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冒険商人 カルマ・ノーディ の物語  作者: 運果 尽ク乃
【カルマ・ノーディの物語】  第三話

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その01 死の責任


 本を読み聞かせている間、カクタスは一切反応をしない。それどころか微動だにしない。

 エプロンドレスに包まれた白い手足は椅子の上でお行儀よく揃えられ、桜色の唇はいかなる感情も表に出さずに静かに閉じたまま。


 宝石のような紅い瞳はめいいっぱいに見開かれ、もちろん時々瞬きをするので生きているのは確実だ。


 だが、三巻目を読み聞かせていて、老婆にして作者たるメリアは一つの発見をした。

 いままで帽子の下にあったカクタスの耳も、身動ぎ一つせずにメリアに向けられていた。兎人(エリルフレア)の耳は正直だ。表情以上に感情が現れる。


 外で何かの音がした時、一瞬そちらに耳が動くも、慌てたようにメリアの声に戻ってくる。

 そこまで期待されるのは悪い気持ちがしないもので、メリアはあまり乗り気でなかった三巻の読み聞かせもスイスイと終わらせることができた。


「あまり面白くなかったんじゃあないかい?」


 カクタスが激しく(かぶり)を振った。カクタスの事だから空気を読んだりメリアの顔色を見ての答えではないだろう。

 メリアは小さく息を吐いた。


「…………あ、えと……」


 【カルマ・ノーディ】の三巻は控えめに言って不人気だった。

 理由は、メリア自身が調子に乗ってしまったからだとメリアは分析している。


 一巻と二巻であれだけ好き勝手書いても、読者は面白いと思ってくれた。

 であるなら、もっと好き勝手やっても問題ないだろうと考えたのが誤りだった。


 読者は過去に打ちのめされるカルマは受け入れてくれるけれど、敗走するカルマはお気に召さなかったようだった。

 この先の展開につなげる話として、明確な敵=邪神信仰者と、カルマと対をなすライバル=キャロルを出し、カルマ自身の矛盾をほのめかした上で、(こころざ)しの近いトリスタンという英雄を描いた。


 のであるが、少しばかり今後の展開や過去や新キャラに気を取られすぎた。

 冒険商人といいながらも、これまでは描いてきた怪物との戦いは無く、未開の土地を進むような冒険度合いも少い。


 話し合うだけで降参するカルマに批判が集まったし、それよりもトリスタンだった。


 トリスタン・パトリオットは英雄である。親友アベル・ノーマルが神聖ホリィクラウン法国の父王を殺害し、簒奪(さんだつ)者として圧政を敷こうとした際に、友として彼を殺してでも止めた。

 親友を最後まで信じるも、殺す他に止める術を持たなかった愚直な男の悲劇。


 英雄譚のトリスタンに人気がありすぎて、メリアの『味付け』が気に食わなかった読者が多すぎた。

 トリスタンと言えば、天真爛漫(てんしんらんまん)な無垢の男であり、親友を心から信じる信頼の人である。主の教えについて尋ねられた時の意地悪さや、簒奪(さんだつ)者アベル女性化した姿であるエイベルの暗躍に加担しているかのような物言いが、ファンの(しゃく)に触ったのだ。


 アベルとトリスタンの英雄譚は、何もホリィクラウンでの悲劇だけではない。

 二人は聖騎士としていくつもの冒険をくぐり抜けていた。


 二人の物語は基本的に、圧政か怪物に困っている人々と、その状況を利用して陰謀を巡らすアベルからなる。

 そして多くは、トリスタン一人では解不可能な問題があり、アベルはトリスタンには無理だできっこないと馬鹿にする。


 可能な限りの努力を重ねるトリスタン、手の打ちようのなくなった状況でも諦めない。もはや後がないそんな時、見るに見かねたアベルが言うのだ。

 「貸しにしておく」「損失は補填しろよ」「お前には敵わない」「今晩はお前の奢りだ」。


 そんな二人の関係が人気だからこそ、アベル青年をエイベルお姉さんにして、トリスタンを(さか)しらにしたことへの批判は絶えない。


「キャロルのほかのひとは、どうして死んだの?」


 なるほど、とメリアは思った。少しだけカクタスの事が分かってきた。彼は物語を聞いているし、理解しょうと努めている。

 そして何より、カクタスにとってメリアの屋敷での生活と物語は地続きなのだ。メリアを神と勘違いしたのも、現実について物語から学ぼうとしたからであろう。


 メリアには、それが良いことか悪いことか判断がつかない。しかし、古来より物語は教訓を与えるために存在する。

 現実と物語の境界が無いのは問題だろう。その辺りは、メリアが今後留意しておけばいいのだ。


「彼らは戦争の犠牲になった」

「カルマのせい?」


 いい目の付け所だな。メリアは感心した。そして少し悩んだ。後の巻で書いてある事をどこまで話すべきなのか。

 カクタスの耳がぴょこぴょこと動く。興味津々だ。


「カルマは自分の責任だと思っているけど、アガスはそう思っていない。詳しくは後の巻だね。

 でも、キャロルもカルマを責めなかった。お互いに生きて再会できたことを喜んでいた。そういうことさ」

「…………」


 頷くカクタス。小首をかしげて、少し考え込む。


「つづき?」

「まだ後、三冊あるんだが……」


 読んでほしいとせがまれるのは想像がついた。ならばどうするのか。メリアは悪い大人である。


「読んでほしいかい?」

「…………」


 期待に満ちた目で頷くカクタス。全く正直な子だ。


「今日は疲れたからね、また今度だ。それと、今回は一つ条件がある」

「…………?」


 耳の動きでカクタスのやる気が感じられる。メリアは頷き宣言した。


「コーの仕事を手伝って、仲良くなって来い」



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