その08 案内と嘲笑
ゴブリンの地下王国は、一見すると無規律に穴を掘り広げているだけであった。
しかし、把握すればするほど効率的で、計画的な街作りがなされているのがよく分かる。
上層は主に居住区で、外から採ってきた木材や獲物の処理も行っている。ゴブリンの子供たちは遊ぶ代わりに木材をいじり、倉庫や処理工房で工作を学ぶ。
元々は一つしかなかった下層への下り坂は広げられ、より危険な金属工作が行われていた。更に下では発掘作業が行われている。そちらの見学は許されなかった。
どこの通路も走り回る子供の笑い声や喧騒に満ちていた。にぎやかで、日々の生活の喜びに満ちていた。
ゴブリンたちはロード・プーの統率の下で機械のように統制されていた。どれほど勤勉な労働者よりも完璧で、トリスタンもカルマも目を見張っていた。
「さて、何かあるか?」
「これほどの統率を可能とするのはロードの存在あっての事。これをセータ子爵に説明できればあるいは」
「そんなところか」
トリスタンの答えにロードは失望を隠さなかった。メリルは反論したかったが、説得力のある言葉が浮かばないのも事実だ。
考え込むカルマ。そのカルマなら、なんだかんだ言いつつも何とかしてくれると、メリルは信じたかった。
「家族の命と尊厳がかかっている。ギャンブルはできない」
「分かります」
セータ子爵の攻撃を受けた場合、ゴブリンの集落は蹂躙される。抵抗したものは女子供も容赦なく殺害され、残ったものは奴隷として死ぬまで働かされるだろう。
『天冥戦乱』前の帝国では、亜人の奴隷化は一般的だった。現在帝国は奴隷化を禁止しているが、それは反乱を防ぐための方便に過ぎない。
そもそもオールガス帝国の亜人に対する差別的な態度こそが多くの問題を引き起こした原因なのだが……この場ではそれを覆すことはおろか、疑問を唱えることも難しい。
なにせ聖騎士トリスタンが所属する神聖ホリィクラウン法国も、唯一にして偉大なる主を信じない亜人にはひどく冷淡なのだから。
「この地方を総括する侯爵に声をかけるべきですね。そちらからセータ子爵に圧力をかけてもらいましょう」
「不可能ではないですが、説得の材料が必要になりますよ? 問題が大きくなる可能性すらあります」
カルマの言葉にトリスタンが懸念を口にした。
「そこはやり方次第ですよ。ロード・プー、申し訳ありませんが『共有財産』になって頂きたいと言ったらどうします?」
「誇りを捨てろと?」
「『セータ子爵にゴブリンと魔法機械を占有されては不利益になる。平等に周辺貴族で管理しよう』という形に持ち込めれば、貴族どもがお互いに睨み合ってくれます。
忸怩たるものはございましょうが、この方法ならば確実性は極めて高い」
断言するカルマに、ロードの顔が明らかに歪む。不機嫌か、あるいは疑念か。
ようやく調子が出てきたカルマに、メリルが胸を撫で下ろす。このペテン師めいた言動と、それを事実にする行動力こそがカルマだ。
「どう行う?」
「僕らは、こちらで修理した時計を持っています」
「正確には、セータ子爵からの借り物なのですけれど」
トリスタンが示すと、従者が例の時計を取り出した。
「ああ、それは間違いなく私が修理したものだな。他の数点とともに譲った」
「ゆ……?」
絶句するカルマたち。どれほど高価で貴重なものなのか、価値観が違うのだろう。
「我々はものを掘り出し、使える形にすることに喜びを感じている。今ではそれがどれ程喜ばれるものなのか理解しているつもりだ」
「…………」
つまり、ゴブリンたちはその最初の一手でしくじっていたのだ。
大金になる魔法機械を気前よく与えてしまったことで、セータ子爵に侮られたのである。
だが、そんな事は後の祭り。ここで蒸し返しても良いことは何一つない。
「この時計の完成度を見せ、侯爵の欲望を煽ります。そして、皆さんが知恵をつけて物の価値を理解していることを説明するのです」
「ふむ。それは、我々を攻撃する口実にしかならんのではないのか?」
金を払う位ならば暴力で蹂躙する方が手っ取り早い。子爵の考えに同調されては意味がない。
「子爵には泥をかぶってもらいます。なに、魔法機械の価値を皆さんが理解したのは、子爵の不手際だと言い張ればいいだけの事です。
貴族どもはゴブリンを野蛮で無知だと思っている。それを誤りであると理解させればこちらの勝ちです。
僕らに行わせた見学を、貴族の使者にも行わせればいい。余程の阿呆でなければこの地下の王国の価値を理解できます。
そして、一般的に知られるゴブリンと皆さんの違いも」
好奇心とその場の勢いで好き放題するだけのゴブリンと違い、ロードの統治下のゴブリンは優秀な工員だ。
これを理解させ、ロード・プーの存在をなくてはならないと思わせることに成功したならば戦争の危険は回避できるだろう。
「食料や嗜好品、資材、そしてなりよりも安全を対価に、魔法機械を提供すればいい。その先の流通や奪い合いは、貴族が勝手にやります」
「…………ふ、ふふふ。素晴らしい」
ロードはカルマの案に深々と頷いた。その大きな口が笑みを形作る。メリルは心の中で拳を握った。好感触だ。
なんだカルマさん、やっぱりできるじゃないですか!
「しかし、残念だな。本当に残念だ」
「……お気に召しませんか」
「いや、カルマと言ったな? お前の案はほぼ完璧だと思う」
「…………ほぼ?」
何か不足を感じている? 何が足りない? 瞠目するカルマたちの耳に、クスクスという笑い声が届いた。
ひどく癪に障る、嘲るような女の声。
「あらまあ、惜しかったなぁ。巡り合わせやし、仕方なかったんとちゃう? 次は気張りや?」
視界の端で、紫蘇色の髪がサラリと揺れた。




