位の長龍』でしょうねぇ」
「グレーター?」
「あはは。神獣ですね。売り物になる情報ですよぉ」
この世界を創り給うたのは唯一にして偉大なる至高の神であり、その手足となって働いたのが『六色の龍』であることは、わざわざ説明する必要がないだろう。
しかし、その六色の龍の眷族である強大な龍が、超常の存在として世界に深く関わっていることはあまり知られていない。
六龍の一柱、『硫黄と真鍮のブラサルファ』は女王蟻や女王蜂に似た節足龍であり、その眷族も巨大な蟹やムカデ、蜘蛛に似た姿を取る。
山程もあるムカデなど、本当に存在したならばその食事として周辺一帯は食い荒らされることだろう。
しかし、啓示として派遣された神獣であるならば自然破壊は発生せず。それどころか吉兆であると考えられる。
『ブラサルファ』は工業の発展を司る。であるならば例えばレブカの街から程近いこの山に、新たな地下資源が発見される可能性があった。
「…………と言っても、山賊の言葉を信じる奴がいるか?」
「山賊ならばね」
不貞腐れたような顔のイークにカルマが含みを持たせた言い方で微笑む。
「どういう意味だ、詐欺師め」
「この山に何組の山賊がいるか知らないけれど、レブカ側の麓近辺は君らの縄張りだろう?
君たちはその周辺の情報を持ち、訓練された組織力がある」
「何を根拠にそう言う?」
鋭い視線を向けるディリ隊長。剣呑な気配を、カルマは飄々と受け流す。
「お頭じゃなくて『隊長』なんだろ? 君らは軍隊崩れだが未だに規律を失っていない。
無事に僕らを向こうの麓まで無事に届けたら、職業は『案内人』に変わるのさ。君らへの報酬は、この山の情報を売って手に入れるつもりだしね」
誰も指摘しないが、カルマは手元にない金で山賊たちを雇おうとしていたことになる。
「そんな情報誰が買うんだ? レブカは寂れているし、カリュオもそこまで余裕はあるまい」
「カリュオで聖騎士が魔物と山賊の討伐隊を編成中だ。そこに加わり活躍すれば、仕官の道も開けるかもね」
どよめく山賊たち。それは、もはや後には引けない、カルマたちを護送しなければ討伐される側になるという宣告に近い。
しかし、彼らに流れた空気は喜びか安堵。
「助かるな」
「今から数人戻すかい? 今しばらくの辛抱だって」
「…………あんた、どこまで知っているんだ?」
眦を吊り上げるイーク、カルマは肩をすくめた。
「ただの勘だよ。君らは山賊じゃなくて、誰も来ない山の中に集落を作ってるだけの落ち武者だろう?
例えば、主君だけ流れ矢みたいな不幸で不名誉な事故で失い、帰っても責任を取らされるだけだから帰れないとか」
「そこまで言い当てられるといっそ清々しいな。ほとんどの連中は山賊や強盗をやる勇気のない敗残兵だ。三十人ほどで村を作っている」
「隊長……ッ」
止めようとするイークに、ディリ隊長は頭を振った。
「二人戻れ、山賊とマンティコアを討伐して貰えそうだ」
「はい」「分かりました!」
髭面の手下の内二人が素早く返事をして離れる。彼らに村があるのならば、マンティコアの脅威に怯えていることだろう。
月のない夜に暴れる邪神の眷族どもと違い、マンティコアは血の通った生き物だ。
それはつまり、昼も夜もなく獲物を狩る厄介な怪物であるということ。
「さて、僕の依頼と嘘みたいにうまい話の裏は分かってもらえたかな?」
「ああ、山賊と怪物からあんたらを守って、向こうの麓に辿り着くのが、俺たちと家族……村にとって一番だという所までな」
それでも、詐欺師の口車に乗せられている感覚は否めない。
ディリ隊長は少なからず納得がいかないという顔で頷いた。